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2010年9月16日 (木)

中国人の面の皮

中国人の面の皮―彼らに脈々と流れる「厚黒」の思想

中国人の面の皮―彼らに脈々と流れる「厚黒」の思想

著者:若宮 清
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謀略と殺戮を、厭くことなく繰り返してきた歴史を持つ、支那。そこに生きる人々には、それ相応の人格が形成されていく。かの土地が与えた特性ともいうべきもの、それを「厚黒」と呼ぶ。

不思議でならなかった。なぜ、これほど過酷で残虐な歴史を持つ土地で、10何億ものヒトが繁殖できるのかと。むしろ過酷な環境ほど、人間の生命力を強くするのかもしれない。

“日中友好”は可能か。それは「友好」という言葉が意味するものによるだろう。少なくとも、日本人が思い描くような「友好」にはなるまい。

 中国の政治・経済を知るには、中国人を知らなくてはなりません。中国を語る評論家や研究者たちは、中国人のことをどれほど知っているというのでしょうか。中国人―とくに天下を取った人たち(国家のリーダー)、またはビジネスを含めて、世にいう「勝ち組」という人たちには、共通の思考があります。彼らは、いちように「面の皮」を厚く保ち、「腹黒く」生きることで、成功を掴み、頂点を極めたのでした。

 これが中国人の信じる唯一の原理原則―「厚黒」の思想です。中国という地にあって、「厚黒」を持たない人は、敗残者となります。(p6,はじめに,)

簡単に云ってしまえば、他人を“信じない”ってこと。信じて損をしたなら、それは信じた方が悪い。こういうわけだ。

これはかの大陸が、その過酷さゆえに、おのずから体得させた民族の知恵なのだろう。これなくしては生きられないというのだ。4千年という年月がかれらに刷り込んだ「知恵」である、どう考えても日本人的発想でつきあえる相手ではない。

いったい、かの大陸はどのようなヒトを作り上げたのか。どうやら徹底した“個人”とでもいうべき存在らしい。この“個人”は、決してお上を信用しないし、国によって我が身が守られるとも本気で思ってはいない。だから、世がどう変わろうが生き抜いていくために、家族との結束と富みを重視する。

中国人は、自分を守ってくれる国家や組織があるなどとは考えない。自分の生命や財産を最優先する個人主義だけが成り立つ。とはいえ、あれほど生存競争の厳しい国で、全く自分ひとりだけで生きていくことはできなかった。せめて家族や血族・同族で一致団結して生き抜いていこうと考える。これが、「自家人」の概念である。

こうして中国には、ひとつの中庭に面して、何家族もの家が並び、それを高い壁が囲んで防御する共同住宅が出現した。福建省に現存する「土楼」は、最大のもので、六〇戸以上、四〇〇人以上の一族郎党が同居している。さらに四、五個の土楼が組み合わさってできた集落もある。激しい戦乱や馬賊・夜盗から財産を守るために、編み出された知恵だ。(p68~69,二章 「拝金主義」が生んだ厚黒の思想,)

斯様に結束の強い家族であっても、一族の面子を潰すような奴は容赦なく排除する。どこまでも乾いている連中である。

そもそも支那人を人種という概念で見るべきでなく、「漢字」を使って交流する人々とでもいうべき、文化的概念として見るべきと指摘する人もいるようだ。

それはさておき、日本人が肝に銘じておかねばならないのは、日本的“誠実”が支那人に通じるかである。

 ここで、中国人の特質ともいうべき―非を認めず謝罪しない、身勝手、自己正当化、拝金主義、家族主義などが、すべてその「徹底した個人主義」に由来するものであることを確認しておきたい。最後は、自分ひとりになっても生き残るという強い信念だ。中国人は、体内に蓄積してきた「厚黒」の思想に基づいて、行動する。決して感情に左右されないのである。(p59~60,同)

まず手玉に取られるのがオチだな。

中国人は、現在の自分にとって、さしたる利がないと思えば、扱いを一変させる。彼らは、ことあるごとに「井戸を掘った人は決して忘れない」と言ってくるが、これも真っ赤なウソ。「井戸」の前に、「いまも水がコンコンと涌き続ける限り」と書き加えておいていただきたい。(p61~62,同,)

つまり彼らの精神構造から云うとこういうことだろう。

人が他人の為になにかをするのは、自分にとっても利があるからにほかならない。ならば、自分が世話になることによって、その人も得していることがあるはずである。よって、そのことをいつまでも感謝している必要はない。

乾いてるねえ。ある意味感心するよ。

「井戸を掘った人」を“讃えつつ”、政治にはなんら反映されていないというオチでござる(爆W)

はっきり云って、文化大恩の国からなにかを学ぶとしたら、叩いても叩いても屈しない生命力と、その元になっているであろう、面の皮の厚さではないか?

最近思うんだけど、国境のない“世界”、すなわち国のない世界なるものができたとしたら、そこで生き残れるのは支那人的に行動できる者だけなのじゃないだろうか。

だとしたらオレは死んでいいわ。まっぴらごめんだよ、そんな世界。

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