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2010年4月

2010年4月29日 (木)

人民抑圧軍の挑発を小さく取り上げ、上海万博を大きく取り上げる国賊TV

上海万博に日本人だけで10万人も行くってか?

アホの左翼が中共詣でか?

よく行く気になるよな~。

正気の沙汰とは思えんね。

そんなに全体主義国が恋しいのかね。 ま、言っても無駄な面はあるわな。経団連をはじめとして、議員連中も中共に飼いならされてるんだろうよ。  

リベラルたちの背信―アメリカを誤らせた民主党の60年

リベラルたちの背信 アメリカを誤らせた民主党の60年

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☆☆☆

これを読んでみて分かった。腐れ左翼のどぶねずみどもは世界同時進行で国家解体の工作を行っている。

ゴキブリ左翼どもが異常繁殖しているのは、日本だけかと思ったらアメリカも異常な事態になっている。

日本でも有名な(オレは読めないが)“The New York Times”。これ、アメリカの朝日新聞だわ。

あの、9・11のときにアメリカのMediaが見せた“愛国心”に対する異常なまでの批判。

北朝鮮への曖昧な態度。

Terroristへの友愛(笑)。

中国に擦り寄り、結果的に全体主義体制を延命させる。

そのすべてに、自由主義者たち(民主党議員とその支持者)の国家への背信行為があったのである。

まったくもって、今の日本の情況と同じではないか?

これは日本国民ならば読んでおくべきである。「人権」「平和」と年がら年中キャンキャン喚いている似非平和主義者どもの正体を見きわめるための、一助となろう。

著者のAnn Coulterは、ソ連を崩壊させたのはRonald Reagan であるとしている。たしかに、徹底した軍備拡張路線に、経済の疲弊しているソ連はついていけずに崩壊したという見方はできるし、実際そのとおりなのだろう。今まで自分はMikhail Sergeevich Gorbachevの功績だと思っていた。

これを読んで思ったね。宥和政策が平和に寄与するわけではないのだということを。人は表装のみを見て、“平和的”“友好的”などと判断する。これは大なる誤謬なのだ。いまどき共産主義者などやってるアホは論外として、やっかいなのは自由主義者と呼ばれる連中である。

この連中は、同性愛者の権利だの少数派の権利だのと、とにかく既成秩序や常識といった観念をひっくり返すことに躍起である。やつらの主張を聞いていると、単純に古きものは悪であると思っているのではないかと思えてならない。

共産主義という言葉こそ引っ込めているものの、やつら自由主義者の主張の根底には進歩史観があり、その先にあるものは全体主義化ではないのか?、と警戒せざるをえない。

日本国民は今そこにある危機として、国際協調体制にある自由主義という偽善にどう立ち向かうべきか、真剣に考えなくてはならないのではないか

とくに、アメリカの現政権が民主党であるということ、尚且つ、日本自体も左翼政権になってしまっているということを考えても、いつまでも“戦争はこりごりだ”と云っていればすむような問題ではないぞ、マジで。

第二次大戦中、アメリカ政権に共産党の工作員がいたというのは、偏見でもなんでもなかったのだ。Joseph Raymond McCarthy は正しかったことが、VENONA FILEの公開によってあきらかになったのである。

本書を読んで学んだことが一つある。それは、アメリカを批判するとき、“民主党のアメリカ”なのか“共和党のアメリカ”なのかということを考えねばならないということである。もちろん、もっと細かく見ることはできるだろうが、大まかに言ってこの両者に分かれるとみてよいと思う。

共和党は保守派である。よく、軍事力にものを言わせて敵を叩いているように見られる党である。湾岸戦争も9・11もこの政権の時であった。

が、戦争はいろいろな要素が錯綜して起りうるものであって、軍産複合体はその原因の一つかもしれないが、全てではないと見るのが常識的だと思う。主権国家が国防産業を持たないことは死活問題であろうし、存在しているからには利権も生まれるのもたしかであろう。

ここで考えてみるべきは、戦争が巧いのはどっちかということだ。民主党か?共和党か?

