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2009年9月

2009年9月29日 (火)

政府は、夫婦が別々の姓を名乗ることを認める選択的夫婦別姓を導入する方針を固めた。

さっそく腐れ左翼が本気だしてきたか(笑)

一つ一つの政策を個別のものとして見てると、目を眩まされると思うね。全部ある一つの目的につながっていると見たほうがいい。オレはそう見ることにしてる。

国家の解体、これだろ。

だって、連中は腐れ左翼だから(笑)

左翼といったら狡猾、これテッパン(失笑)

左翼政権の誕生に加担した連中は、断末魔の悲鳴を上げろ。

共産党が連立に入らなかったのが意外だな。やっぱり共産党アレルギーが与党の邪魔になってしまうので、逆効果と思ったか?

どっちにしろ左翼政権だしって(笑)

どうやら自民党は谷垣に落ち着いたようだが、このうえ河野某なんぞが総裁になってひっぱっていくようになったら、与党も野党も総左翼じゃんか。

日本が真っ赤に染まっちまうよ(笑)

公明党はこの期に及んでまた外国人参政権付与に執念燃やしてるようで。

こりゃ、次の参院選もオレはパスだな(笑)

2009年9月27日 (日)

私には夢がある

私には夢がある

私には夢がある

 1963年8月28日、ワシントンD・C リンカーン記念堂でのあまりに有名な演説、 「私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、兄弟愛のテーブルに仲良く座ることができるようになるという夢が。」他、10編の説教・講演が収録されている。その場にいた聴衆たちの拍手や歓声もあって、その興奮が伝わってくる。

星: ☆☆

 われわれが知っている哲学者の中には、血迷ってしまった者もいる。すなわち、大きな歴史的問題の一つは、愛と力(パワー)の概念が通常反対のもの、両極端のものとして理解されてきたことである。その結果、愛は力(パワー)の断念と同一視され、力(パワー)は愛の否定と同一視されてしまった。権力への意志を説いた哲学者ニーチェをして、キリスト教の愛の概念を拒否せしめたものは、まさにこの誤解である。またキリスト教神学者をして、キリスト教的愛の概念の名の下にニーチェの権力への意志の哲学を拒否せしめたものも、この誤解である。今やわれわれはこの問題を正さなければならない。必要なのは、愛なき力(パワー)は向こう見ずで乱用を招き、力(パワー)なき愛はセンチメンタルで貧血症的であるという認識である。(「そうだ」)最善の力(パワー)とは(「語って!」)(拍手)、最善の力(パワー)とは、正義の要求を具体化する愛のことであり、最善の正義とは(「そうだ」)、愛に反するすべてのものを正す愛のことである。(「語って!」)このことが、われわれが前進していく時に理解しなければならない事柄である。』(P206,ここからどこへいくのか―1967年8月16日,ジョージア州アトランタ、南部キリスト教指導者会議第十一回年次大会)

 死をも覚悟して力を持たぬ者たちのために叫び、戦ったキングの烈々たる気迫が胸にせまってくる。アメリカ社会の黒人に対する差別や弾圧が半端なかったせいか、正義を掲げて立ち上がった側も半端ない闘士を生みだしたようだ。これが日本なら、左翼臭を放つ青白い人権活動家を出すだけで終わるであろう。

 それはともかく、これを読めばわかるのは、キングはけして黒人の権利の獲得のみを目指していたわけじゃないということである。真に神の愛が実現されるような社会を目指しての戦いだったのだ。 ベトナムの戦禍にいるベトナム人にも、アメリカの白人低所得者層にも、差別意識を克服できない白人たちにも、そして憎しみに囚われている黒人たちにも手を差しのべられていたのである。

 キングはこのことを強調している。

 この戦いを通してわれわれ黒人は、真に白人たちと兄弟となり、友となるようにしなければならないと。白人から虐げられ差別されていた腹いせに、逆に黒人の方が白人より優れているというようなことを主張し、証明しようというものであってはならないのだと。

