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2008年10月 2日 (木)

「首相は国粋主義」に反論 外務次官が米紙に

ほほう、ニューヨークタイムズがねぇ。

この程度で国粋主義者とあっちゃぁ、お宅の大統領はなんと表現しましょうか?

この記事書いたの何者ですかね。名は分かりませんので、なんとも言いかねますが、大西某さんという方じゃなかろうね?

ま、それはともかくとして、他所の国の人がなんと批判しようとも、国民が自国の事を無条件に愛する気持ちは、自然なことだと思う。人間てのはそういう不条理な存在でしょう。

普通なら他国の批判に対しては、引き下がらずに自分達の主張を理解させようとするもんですよね。

ところが日本のメディアは、何故か自国の政府にその批判をどう受け止めるのだとばかりに、一緒になって糾弾するというバカっぷりを見せる。

国民が自国の事を揶揄したり、時には自虐的に嘲笑したりするのは、ユーモアがあると言えると思う。健全な批判精神の一種でしょう。

それは根底に国をもっと善くしたい、もっと善くなれるはずたという愛情に裏打ちされているもののはずで、突き放した態度とは違う。

でも、何故か左翼の批判からは、その無条件の、国への愛着と言うべきものが感じられない。何かこう、他国の人間と一緒になって見下しているように感じられる。

例えば自分の親を嫌いであったとしよう。文句や愚痴も言いたくなるわけで、他人につい親の悪口を言ったりする。

その時、その他人まで一緒になって自分の親を悪く言ったら、普通の反応としては、お前が言うな!と怒るのではないでしょうか?

例えばオーストラリア人が、自国の事を自虐的に笑いにしたのにつられて、うっかり、『オーストラリアってのは元々犯罪者が入植して築いた国だもんな。』などと言おうものなら、とんでもない自体になると思うけど、日本人は(マスコミは特に)貶されても、まあまあ、言わせておけよ、と静観するのが大人な態度であるかのように振舞う。

そんなバカな話はない。自己批判は宜しいですよ、もちろん。でも、他国の人間に批難されて大人しく引っ込んだり、あろうことか一緒になってこき下ろすなど、精神疾患の一種ではないのかと思ってしまいますよ。

いくら敗戦国とは言え、そこまで卑屈にならなくていいでしょう。

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