共和党だ。これを読んで、たしかに云われてみれば、と思いあたった。

原爆を投下したのはHarry S. Truman(民主党)であり、ヴェトナム戦争はJohn F. Kennedy (民主党)から始まり、Lyndon Baines Johnson (民主党)が泥沼化し、Richard Milhous Nixon (共和党)が終結させたのである。

もっとも、Nixonは中共を承認するという愚をおかしたが。国務長官だったあの外道の入れ知恵だろう、たぶん。

とにかく、戦争は嫌だと思っても起きえるものなのである。ならば国家の長となるべき者は、軍事に疎い者であってはならないと思うのである。いかに文民統制といってもである。

ソ連は崩壊した。ドイツも統一した。しかし、冷戦が終わったと安易に受けとっていいのか疑問である。なにしろ、最大の人口を持つ国家が共産主義独裁政権なのだ。さらには、朝鮮半島は南北に分断されたままなのだ。

警戒が足りないと云わざるをえない。

最近の支那人民解放軍の動きはなんだ?やつらは明らかに日本の米軍移転問題の体たらくを見て、日本の国防意識の低さを嘲笑っているだろ。

日本のような経済大国が国防意識が低いということ自体、世界の平和と安定に対する不安要素となってしまうことを認識すべきではないか。

    

2010年4月24日 (土)

新党作るのは勝手だが、選挙前に“どこと連立”するのかを示せ

舛添もやはり離脱した。どう考えても、国民の期待に応えるためというより、Mass Communicationの期待に応えたとしか思えない。

自分のいた党を改革することもできなかった輩が、どうやって国政を改革できるのかね?

こいつは保守派か?本当は自由主義者〔左翼〕だろ。

こやつら、幕末の志士にかぶれている気かしらんが、一つ聞きたい。

仮に当選したとして、弱小政党には単独過半数を取ることはできないのだ。政権を担う気概がないのに、立党したわけではあるまい。

ではどうするのか?

どこかと連立組むしかないよな?

どこと組む気なんだ?

自民党から出たのに、自民党と連立するなんてことある?

たちあがれ日本に入党しなかったところをみると、政策的に合わないのか?

じゃ、どこと組むのだ?

民主党を批判しておいて、民主党に合流するんじゃあるめえな?

最悪の事態になってきたのじゃないだろうか。

小沢が仕組んでやがるか?

保守派を分裂させておいて、政権の安定のために小異をすてて大義をと称して、弱小政党をかき集め大連立に持ち込む気じゃないのかよ。

さっきNEWS ZEROで、世論操作の結果がでていた。 一番首相に相応しいと思うのは、、、、舛添だとよ!

愛国心を語っているからといって、それが本心という証拠はないわけだ。保守派のふりした、たんなる自由主義者にすぎないかもしれないのだから。

では 保守派はどうやって愛国者と売国奴を見分けるべきなのだろうか?

やはり、どういった連中が支持しているのかで判断するしかないのか。

苦しい戦いだ。

だが、これは日本に限ったことではないらしい。アメリカもイギリスも、否、ほとんどの国がいまや自由主義者〔左翼〕に侵食されているようなのだ。

愛国心を語ることが憚られる世の中になっている!

自由主義者〔左翼〕どもは国家の力を弱めることに血道を挙げている!

それが全体主義者をのさばらせているにもかかわらず!

やつらは人権にも平和にも平等にも、本気では関心はないのだ。

人権を語り、平和を語り、福祉を語り、少数者の差別とやらに同情してみせる!