 彼らの公民権運動が白人たちにも共感をよび、大きなうねりにも変えていった要因は、なによりも彼ら黒人たちのアメリカへの思い、アメリカこそ我が祖国という思いであったのではなかったか。

 『今、私は感傷的で浅薄な愛について語っているのではない(「もっと語って!」)。私は美的でロマンティックな愛である「エロス」について語っているのではない。また私は個人的友人どうしの親近感情である「フィリア」について語っているのでもない。私が語っているのは「アガペー」〔無償の愛の意〕についてである(「そうだ」)。私は人々の心の中にある神の愛について語っているのである(「そうだ」)。私が語っているのは、一方でその人がなす悪事を憎みつつも、悪事をなす人を愛するように促す愛についてである(「もっと語って!」)。~中略~われわれの目標は決して、白人を打ち負かしたり辱めたりすることではない。われわれは黒人が優越しているという哲学の犠牲に陥ってはならない。神は単に黒人や褐色人や黄色人を解放することにだけ関心を持っておられるのではなく、全人種を解放することに関心を持っておられるのである(「そうだ、その通りだ」)。われわれは断固として次のような社会を作り出していかなければならない(「そうだ」)。すなわちそこでは、黒人が優越していて他の人々は劣等であるとか、あるいはその反対であるとかいうのではなく、すべての人々が兄弟として共に生き(「そうだ」)、人間としての人格の尊厳と価値を尊重しあうような社会をである(「そうだ」)。』(P66~67,われらに投票権を与えよ―1957年5月17日,ワシントンD・C リンカーン記念堂,自由のための祈りの巡礼における演説)

 もしも彼らのなかに鼻持ちならぬ優越心や、これまでの仕打ちに対する復讐心のようなものを感じ取っていたなら、白人たちにまで共感を広げることはできなかったであろう。彼ら黒人たちの祖国への愛、愛するがゆえの不正義への怒りがうねりとなって歴史を転換せしめたのではなかったか。根底に愛あったればこそなのだと思う。

2009年9月22日 (火)

北朝鮮が100日闘争?

また、あの変な頭してるやつが苦しまぎれな行動にでようとしてるな。

ミサイルぶっ放そうが、核開発しようが、国際社会は北朝鮮の資金網を封鎖するべきだと思う。金正日は、国民のことも国のことも考えていないという指摘はあたっていると思う。どう見てもあの面構えと髪型からしても(おもいっきり偏見だが)、てめえのことにしか興味なさそうだろ(笑)。

麻薬の密売にドルの偽造、国際犯罪で平気で外貨を稼ぐヤクザ国家北朝鮮に人道支援だ?アホか。寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ腐れ左翼どもが。独裁国家に援助して、その金がまともに人民の為に使われるとでも思うかよ。

あのアホ面の秘密口座にはいるだけだ。

次のことばは、北朝鮮中央党で金融および財政部門の専門家として働いていて亡命したという人物の嘆きである。

「私は怒りがこみ上げてきます。食糧危機の際、外国からの援助がなかったら、金正日秘密資金はくずされて食糧購入資金に充当されたかもしれません。ですが、北朝鮮をソフトランディングさせるべきだということで、世界が援助したものですから、金正日は秘密資金を使わずに済んでしまったのです。今からでも援助を止めなければ、金正日の秘密資金は増え続けるだけです。私は、最近の南北関係は金正日の統一構想によって進んでいると見ています」(趙ガプチェ 編  黄 民基 訳,「北朝鮮大封鎖」 P71, 講談社 2007)

平和ボケした人道主義者は、独裁者に優しいらしい。

で、この国の大衆は左翼に政権盗らせたわけだが、どうすんのよ。

2009年9月21日 (月)

