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2010年5月30日 (日)

もの思う葦

もの思う葦 (新潮文庫) もの思う葦 (新潮文庫)

著者:太宰 治
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太宰の随想。

「徒党」という文章がとくにこころに残っている。

 孤高。それは、昔から下手なお世辞の言葉として使い古され、そのお世辞を奉られている人にお目にかかってみると、ただいやな人間で、誰でもその人につき合うのはご免、そのような 質の人が多いようである。そうして、その所謂「孤高」の人は、やたらと口をゆがめて「群」をののしり、己の所謂「孤高」を誇るのが、外国にも、日本にも昔はみな偉い人たちが「孤高」であったという伝説に便乗して、以て吾が身の侘びしさをごまかしている様子のようにも思われる。

 「孤高」と自らを号しているものには注意をしなければならぬ。第一、それは、キザである。ほとんど例外なく、「見破られかけたタルチュフ」である。どだい、この世の中に、「孤高」ということは、無いのである。孤独ということは、あり得るかもしれない。いや、むしろ、「孤低」の人こそ多いように思われる。(p148~149)

「孤低」とはうまい表現ではないか。オレもこれだな。人が判断するならともかく、自分で「孤高」と云っちゃ、イタイわな。

太宰は、自分はともだちは欲しいけど、群れることの苦しさも分かっているので、親友交歓を行わないのだと言っている。

彼は、良いとこのお坊ちゃんとして生まれたことに負い目を感じていたらしく、社会主義志向をもっていたようだ。

時代の空気ってものもあるのだろうな。

 またまた、イデオロギイ小説が、はやるのでしょうか。あれは大戦中の右翼小説ほどひどくは無いが、しかし小うるさい点に於いては、どっちもどっちというところです。私は無頼派(リベルタン)です。束縛に反抗します。時を得顔のものを嘲笑します。だから、いつまで経っても、出世できない様子です。

 私はいまは保守党に加盟しようと思っています。こんな事を思いつくのは私の宿命です。私はいささかでも便乗みたいな事は、てれくさくて、とても、ダメなのです。

 宿命と言い、縁と言い、こんな言葉を使うと、またあのヒステリックな科学派、または「必然組」が、とがめ立てするでしょうが、もうこんどは私もおびえない事にしています。私は私の流儀でやって行きます。(p140~141,返事)

それでも、左翼の胡散臭さを感じとっていただけ、さすが太宰だな。ただ、残念なのは、このあとの文。

 汝等おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。

 これが私の最初のモットーであり、最後のモットーです。

これは言って欲しくなかったな。最後に宗教的な言葉に逃げ込んで欲しくなかった。

逃げちゃいないって、言うだろうけどね、彼は。

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