すべて芝居だろうがよw

芝居を信じて、純情な庶民どもが“活動家”になっていくのを見るのは、さぞやおもしろかろうな( ̄ー+ ̄)

2010年4月21日 (水)

イツロベ

Cimg0117 『イツロベ』

藤木 稟:著

講談社,1999

 △

不思議な小説で、評価がむずかしい。読むのに苦労はしないのだが、理解は出来てないから△にした。

出だしは引きつけられたのだが、途中から方向がややこしくなってきた。

アフリカのとある部族、ラウツカ族には、よく畸形児が生まれるのであるが、この部族ではこれをル・ルイと呼び、忌わしい物として森の奥に捨てられていた。日本から来た、医療団の間野は、ある日ジープを走らせていて森で迷い、偶然にもル・ルイを見てしまう。それはあまりにもおぞましい光景であった。骨の無い蛭子の群れであった。

間野はこれは遺伝病だと主張し、科学的に解決できる問題であることを説くが、現地の部族の者たちは呪術的に解釈していて、余所者がこれにかかわってはならないといって聞かないわけである。この部族は、他の部族とは絶対に婚姻関係を結ばないことからいっても、近親婚が重なりすぎたために起きている遺伝病であろうと考えられるのだが。

この問題をこのまま解決に向けて詰めていくのかと思いきや、方向が変わって、日本に帰国した間野がおかしくなっていくのである。どうやら彼には過去の封印されていた記憶があったらしいのだが、ややこしくてオレにはいまいち解読できない。

理解の一助として、著者がこれを執筆するにあたって参考とした文献を載せてみましょう。

【主要参考文献】

『カッコウはコンピュータに卵を産む』

クリフォード・ストール:著,草思社

『遺伝子の川』

リチャード・ドーキンス:著,草思社

『宗教とは何か』

八木誠一:著,法蔵館

『プサマカシ』

徳永瑞子:著,読売新聞社

『アフリカを知る事典』

平凡社

『アフリカをフィールドワークする』

梶茂樹:著,大修館書店

『アフリカの魂を求めて』

ヤンハイツ・ヤーン:著,せりか書房

『サファリへ行こう』

ヒサクニヒコ,JTBキャンブックス

『クレオール主義』

今福龍太,青土社

『心はどこにあるのか』

ダニエル・C・デネット:著,草思社

『知性はいつ生まれたか』

ウィリアム・カルヴィン:著,草思社

『図解人工生命を見る』

高間康史:著,同文書院

『インターネット5つの予言』

西和彦:著,ダイヤモンド社

『ゲノムの見る夢』

中村桂子対談集,青土社

『複雑な、あまりに複雑な』

逢沢明:著,現代書館

『ハッカーは笑う』

ケイティ・ハフナー、ジョン・マルコフ:著,NTT出版

『接続された心』

シェリー・タークル:著,早川書房

『世紀末の時限爆弾』

マイケル・S・ハイアット:著,文藝春秋

『脳と神経、気になる謎』

小長谷正明:著,講談社

『人工生命というシステム』

佐倉統・北野宏明:著,ジャストシステム

『進化するコンピュータ』

北野宏明:著,ジャストシステム

『感染するとはどういうことか』

中原英臣・佐川峻:著,講談社

著者は、いろいろ詰め込みすぎたのかも。

もう一度読み返せば読後感変わるかもしれないが。

  

2010年4月19日 (月)

創価学会が本格的に動きだしたようだ

この組織は選挙を法戦と呼ぶ。信心の戦いだと思っているのだ。

なぜそういう思考におちいるのか。

つまりこういうことである。

公明党に投票してもらうということは、創価学会に投票してもらうようなものである。

投票するときは、誰かに監視されたなかで書くのではない。あくまでも自分の意思である。

その状態で公明党に投票してくれるということは、相手のこころを自分が変えたということであり、それは自分が相手に信用されているからこそ投票につながったのだ、という思考である。

