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2009年8月16日 (日)

ニューヨーク・チルドレン

また一冊愛すべき本に出会った。 読後の、この馥郁たる余韻。

読み終えた後、しばらくなにも手につかない程の余韻が残るというのは、俺にとって良い本の条件でもある。

ブーティー・タブよ、お前は俺だよ。いや、それは正しくはないな。俺は君のように優秀ではなかった。だから、俺の将来に期待を寄せた人はいないだろう。

しかし、彼は教授とあだ名されるほどに優秀だったのに、大学に嫌気がさし、引きこもってしまった。母はそんな息子をも信じている。しかし、フレデリックという名の息子に、なぜかブーティー(尻)などというあだ名をつけてしまったのは、この母であるが。

冬の日、雪かきを一人でしている母。なかなか手伝いにもこない息子。やっと現われた息子。すっかりデブになってしまった引きこもりの我が子をしばし見つめる母。

嗚呼、俺が引きこもっていたときに、俺の母親はなにを思っていたのだろう。いつか立ち直れる日がくると信じていたのだろうか。 もう、我が身に照らして読まずにはいられないのだ。

他にも惹かれる登場人物はいる。特にTVディレクターのダニエールは、一番ブーティーに近いものを感じた。彼女自身、それを感じたのではないだろうか?だからこそブーティーに優しかったし、彼を憂えることができたのではないかと。

ブーティーは故郷ウォータータウンに嫌気がさしていた。ここにいてはだめになると。ニューヨークに行かねばと。そこには、尊敬するマレー・スウェイトがいる。マレーは著名なジャーナリストである。彼を頼っていけば、そして彼からなにかを学びとることができれば、自分の人生が拓けるかもしれないと。が、それが為に結果的に彼はさすらい人となるのだが。

ところで、この本は【英米の著名紙誌で絶賛され、《ニューヨーク・タイムズ》2006年度ベストテンの一冊に選出、ブッカー賞にもノミネートされた】そうだ。

2006年度の出版物であって、舞台は2001年の3月から11月までのニューヨークにしているということもあり、あの場面が出てこないはずはないなとは思っていた。

9・11である。

だが、このクレア・メスードはそれの描き方がうまい。なかなか9・11という表現もださない。ただ、突然の災禍としてそこに生きる人々の不安や悲しみといったものを描いている。抑制のきいた書き方だなと思う。それがこの小説の、全体を通して流れている都会的なセンスの好さを損なわずにすましているのだと思う。

『彼は、トランクス姿のまま、窓辺に立って、裸の胸をローワー・マンハッタンの方に向けていた―彼女はそれについて、ストリップショーにちなんだジョークを言おうとした。そのとき、彼が指で示しているのを見た。「あれを見ろ」と彼は言った。「あそこからとてつもなく大きな火が出ている。爆弾かなにかに違いない。あんなに高いところで」

彼女はリモコンをつかむとそれを押してテレビをつけた。ふたりはそれからの一時間半テレビと現実の両方を見ながら過ごした。窓の向こうを見つめ―そこからの眺めは遮るものがなく、壮大だった―テレビの画面を見つめ、まるで自分たちがマンハッタンにいながらにして別の場所、たとえばコロンバスにいるような気がした。そしてテレビに映るものすべてがかなり現実的に見えたのは、実際に窓の向こうで起きていることがまったく信じられなかったからだ。(中略)

これを映像にするのは、その現実性を確認するためなのだ。全世界がこれを、そしてペンタゴンを見ていて、それは、これが実際に起きていることだと知るためなのだ。テレビから聞こえるサイレンと、窓の外のサイレンが、心をかき乱すように響き渡った。テレビから聞こえる不協和音のほうがまだしも耐えられ、まだしも不安を掻き立てられなかった。それが小さな箱のなかで響いていたからだ。外から伝わるサイレンと叫び声と内臓に響くような轟音とは違って、スイッチを押すだけで消せると想像することができたからだ。この大惨事に停止命令を、できるものなら、だせるという幻想を抱くためにふたりは見続けていた。』(P511―512)

この惨事を境に、これまでの人間関係に変化が起きていく。

クレア・メスードは、あくまでも個人の神話を打ち立てることにこだわったと思う。彼女は本書の扉ページに次の文を引用している。

「将軍はいつも威厳のある口調でこう言っていた。もし個人の神話をみごとに打ち立てられたら、ほかのことなどたいした問題ではない。重要なのは、人々の身に実際に起きることではなく人々の考えることがその身に起きることなのだ、と」―アンソニー・パウエル『本は部屋の必需品』より

9・11は重要なことだったろうか? 重要なのは、人々の身に実際に起きることではなく人々の考えることがその身に起きることなのだ。

あの男にとっては、この惨事は重要な転機となったのだろう。

特性のない男から、いつか特性のある男になる―その秘めたる野心が成就する日はくるのだろうか。

彼が身をひそませていた部屋を去るときの描写に、胸をしめつけられる。何度そこを読み返したか。

「偉大なる天才の伝記は短い、と彼は自分に言い聞かせた。」(p593)

意味深な言葉である。最後まで彼には負の臭いが立ちこめている。だからこそ俺は、彼に感情移入してしまうのだ。

彼はどのように生まれ変わるだろうか。彼の命は、創造に向かうのか、破壊に向かうのか。

クレア・メスードよ、願わくばこの続きは書かないでほしい。この先は、読み手にまかせてほしいのだ。読み手自身が、彼らでありえるはずだから。

物語は都市に起こる。

ニューヨーク。 この大都市に生きるのは、どんな人たちなのだろう。

活力に溢れていて、しかも洗練された人々。世界の中心、経済の中心に生きていることの自信に満ちた人々。

人生の悲哀もあるだろう。大都市ゆえの疎外感なども。しかし、中心に生きているというその感覚が、彼らの孤独を癒し、彼らの野心と身体を支えているのかもしれない。美化しすぎかもしれないが。

一生訪れないかもしれないその都市に、俺はそんな想像を膨らましている。

星:☆☆☆

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ツレがやってみろいうから試してみたらマジでやるだけでオンナがコヅカイくれるし(爆笑) あと三回ぐらいヤッたら車でも買うし(爆笑) [続きを読む]

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