ダ・ヴィンチ・コード

いまさらですが、ダ・ヴィンチ・コードを読みました。近所の図書館で在庫処分としてだしてあったのをいただきました。

ベストセラーにとびつくのが嫌な自分に腹がたちましたね。もっと早くに読むべきでした。

TVで放送していたのを先に見てしまっていたために、展開がわかっていたので面白さ半減しました。といっても、じゅうぶん楽しめましたけど。

これ読んでみて思ったのは、映画よくできていたなってことですね。さすがハリウッド。日本なら、映画化されると原作がだいなしになりますけど。

これについて、著者のダン・ブラウンがインタビューに答えてこう語っています。

『登場人物を脚本に送り込んだ瞬間―ラングドンやほかの人物を小説でどう描いていようが―ベン・アフレックやヒュー・ジャックマンやほかのだれかになってしまいますよね。だから気乗りがしないのです。また、ハリウッドはこうした小説をマシンガンや空手チョップ付きでパリを駆けめぐるカーチェイスに変えてしまいがちです。それでかなり抵抗があるのですが、洗練された映画を作れる数少ない人たちとは話を進めています。映画化権を売るとしたらこうした人たちだけですし、しかもわたしが内容の大部分に口を出せる場合にかぎりますね。』(ダン・バースタイン・編,『ダ・ヴィンチ・コードの「真実」』P33, 竹書房 2004) 

作家たるもの、これくらい言えなきゃだめだよな、と思いますね。映像化されることで金は入るだろうけど、原作がだいなしにされることに抵抗を感じないようでは二流ではないかと。

それにしても、キリスト教というのはいろいろ奥が深いですね。いや、教義が深いというのではなくて、その歴史的背景にいろいろ謎が多いという意味で。興味は尽きません。聖書にも暗号がいくつも隠されているとかなんとかいわれてますから。

『ラングドンは微笑んだ。「ソフィー、世界じゅうのすべての信仰は虚構に基づいてるんだよ。信仰ということばの定義は、真実だと想像しつつも立証できない物事を受け入れることだ。古代エジプトから現代の日曜学校に至るどんな宗教も、象徴や寓話や誇張によって神を描いている。象徴は、表しにくい概念を表現するひとつの方法だ。それを丸呑みしないかぎり、さほど問題は生じない」 ダ・ヴィンチ・コード㊦,P152』

そのとおり。虚構、仮説であるからこそ信じるのでしょう。人間がどこから来てどこへ向かうのか?この世とはなんなのか?なぜ世界は存在しているのか?どれも答えられない。しかし、その答えられないことにも意味を与えたくなるのが人間というものなのでしょうかね。解っている、自明のことなら信じるもなにもないわけで、解らないことだから信じる信じないという態度をとるのでしょう。

自分としてはキリストが人の子であるのはあたりまえの話で、それのなにが気に入らないのかが分からないのですが。仏教徒や不信心なものからしたら、キリストはひとつの宗教の教祖という見方をしてしまうのだけど、信者にしてみたら、教祖=人の子というイメージになるのかもしれませんね。あくまでもキリストは神と同格でなければならないということなんでしょう。

とにかく本を置くのも躊躇われるほどのおもしろさでした。

 ダ・ヴィンチ・コード(上)      ダ・ヴィンチ・コード(下) 

 ☆☆☆

 ダ・ヴィンチ・コードの「真実」

 これは、「ダヴィンチ・コード」の解読本。おもしろいが、これを先に読んでしまうと、興醒めする。

 ☆☆

  

 

2009年9月19日 (土)

鳩山売国政権が朝鮮で人気(失笑)

だとさ。

腐れ左翼どもの世界同時革命が進行中の予感。

連休初日、馬に賭ける

第4回 中山競馬 第3日 (土)

3R 15頭 サラ系 3歳 指定 未勝利 1200m ダ右

馬連 ③マイネセレネ―⑬ミウラチェス 

    ⑧カフェマーシャル―⑩エブリブレス

    ⑫コスタズメラルダ―⑮オレリュウ

各100円

結果  ⑧-⑫   負け

4R 14頭 サラ系 障害 3歳以上 混合 未勝利 ダ2880m

⑫ユウターストライプ―⑧メジロファルカル

⑫ー⑩オンワードマック

⑫ー⑤ロードハロウィン

⑬エイトシード―⑦カシマレジェンド

①マチカネミノリー―⑦

各100円  結果②ー⑭  負け

つづく、、、かも 

 