ゆえに、これは信心の戦いというわけである。その政治家が何をやろうとしているかは問題ではない、投票させること自体に意味があるということなのだ。

ところで、この組織は宗教団体らしくというべきか、どのような結果に終わろうとも、結果all rightになるのである。

どのような結果であろうとも、それには“意味”がある、と考えるのである。無駄ではなかったということになるのだ。

だいいち、選挙結果の総括がなされたという話は聞かない。

公明党の得票数から内部票を単純に引いたとして、どの程度の外部票があったのかということを総括しているのか不明である。

それをやったとしたら、自分たちの選挙活動は不評をかっているだけで、結果に反映されてはいないということが明らかになってしまうのではないだろうか。

とにかく、次の選挙では左翼勢力を弱めねばならない。そのためには、左翼に吸収される可能性の高い、中道・左派を勝たせてはならない。

創価学会にもいろいろな人はいるのだが、大勢を占めているのは左翼とみて間違いない。

政策が民主党と近いということを認めている。

絶対正義の獅子たちという学会員の掲示板を見ても、かなり左翼臭がする。

公明党を支持できないという理由が、“右傾化している”からだというのだから驚きである。

これ以上左にいったら、“極左”ではないか。恐ろしい話である。

それと、石井某のような証人喚問キチガイを黙らせるには、自民党のときと同じように、連立を組んで封じ込めた方が都合が良いと考えているであろうことは、想像に難くない。

一応、学会に所属している者として云っておくと、学会員というのは自分たちを“左翼”とは思っていないはずである。

自覚的に国家解体の運動を起している、日本共産党とは違うとオレは見ている。

無自覚に、心底、平和を望んで行動していることが結果的に左翼に収斂されていっているように見える。

この組織が理想としている人間像に、“世界市民”、“地球市民”というのがあるが、これなどは共産主義勢力に容易に収斂されていく思考であると思うのであるが、彼らは真剣に云っているのである。

つまり、今の日本は、自覚的な反日勢力(日本共産党とその下部組織)と、無自覚にも反日勢力になっている平和主義者と、無関心層の奇妙な協力体制によって、緩やかな国家解体に向かっていると見えるのである。

これに加えて、外国人参政権などという亡国の法案が可決されてしまえば、急激に国家瓦解が起きてもおかしくはないであろう。

したがって、保守派は左翼勢力を粉砕するために大きなうねりを起さねばならない。

左翼は狡猾である。既成秩序の破壊と内乱のProfessionalである。少数派を担ぎ出すのは、連中の戦略である。

だが、狡猾な奴らは狡猾なりに汗を流し、血を流し、労をいとわず気の長い戦いを起しているのである。

保守派は楽して勝とうとしてはいないだろうか?

Netで情報を発信していれば事態が好転するなどと、安易に考えていては負ける。

やはり、情報源としては今でも地上波のTVには敵わないのだ。地上波が取り上げざるをえない戦いをしなければならないであろう。

武道館での、外国人地方参政権反対の集会のことは、さすがに地上波でも報道されていたようである。

とにかく注目させなければならないのである。

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2010年4月16日 (金)

NINE

前に、郵便受けに入っていたいろんなチラシの中に、NINEの300円割引券があったので、今日観に行ってきた。

Musicalですな。ただ、予想していたのとは違った。

Musicalの舞台裏とかを描いているのかと思ったので、ちょっと物足りない。

これは、行き詰っている映画監督の苦悩を描いたもので、いろいろと妄想の場面で、Musical仕立てになっているわけだ。

衣装や踊りの素晴らしさが魅力の映画ですな。

しかし、脚本が出だしすら書けていないのに、舞台設営や衣装作りまでさせるような映画作りなんて、じっさいにあるのかよ?、って思っちゃうのだが。

この監督、可哀相なほどのダメダメっぷりである。

見所は、やっぱお色気だなw

 

2010年4月14日 (水)

原爆を投下するまで日本を降伏させるな

原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀

鳥居 民:著       

草思社,2005    

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×××

日本人は不思議な人種である。

二発も原爆を投下した、否、Bikini環礁での水爆も含めれば、三度も被爆させた腐れアメ公に対して、尻尾を振って追従している。

日本は、アメ公が物を買ってくれていたから戦後の復興があったので、アメ公には頭が上がらないのは仕方ないなどと言っている輩もいるのだから恐れ入る。

そんなら、日本はそのアメ公の国債を買いだめして、支えてやってるじゃねえか。(今じゃ支那のほうが持ってるのか?)

