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2010年4月14日 (水)

原爆を投下するまで日本を降伏させるな

原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀

鳥居 民:著       

草思社,2005    

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×××

日本人は不思議な人種である。

二発も原爆を投下した、否、Bikini環礁での水爆も含めれば、三度も被爆させた腐れアメ公に対して、尻尾を振って追従している。

日本は、アメ公が物を買ってくれていたから戦後の復興があったので、アメ公には頭が上がらないのは仕方ないなどと言っている輩もいるのだから恐れ入る。

そんなら、日本はそのアメ公の国債を買いだめして、支えてやってるじゃねえか。(今じゃ支那のほうが持ってるのか?)

国債売っぱらっちまえよ。

アメ公に限らず、毛唐はみな育ちが悪い、民度が低い。

どこの馬の骨とも分からん血すじのアメ公のなかでも、とりわけ毛並みの悪い野朗が大統領になっちまったのが運の尽きでもあったか。

ルーズベルトが死んで、急遽、大統領に就任することとなったトルーマンは、どうやら家柄も悪く田舎者でもあったため、劣等感の強い輩であったようだ。

そのせいか、ルーズベルトにもできなかったような“でかいこと”をやってのけようとしたのではなかろうか。

それが、史上初の原爆投下という“偉業”に走らせた、とも考えられるのである。

ルーズベルトの突然の死でトルーマンとバーンズの二人を見舞った皮肉な、辛辣な運命といった話は前に記した。両者は互いに相手に抱く複雑な感情を抑え、多くの政治家と新聞の論説が希望するとおり、トルーマンはバーンズに協力を求め、バーンズはトルーマンを助けようと歩みよった。

「この二人を見舞った皮肉、辛辣な運命」と述べたばかりだが、もうひとつべつの皮肉、辛辣な運命が二人を見舞った。ルーズベルトはまことに恐ろしい遺産を二人に残していたのである。

その遺産とは原子爆弾である。

その恐ろしい遺産が二人の心の支えとなった。バーンズは、その遺産を自分の裁量で自由に扱うことになれば、「本来なら私が大統領になっていたのに」と思う悔しさを忘れることができ、失意を希望に変えることが可能と考えたのであろうし、トルーマンは、その遺産を見事に公開してみせることができるのであれば、「私ごときが大統領になったのは、まったくの偶然だ」と卑下するこだわりを払拭でき、あふれる自信に変えることができると思ったのである。(p196, 11章 トルーマンの予定表の「八月一日」と「八月八日」)

 この手の本を読んでいてだいたい見えてきたことだが、白人毛唐どもの世界観では、結局、有色人種というのはただの“天然資源の一種”みたいなもんなのだろう。

この“天然資源”を、いかにてめえらにとって有効活用するかという戦略のもとに、白人国家同士で権力闘争しているということだろうよ。

まったく、育ちの悪い毛唐どもだ。

外人という言い方は差別だ?

どこの左巻きだおい。

人として見てやってるだけありがてえと思えw

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