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2010年5月 6日 (木)

日韓理解への道

Book 日韓理解への道 (中公文庫)

著者:鮮于 ヒ,金 達寿,司馬 遼太郎,高 柄翊,森 浩一
販売元:中央公論社
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 Casrixgu

到底、理解しあえる日がくるとは思えんがね。いちいち絡んでくるのが鬱陶しくてしゃぁねえわ。

司馬遼太郎の対談集ってことで読んでみた。巻末に東亜の略年表が付いてるのがいいねえ。

さらっと内容に触れておくと、さすがに本になる対談をやるだけあって、一般的な朝鮮人みたく狂乱した発言はないな。

対談者たちの主張から気になったものを抜き出してみる。

鮮于輝:p187,隣人を想う心より

 私もある時点までは、在日同胞に問題が起れば、もう日本など引き払って、北にしろ南にしろ、自分の好きな故土に帰ればいいではないかと思ったものであるが、在日同胞の実情を考えれば考えるほど、それは不可能に近いということを悟った。日本に生まれ日本文化という風土の中に育った同胞は、北にも南にもなかなかなじみにくい。それに、「故土に帰る」ということを「祖国にもどる」という大げさないい方をすることも、もうあるまい。

アメリカに次ぐ経済大国になった日本である。それに百何十年間のあらゆる近代的試練を経た日本である。もう壮大で独特な構想をしてもいいころである。

その日本が五十万の韓国人を大きく包容し、いさかいなく、全く同じ市民として認め合い、仲良く暮らせないはずはないのだ。

私は時どき、韓国人の先生、中国人の先生、ベトナム、シンガポール、インドネシア、フィリピン、タイの先生に教わる日本人の若い人のことを想像してみる。

それでこそ、日本は一つの国でなく、一つの世界となるのではないかと思う。それだけの力を日本は、実際的にも潜在的にも持っているのだ。

>在日同胞の実情を考えれば考えるほど、それは不可能に近いということを悟った。日本に生まれ日本文化という風土の中に育った同胞は、北にも南にもなかなかなじみにくい。

なじみにくいとか、しったこっちゃないんすけどw

それはおたくらの問題であって、日本人の問題じゃねえだろうが。しかも、祖国になじめないなら日本にはなじんでるのか?何年日本に住んでいても日本人になろうとしない連中に、なんで日本人が理解をしめさなけりゃならんのよ。アホかw

>もう壮大で独特な構想をしてもいいころである。

余計なお世話だw

自分の国に進言するこったな。

>その日本が五十万の韓国人を大きく包容し、いさかいなく、全く同じ市民として認め合い、仲良く暮らせないはずはないのだ。

 

なんで包容しなけりゃならんのだw

鬱陶しいっつうのw

>私は時どき、韓国人の先生、中国人の先生、ベトナム、シンガポール、インドネシア、フィリピン、タイの先生に教わる日本人の若い人のことを想像してみる。

ようするに、てめえら日本人はさっさと教わる側に戻れっていう嫉み根性だろw

>それでこそ、日本は一つの国でなく、一つの世界となるのではないかと思う。それだけの力を日本は、実際的にも潜在的にも持っているのだ。』

それでこそって意味分からんがw

なんで日本が一つの世界にならなけりゃなんねえのよ?

しかも、最後にさり気なく相手を持ち上げみせる小賢しさw

嫌われる理由考えろって。知識人にして、この感性だぞ。

高 柄翊:p205,きまえ礼賛より

 説教みたいになって恐縮であるが、要するに、もう少し素直に相手を評価しようとする態度になればちがってくるであろう。犬猿の間柄といわれたドイツ・フランスも同じ共同体の中に入り込んで、ほとんど昔日の感情を払拭したかに見える。日韓は、言語・文化・歴史的にたぐい稀なる共通性と近親性をもっていた。相手を考え評価する時に、もう少し気前がよくてもいいはずである。

>もう少し素直に相手を評価しようとする態度になればちがってくるであろう。

日本人の、韓国人に対する評価はいたって素直だが?

>相手を考え評価する時に、もう少し気前がよくてもいいはずである。

気前よく、起源を譲れってかw

金達寿:p208,理解のための直言より

「いわれのない差別」「いわれのない偏見」などということばがあるが、そういうことはこの世にないのである。どのような差別であれ、偏見であれ、それには必ず「いわれ」があるのだから、われわれはそのような差別や偏見を少しでも克服するためには、まずそのいわれを明らかにしなくてはならないのである。

>「いわれのない差別」「いわれのない偏見」などということばがあるが、そういうことはこの世にないのである。

同胞の者たちによく云っといてくれ。

森浩一:p237~238, 私の衝口発より

明治初期に来日した、エドワード・モースという学者の書いたものを引用している。

「朝鮮で恐るべき暴動が起り、数名の日本人が虐殺されてから、まだ一月にならぬ。―中略―国中が朝鮮の高厭手段に憤慨し、日本の軍隊が鎮南浦まで退却することを余儀なくされた最中に私は京都へ行く途中、二人の朝鮮人と同じ汽車に乗り合いした。―中略―二人は大阪で下車した。私も切符を犠牲に供して二人の後を追った。彼らは護衛を連れていず、巡査さえも一緒にいなかったが、事実護衛の必要は無かった。彼らの目立ちやすい白い服装や、奇妙な馬の毛の帽子や、靴や、その他すべてが私にとって珍しいと同様、日本人にも珍しいので、群集が彼等を取りまいた。私は、あるいは敵意を含む身振か、嘲弄するやうな言葉かを発見することが出来るかと思って、草疲れてしまうまで彼等のあとをつけた。だが日本人は、この二人が、彼等の故国に於いて行われつつある暴行に、まるで無関係であることを理解せぬほど莫迦ではなく、彼等は平素の通りの礼儀正しさを以て扱われた。自然私は我が国に於ける戦の最中に、北方人が南方でどんな風に取扱われたかを思い浮かべ、又しても私自身に、どちらの国民の方がより高く文明的であるかを訊ねるのであった。」

育ちが違うってことだな。

司馬遼太郎:p258~259,私的断片史より

「“それ”はよろしくない」

と、千数百年経ってから、私の畏友である在日朝鮮人が、秦氏の氏寺であった京都の太秦の広隆寺に出かけてゆき、住職に抗議を申し入れたことがある。広隆寺の境内には『日本書紀』などから引いた寺の由緒が掲示されているためである。なぜ朝鮮からきたと書かないのか、ということであった。

つまりは『日本書紀』を攻撃し、ひいては、その原資となっている当時の秦氏の文書を攻撃していることになる。地下の秦氏が、仰天したことであろう。

 私はこの抗議をおもしろがっているが、しかし現代風の民族意識という台上から、古代という星座にむかって物干竿をふりまわしている感じがないでもない。

当時の彼らは、朝鮮筋目(すじめ)を公称せず、自分たちは秦の始皇帝の末裔であると自称していただけのことらしいがw

無理だろ。どうやって理解しろってんだよ。

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