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2010年9月20日 (月)

アメリカの戦争の仕方

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『アメリカの戦争の仕方』,ハリー・G・サマーズJr,講談社,2002

読後感:☆

世界最強の軍事力を持つ、超大国の戦争哲学。これを読むと、不可避の戦争ではあったとはいえ、日本はよくこの国と戦ったものだなと思う。

一番強烈に印象に残ったのは、二つの戦争を同時に戦う戦略と戦力を持つ重要性を説いていることである。

自衛の為の戦いについて語ることすら憚られる、脳内お花畑などっかの国とは、えらい違いである。

第8章 アメリカ軍事政策の“十戒”より,

(ⅰ)“三位一体”の戦争を忘れるな

 三位一体の原理は、憲法のなかで謳われている。まず前文には、こう書かれている。

 「常備軍だけでなく、『われわれ合衆国国民』は、共同防衛に備える義務がある。」

 次いで、第一条第八項は議会に対して陸軍および海軍を創設し、その統制および支配の規則を制定し、戦争を委任する権限を与えている。そして、修正第二条は次のように宣言し ている。

 「十分に統制された市民軍は、自由国家の安全にとって必要である。武器を保持する国民の権利を侵害してはならない」(p227,)

ひとたび有事が起れば、国民が一致団結して戦闘態勢に入る、まぎれもないこの国の国力の秘密はこれか。

(ⅱ)核による戦争抑止力を強めよ

 核戦争の抑止が重要なことは、いくら強調しても強調しすぎることはない(p231,)としたうえで、

 アメリカ本土に弾道ミサイル攻撃に対する防御システムをつくることは、アメリカ の将来の軍事政策の最優先事項である。弾道弾迎撃ミサイルがなければ、アメリカは核の脅迫に対して脆い状態のままであり、海外の同盟国を安心させることはできない。(p236,)という。

 核の脅迫、武力による脅迫。日本はこの脅迫にどう対処する気でいるんだ。考えることすら、避けているのか。

(ⅲ)海外の核防壁を維持せよ

 アメリカは同盟国の利益のためより自国の利益のために、同盟国を自国と同じように、核の脅威から守らなければならない。本国を核の脅迫から守るだけでは不十分なのである。(p237,)

(ⅳ)通常兵器こそがカギである

 通常兵力は戦争を抑止するための第一の手段であり、もし抑止に失敗したときは、戦場で戦い、そして勝利する手段なのである。同時に、同盟国にアメリカの支援を確信させ、信頼させる手段である。(p240,)

そして、米国が海外に軍を展開している理由。

 軍隊というものは、必要がないときは海外に動員できるが、危機が発生して実際に軍事力を必要とするときは、動員できないものなのである。なぜなら動員によって、ますます事態が悪化する恐れがあるからだ。

 したがって、アメリカが国益にとって重要な地域への影響力を維持するには、前もって軍隊を駐留しておく必要がある。(p242~243,)

(ⅴ)敵をおびえさせよ

 英国海軍のヒル・ノートン元帥はこう述べた。

 「戦争を抑止するために肝心なことは、潜在的な侵略者の心の中に、攻撃によって得られる利益より失う損失の方が大きい、という恐怖の念を起させることである」(p244,)

平和憲法では平和をつくることはできない。

憲法9条では、敵を失笑させることはできても、恐怖させることはできない。

(ⅵ)自国の力を錯覚するな

 しかし、“恐怖の均衡”は、現実の裏づけがなければならない。アメリカが冒す可能性のある最大の危険は、敵国に脅威を与えて相手を押さえ込むのではなく、かえって相手を奮い立たせるかもしれない、ということだ。(p246,)

実際のところ、米国は現時点で二つの戦争を戦って勝つ見込みはあるのか。そう考えるのは力の過信であると、冷静に分析し、

 一つの地域紛争を戦って勝利し、もう一方の地域紛争は、第一の紛争が片付くまで膠着状態にしておくのである。

 アメリカは、こうした事実から目をそむけずに直視しないかぎり、あまりに戦線を広げすぎて、「敗北―敗北」戦略に陥ってしまうかもしれないのである。(p248,)と述べている。

