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2008年5月11日 (日)

ぶらりとG・W ‘08 その④

バスはまたしばらく走り続けて、次に降りた場所は、菊池寛の恩讐の彼方に』で書かれた洞門の前だった。

Pict0014 洞門に行くトンネルの横にある石碑。

 

実際に禅海和尚が彫ったという部分は、今は一部だけしか残っていないようだ。

Pict0015 これは後に開通されたトンネル。

表面をあえてギザギザした質感にしているのは、禅海和尚が彫った洞門をイメージしての事らしい。

そしてここを通り抜けると、Pict0016 和尚の時代の人々が鎖渡しで通っていたという場所を見る事ができた。

どうやら、中間の岩肌の色が違っている所がそうらしい。

本当にこんな所通ってとのか?と思うような凄い場所だった。

次に向かったのは羅漢寺だった。

ここはロープウェー(スキー場にあるやつです)で登って行った。

なんであえてこんな険しい所に寺院を建てるのかと、いつもながら思ってしまいましたね。

世俗から離れて修行に専心する為なんでしょうか。

急な下りをこんどは徒歩で下りて行き、麓の茶屋で昼食を取った。

Pict0017 

耶馬渓には奇岩がけっこうありまして、これはバスの中から撮ったもの。

バスガイドのお姉さんがなにやら説明してたが、ほとんどお姉さんに見惚れてたんで覚えてませんね(笑)

観音岩だかなんだか言ってたきがした。まあ、見ようと思えば見えなくも無いという感じで。

峠の茶屋みたいなとこで休憩したあと、最後に向かったのは大分県立歴史博物館だった。

展示は特別陳列「真木大堂の仏たち」と、「南蛮-津久見市所蔵の名品展」でございました。

大分の至宝 真木大堂の仏たちは、10月5日(日)

南蛮は6月22日(日)までだそうです。

仏像見ていつも思うのは、仏様って誰をイメージして造ってるんだろうってこと。

釈尊ならばインドアーリア系人種ですよね。

だとしたら、もっと彫りが深いはずでは?思うけど(笑)、そこは日本人好みに薄い顔にしてあるのでしょうかね。

また余計なことばかり考えてしまった。

南蛮文化の展示では、初めて欧州の文明に触れた人々は、そうとうなショックを受けたのだろうなと思った。

豊後の守護大名、大友宗麟はみずからもキリシタンになるなど、積極的に南蛮文化を受け入れたというが、一種のファッション見たいなものだったんじゃないか?っというのはまたまた下衆の勘繰りですね。でもキリスト教そのものだけで信心したとも思えないのだけど、この辺は不勉強なんでなんとも言えませんが。

そんなわけで17時ごろ大分駅前に到着して今回の大分巡りは終わった。

次に来た時は、国東半島を巡ってみたい。

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