国債売っぱらっちまえよ。

アメ公に限らず、毛唐はみな育ちが悪い、民度が低い。

どこの馬の骨とも分からん血すじのアメ公のなかでも、とりわけ毛並みの悪い野朗が大統領になっちまったのが運の尽きでもあったか。

ルーズベルトが死んで、急遽、大統領に就任することとなったトルーマンは、どうやら家柄も悪く田舎者でもあったため、劣等感の強い輩であったようだ。

そのせいか、ルーズベルトにもできなかったような“でかいこと”をやってのけようとしたのではなかろうか。

それが、史上初の原爆投下という“偉業”に走らせた、とも考えられるのである。

ルーズベルトの突然の死でトルーマンとバーンズの二人を見舞った皮肉な、辛辣な運命といった話は前に記した。両者は互いに相手に抱く複雑な感情を抑え、多くの政治家と新聞の論説が希望するとおり、トルーマンはバーンズに協力を求め、バーンズはトルーマンを助けようと歩みよった。

「この二人を見舞った皮肉、辛辣な運命」と述べたばかりだが、もうひとつべつの皮肉、辛辣な運命が二人を見舞った。ルーズベルトはまことに恐ろしい遺産を二人に残していたのである。

その遺産とは原子爆弾である。

その恐ろしい遺産が二人の心の支えとなった。バーンズは、その遺産を自分の裁量で自由に扱うことになれば、「本来なら私が大統領になっていたのに」と思う悔しさを忘れることができ、失意を希望に変えることが可能と考えたのであろうし、トルーマンは、その遺産を見事に公開してみせることができるのであれば、「私ごときが大統領になったのは、まったくの偶然だ」と卑下するこだわりを払拭でき、あふれる自信に変えることができると思ったのである。(p196, 11章 トルーマンの予定表の「八月一日」と「八月八日」)

 この手の本を読んでいてだいたい見えてきたことだが、白人毛唐どもの世界観では、結局、有色人種というのはただの“天然資源の一種”みたいなもんなのだろう。

この“天然資源”を、いかにてめえらにとって有効活用するかという戦略のもとに、白人国家同士で権力闘争しているということだろうよ。

まったく、育ちの悪い毛唐どもだ。

外人という言い方は差別だ?

どこの左巻きだおい。

人として見てやってるだけありがてえと思えw

2010年4月12日 (月)

期待はしないさ

やれやれ、ってな天気でしてねぇ。

よけいに気が滅入るよ。

午後から面接に行ってまいったわけでして。

参りました、ほんとに。

筆記試験もたいした問題でもなかったのに、一問時間切れで答えず提出。

案の定、職歴でツッコミ入ったし。

分かりますよ、言いたいことはね。

電話連絡では、一時間ほどの面接とのことだったが、三十分たらず(筆記試験の分を入れたら四十分くらい)で終わったし。

これってのは、つまりあれですか?、これ以上てめえと話しても無駄だから、とっとと帰りやがれってことか。。。

まあ、予想はしてたことさ。

一週間ほどで結果を送りますよ、だとさ。

どうせあれなのになぁ。。。この後、面接の礼状っての送るわけでしょ。

なんなの?この風習は。

だってさ、求人出してるわけだろ。人来てほしいからだよね。

で、何故に求職者だけが相手に礼状出さなあかんの?

こりゃ、海外ニート氏も指摘してるように、日本人にとって労働=労道なんだろな。

日本人の美意識には敬意を持っているつもりだが、なんにでも様式美を追求しなくてもよくねえか?