2009年9月14日 (月)

前代未聞のバカ野朗

手持ちの金がなくて通勤できなかった。欠勤させてもらった。

アホすぎる。。。

親に無理言って振り込みしてもらった。

いい年してなにやってんだ俺。il||li _| ̄|○ il||li

2009年9月 8日 (火)

100万遍唱題まで、もうちょい

どうにか3年続けて100万遍あがりそうだ。

まだ今年も終わってないのに来年の目標ってのもなんだが、いいかげん来年こそは貯蓄を増やさねば。

アホらしいほどの安月給にもかかわらず、浪費癖があって困る。

やっぱ、パチンコとBOOK・OFFが近所にある生活はダメだな。

金が逃げるようになくなってく。ワーキング・プア脱出の道は嶮しい......orz

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2009年9月 6日 (日)

分かっちゃいるけどやめられね

今日はoff。予定はあいかわらずなしさ。

また今週も「建物探訪」を見逃した。

渡辺篤史はどんな家でも良さを見つけて褒める。そのやさしさに、早朝からほっこりするので大好きな番組なのだ。 来週は6時に起きよう。

午前中、図書館に行った。その図書館は毎月第一日曜日になると、本を在庫処分するのだ。一人5冊までもらえる。

しかし、なかには(というかほとんどかも)6冊以上も持ち帰る者がいる。

あきらかに6冊とってるのに、5冊と記入してたおばさんもいた。日本人も劣化したようだな。

そのあと、よせばいいのにパチンコへ。2千円使って当らなかったからやめた。

で、通勤のために定期券を買わにゃならんので、コンビにのATMでみずほ銀行の預金を下ろそうとしたが暗証番号を忘れてしまった。2回失敗するともう、受け付けてくれんのねぇ。

ギャラ振込みまで、あと12日。

2009年9月 1日 (火)

認めたくないものだな。無党派ゆえの過ちというものを。(失笑)

俺はワーキング・プアだ。しかし、赤い政党に投票するほど落ちぶれちゃいない。まんまと作られた時流に流された大衆には、栄光あれ、と言っておこう。

今のうちに変革の浮かれた気分に酔いしれよ、というこったな。

マスコミはあいかわらずはっきり言わないが、こんどの政権は左翼政権ですぜ。

頼りなく豊なこの国が、頼りなく貧しき国になってゆくさまを見よ。

日本を変えてほしいという素朴な願望を大衆は持っていた。しかし、政策を見る目はなかった。

「いよいよ政権交代!」という、威勢のいい決めゼリフに大衆の期待が膨らんだか。

小泉の時とある意味同じだな。単純な決めゼリフに大衆は弱いとみた。保守派議員は次の選挙に向けて、なんか威勢のいい決めゼリフを考えておいてもらいたいね。

とにかく、変化を期待せずにはいられないほどに大衆は鬱屈しているということだろう。問題はどういう方向に変化していくのかなのだが、そいつは二の次。それより、とりあえず変わってくれという気分に押された結果だろうな。

それと、事のついでに言っておくと、今TBSラジオの「アクセス」で、TVでお笑い芸人に政治を語らせることで政治に関心をもたせるとかいうのもどうか?という話がでたが、これは同感。

おそらく誰もが感じてることじゃないか?選挙速報でもなぜか伸介がでてたな。なにがしたいんだTV局は?ジャリタレにニュースキャスターやらせりゃ視聴率取れると思ったかい?

これだけでも、いかにマスコミが視聴者なめてるかが分かるわな。どのチャンネルつけても同じニュースを取り上げ、その切り口も同じ。人気、知名度のある者をだしときゃ見るだろってかい?

見ませんて(笑)。

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