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2009年9月27日 (日)

私には夢がある

私には夢がある

私には夢がある

 1963年8月28日、ワシントンD・C リンカーン記念堂でのあまりに有名な演説、 「私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、兄弟愛のテーブルに仲良く座ることができるようになるという夢が。」他、10編の説教・講演が収録されている。その場にいた聴衆たちの拍手や歓声もあって、その興奮が伝わってくる。

星: ☆☆

 われわれが知っている哲学者の中には、血迷ってしまった者もいる。すなわち、大きな歴史的問題の一つは、愛と力(パワー)の概念が通常反対のもの、両極端のものとして理解されてきたことである。その結果、愛は力(パワー)の断念と同一視され、力(パワー)は愛の否定と同一視されてしまった。権力への意志を説いた哲学者ニーチェをして、キリスト教の愛の概念を拒否せしめたものは、まさにこの誤解である。またキリスト教神学者をして、キリスト教的愛の概念の名の下にニーチェの権力への意志の哲学を拒否せしめたものも、この誤解である。今やわれわれはこの問題を正さなければならない。必要なのは、愛なき力(パワー)は向こう見ずで乱用を招き、力(パワー)なき愛はセンチメンタルで貧血症的であるという認識である。(「そうだ」)最善の力(パワー)とは(「語って!」)(拍手)、最善の力(パワー)とは、正義の要求を具体化する愛のことであり、最善の正義とは(「そうだ」)、愛に反するすべてのものを正す愛のことである。(「語って!」)このことが、われわれが前進していく時に理解しなければならない事柄である。』(P206,ここからどこへいくのか―1967年8月16日,ジョージア州アトランタ、南部キリスト教指導者会議第十一回年次大会)

 死をも覚悟して力を持たぬ者たちのために叫び、戦ったキングの烈々たる気迫が胸にせまってくる。アメリカ社会の黒人に対する差別や弾圧が半端なかったせいか、正義を掲げて立ち上がった側も半端ない闘士を生みだしたようだ。これが日本なら、左翼臭を放つ青白い人権活動家を出すだけで終わるであろう。

 それはともかく、これを読めばわかるのは、キングはけして黒人の権利の獲得のみを目指していたわけじゃないということである。真に神の愛が実現されるような社会を目指しての戦いだったのだ。 ベトナムの戦禍にいるベトナム人にも、アメリカの白人低所得者層にも、差別意識を克服できない白人たちにも、そして憎しみに囚われている黒人たちにも手を差しのべられていたのである。

 キングはこのことを強調している。

 この戦いを通してわれわれ黒人は、真に白人たちと兄弟となり、友となるようにしなければならないと。白人から虐げられ差別されていた腹いせに、逆に黒人の方が白人より優れているというようなことを主張し、証明しようというものであってはならないのだと。

 彼らの公民権運動が白人たちにも共感をよび、大きなうねりにも変えていった要因は、なによりも彼ら黒人たちのアメリカへの思い、アメリカこそ我が祖国という思いであったのではなかったか。

 『今、私は感傷的で浅薄な愛について語っているのではない(「もっと語って!」)。私は美的でロマンティックな愛である「エロス」について語っているのではない。また私は個人的友人どうしの親近感情である「フィリア」について語っているのでもない。私が語っているのは「アガペー」〔無償の愛の意〕についてである(「そうだ」)。私は人々の心の中にある神の愛について語っているのである(「そうだ」)。私が語っているのは、一方でその人がなす悪事を憎みつつも、悪事をなす人を愛するように促す愛についてである(「もっと語って!」)。~中略~われわれの目標は決して、白人を打ち負かしたり辱めたりすることではない。われわれは黒人が優越しているという哲学の犠牲に陥ってはならない。神は単に黒人や褐色人や黄色人を解放することにだけ関心を持っておられるのではなく、全人種を解放することに関心を持っておられるのである(「そうだ、その通りだ」)。われわれは断固として次のような社会を作り出していかなければならない(「そうだ」)。すなわちそこでは、黒人が優越していて他の人々は劣等であるとか、あるいはその反対であるとかいうのではなく、すべての人々が兄弟として共に生き(「そうだ」)、人間としての人格の尊厳と価値を尊重しあうような社会をである(「そうだ」)。』(P66~67,われらに投票権を与えよ―1957年5月17日,ワシントンD・C リンカーン記念堂,自由のための祈りの巡礼における演説)

 もしも彼らのなかに鼻持ちならぬ優越心や、これまでの仕打ちに対する復讐心のようなものを感じ取っていたなら、白人たちにまで共感を広げることはできなかったであろう。彼ら黒人たちの祖国への愛、愛するがゆえの不正義への怒りがうねりとなって歴史を転換せしめたのではなかったか。根底に愛あったればこそなのだと思う。

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