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2008年11月12日 (水)

まったく注目されていない国籍法改正について


こんな重要法案が、ほとんど注目を浴びることもなく可決されようとしている。

なにが問題なんだ?と思われるかもしれない。

実際にフィリッピンの家族のニュース等見ると、生まれてきた子が大人の事情で、宙ぶらりん状態にされているようで可哀想になるのは確かだった。

しかし、その象徴的な一例をもって、現行法を斬るっていうのも危うさを感じる。

人権という言葉には、一種魔力のようなものがあるのでは?

この言葉の下に提示された思想は進歩的であり、これに異を唱えるのは保守的であり、保守は偏狭で差別的。そんなふうに思われてませんかね。

しかしながら、一見なんの批判も浴びる云われはない、っていうような法案についても、眉につばつけて見ておいたほうがいいんじゃなかろうか。

いや、人類愛に満ち満ちている感じの法案だからこそと、むしろ言っといたほうがいいかもしれない。

そんな思想信条だからこそ、多くの人が違和感なく素通りしてしまうわけだ。

法律は実際に我々を縛るのだから。

日本人が当たり前に日本人であれる国は、この日本国だけだと思う。

こういうことを言って偏狭だと、右翼かお前はと言われるのであれば、別にそれで構わないですね。

だって、この法案を熱心に通そうとしているのは、左翼ですから。

あと、身内であることに苦しいものがありますが、公明党ですよ。


こういう法案が出てくることは、時代の要請であることは理解しなければならない。

もはやこの国の少子高齢化は止まる気配はない。

人口の減少という問題に直面しているわけで、はたして経済力を維持できるのかという事が根底にある。

だがしかし、それの解決策を移民に求めるのは、安直かつ無謀ではないだろうか?

池田先生は近年、度々このような発言をされている。

『少子高齢化の社会だからこそ、ただ出生数を増やすことのみ考えるのではなく、今居る人達が本当に、幸福を感じられる社会にしていかなくてはならない』

公明党の議員の方、これをどう解しているのだろうか。

安直に移民を大量移入って思想ではないよね。

第一、意地悪な見方をさせてもらえば、移民(外人)を労働力としてしか見てないって感じだぞ。

それは、ようするに国民(日本人)のことも、そのようにしか見ていないってことにもなるのでは。

資本家は、社員を労働力としか見ないかもしれないが、政府(国家)もそれと同じにしか、国民を見ていないとしたら、そんな政府は支持しない。

日本て国は、家族国家的な結束が、いつまでもあってほしいと思う今日この頃。

それが外から見て、排他的に見えたとしても。

とにかく、シナ人の人海戦術には、警戒してもし過ぎるという事はない。

半島人の、ウリナラ起源という、屈折した優越感にも警戒が必要だな。

文化大恩の国などと、へりくだってたら、本当に呑まれるぞ!

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