こりゃぁたしかに修行だわ。仕事が修行になっとる。

今日の面接でも、あたりまえのように、休日は無いと思ってたほうがいいよ、だとさ。

でしょうねえ。

もっとも、オレにその機会はないんでしょうよ。

2010年4月11日 (日)

なんでこんなにかしこまらなけりゃならんのだ?

なんか明日の面接って、本格的なことやらされそうなんだよなぁ。

すでに腹痛が。。。

自己PRなんてべつにないんですけど。。。

15分くらいで止めてほしい。。。

会社と自分の赤い糸だ? 見えねえよ、そんなもん!

志望の動機ったってなぁ。。。 ありきたりなことしか浮ばないんだが。

普通に生きてる人のこと尊敬しますわ。

腐れニート歴2ヶ月経過

いくつか登録してある派遣会社からも、なんの紹介もこないな。

不況のせいと自己弁護してはいられんのだ。

今月の家賃どうするよ・・・・

母が泣いてるにちがいない_| ̄|○

面接の予約を一件、リクナビから入れた。

連絡待ち。

絶対にオレには向いてないと思って避け続けてきた営業職に応募してみた。

↓の動画作った人、ニートかどうか知らんけど、好い感性してるわw

オレにもなんか才能ないもんかな~。

2010年4月10日 (土)

「女系天皇論」の大罪

あらゆる面から、日本の“国柄”を壊していこうという動きが起きている。

その一つが、皇統の問題をどうするのかというものである。

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「女系天皇論」の大罪

小堀桂一郎,櫻井よしこ,八木秀次:著

PHP研究所,2006

☆☆☆

“女系”を容認するか“男系”を貫くか。

これは天皇とはいかなる存在なのかという、天皇観を根底にした問題であると思う。

天皇とは所詮、“制度にすぎず”、他の何かと取替え可能な存在であるとする立場からは、女系もよろしいという結論になるのだろう。

この天皇観からは、2千年以上、125代にわたる継続性という“世界史上の奇跡”に対する、理屈を超えた“畏敬の念”が感じられないのである。

女系はならぬという言説に、近代的な女性差別の概念をぶつけてくるのは、いかにも左翼らしい手ではある。

女性天皇はならぬというのではない。女性天皇はたしかにいた。

しかし、十代八人とされる女性天皇も、すべて“男系”の天皇であったということ。

男系の皇位継承者というのは、父親が天皇か皇太子か親王かのいずれかです。つまり父方の血統で皇統につながる子孫が、男系の子孫です。女系の子孫というのは、父親は皇胤ではない男性で、お母さまが皇女であるということです。つまり、母方の血統でのみ皇統につながる子孫を指します。(P20,第一章 亡国の答申―「皇室典範に関する有識者会議」の大罪)

これまで父方の系統だけで祖先を論じてきたゆえに、女系の皇子を皇胤とは見なさないのだ。

これをどう考えるか。

母方の系統でも皇統につながれるようにして、新しい皇室の歴史を作っていけばよいと考えるのは進歩主義、左翼である。

これをやってしまえば、万世一系という神話は崩れる。理屈を超えた、歴史や伝統の重みが取り除かれた“天皇”という存在は、敬われるべき正統性を失うことになるだろう。

それこそが、共産党までもが女系天皇を支持していることの理由であろう。

まさに、Soft landingである。

暴力革命という荒業によって日本解体を果すのではなくして、日本が日本であることの特性、その象徴ともいうべき天皇への畏敬の念を失わせることによって、あらゆる変化に対する抵抗力を殺ぐことができると考えているにちがいない。

Kominternの積年の恨みが果されるというわけか。

チャンネル桜の【皇位継承問題を考える】という討論番組を見て、この問題は“左翼が望んでいることとは逆をやれ”という自分なりの結論に至った。

この討論に、笠原英彦(慶應義塾大学教授)という人物が出ているのだが、オレはこの御仁が、「政治学者というのは~云々」と語りだしたあたりから(↓の動画の22分頃)見せた態度に、強烈な左翼の腐臭を嗅ぎ取った。

この御仁、姜尚中と同じ臭いがするのだ。もちろん完全にオレの主観ではある。

冷静に(装い)、且つ紳士的な態度で静かに語る。しかし、その態度の奥に日本的なるものに対する“怨念”にも似た感情の渦巻きを 感じるのである。

この本の中で、櫻井よしこ女史がいみじくも仰っているように、今の日本は“無節操な商人国家になりさがった”というほかないのではなかろうか。

GDPや為替相場に一喜一憂しているが、日本は経済大国としての地位のためにすべてをかなぐり捨てるのか。

二千六百年以上の国史の中の、僅か百年にも満たない“経済大国”などという虚名のために、連綿と受け継がれてきた“国柄”をあっさり否定するのか。

これほどの長きに亘って、絶たれることなく続いてきた皇統というものこそ、日本人の美徳の象徴といえまいか。

天皇の血統を敬う民のこころと、その民を大御宝(おおみたから)とする天皇。

日本の国柄の象徴とは思わないだろうか。

2010年4月 9日 (金)

人権革命

外国人に参政権付与を!

日本が変わるためには、外国人の力が必要です!

外圧でこの国を変えましょう!

正気の沙汰ではないこの法案を、必死で押している勢力をよくみて投票すべき。

大抵は、民族独立運動と共産主義勢力は結びつくものだ。

在日外国人を革命の“駒”として使いたい勢力がいるのだろう。 

現在、日本はそういう異常な状況下にある。

世界には、左翼政権となった国はあるにせよ、いくら左翼といえども自国の国旗を蔑ろにするような勢力を抱えている国がどこにあろうか?

保守派を極右と揶揄するのは結構だが、極左がそれほどまでに外国人の権利の向上を要求するということは、つまり、権利というものがそれほどまでに“重要”なものであることをしめしていると考えるべきではないか?

日本人は、自分たちの“権利”の喪失に無頓着すぎやしないか?

 大阪市北区のJR大阪駅前歩道橋で7日、慰安婦問題の解決を求め横断幕を掲げるなどのアピール活動を行った住民団体約100人に対し、保守系住民団体のメンバーら約50人が抗議、帰宅中の会社員らが通行するなか、歩道橋周辺は怒号や罵声(ばせい)が飛び交い、1時間あまりに渡って騒然となった。

 アピール活動は、「日本軍の従軍慰安婦への謝罪と補償」を求めるグループが韓国内の運動に歩調を合わせ、月1回水曜日の夜に「水曜デモ」としてこの場所で実施している。

 これに対し、保守系住民団体「主権回復を目指す会」と「在日特権を許さない市民の会」などは昨年11月以降、「道交法違反の『水曜デモ』を粉砕する」として抗議活動を行っている。

 両グループはこの日にあわせてインターネットなどで支援者を募っており、大阪府警は機動隊を出動させ、トラブル警戒にあたった。

呆れるのは、この手の極左どもにたいして、日本人として当然の怒りを、行動でしめしている者どもに向ける“普通の市民”とされる人たちの態度である。

頭のおかしい右翼と思って嘲っているのだろうか?

まぁ、そうやって“知的に”すましていられるのも、自国の存在を自明のこととして考えているからだろうな。

はっきり言うが、生存本能の弱い“種”は、絶滅するぞ。

一つ相手の要求を呑んでやれば、大人しくなるだろうとでも思っているなら止めとけ。

“この”要求が通ったのなら、“これ”だって問題ないだろ?、と増長してくるのが“日本人以外”の人種の常識的態度なのだ。

日本に住む外国人が、外国人としての立場を保持したまま、日本人と同等の権利を行使できるようになったら、国民としての日本人の権利の優位性はどこへいってしまうのか。

外国人の権利の向上というものは、自国民の権利の低下によって支えられることになるのではないのか? 

これを喜んで支持する気なのか?

 

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