 決して、精神論に陥らないところがこの国の恐ろしさであろう。気になるのは、支那が自国の力をどうのように分析しているかだ。

(ⅶ)技術の罠に陥るな

 「軍事力信仰」は宗教と同じ、信仰の一つである。(p248,)

 技術の進歩によって、生身の軍人の重要性が低くなることはないという。高度な科学技術に裏打ちされた兵器を持つに至っても、最後の決着をつけるのは、血を流す覚悟をもった人間であることに変わりなく、軍隊の規模を縮小する危険を指摘している。

穿った見方をすれば、いろいろ指摘できる点はあるが、国家の戦いを勝つために人間という戦力が決定的な役割を果すとういうのは、事実であろう。

(ⅷ)軍隊は平和維持活動地域の周辺を固めよ

 将来的には、平和維持活動を主たる任務とすべきであるという主張に対し、

 それは欺瞞的かつ最も危険なあやまりである。軍隊の戦闘がもたらす成果をおとしめるばかりか、軍事に対する政治の支配を損なう可能性がある(p253,)というのである。アホの左翼が聞いたら卒倒しそうな話しだな。

文民の戦略家から支配権を取り戻さなければ、軍が本来の機能を果せないというのである。

日本にいたっては、文民どころか、プロ市民上がりのアホどもなんだが。

(ⅸ)軍事政策の方向性を設定せよ

 「安全保障政策を明確にするためには、アメリカの世界とのつき合い方に関する基本的な質問に答えなければならない。

 ①国際問題におけるアメリカの役割は何であるべきか。②アメリカの国際活動の目的は何であるべきか。③これらの目的を実現するために、アメリカはいかなる手段を用いるべきか」(p260,)

「アメリカ」を「日本」に置き換えた場合、どういう結論がでるのか興味深い。おそらくは、政府ではこのようなことが問題にすらなったことはないのではないか。

(ⅹ)何よりも、戦闘拡大能力の優位性を維持せよ

 もしアメリカが、冷戦後の世界の安定に成功しようとするなら、アメリカに対して公然と歯向かえば必ずはね返ってくることを敵国に確信させなければならない。そのためには、戦闘拡大能力の優位性を維持する必要がある。

 戦闘拡大能力の優位性とは、敵が対応できないところまで戦闘を拡大する能力を持っているということである。この能力は、武器、装備、人力などの目に見える物理的要素と、リーダーシップ、戦場における勇気、政治的意志など、目に見えない士気的な要素を組み合わせたものである。(p263~264,)

日本にとって、まず脅威なのは、政府、議員含め知識人や一般人にいたるまでが、国防を当たり前に語るという国柄である。むしろ、これを語れないような輩が政治家として支持されることは、ない。

国を守ることは国民として当然であり、守るには軍事力が重要になるということもまた自明であることが共通認識としてあるのであって、如何にして国を守るかという議論に於いて、軍備が必要か否かなどという、欠伸のでるところから始めなくてよいのである。

反米保守の気持ちも分かるのだが、このような驚異的な国家との同盟を離れて、へたに敵性国家と認識されると厄介だ。軍事的に一人立ちするとなったら、カネと技術のある国だけに、軍事的競争相手とみなされると考えておかねばならないだろう。

軍事費の適性支出はGNP比3%ともいわれているが、カネの問題以上に、このような戦略的且つ強大な国に、敵性国家とみなされる覚悟を持てるのかということ。

日本が二方面での戦争に対応できる可能性は、おそらくないだろう。そもそも、戦うための資源の確保が難しい。さらに、日本の側に立ってくれるような友好国を望めるか、ということも重要な要素だろう。

白人国家は、日本の側には立たないと思ってまちがいない。ならば有色人種の国家が日本の見方になってくれるか。これも心許ない。

だいたい、アジアにしても、国力がそれほどでもない国しかない。それなりの国力にある国どうしの同盟でなければ、意味がないであろう。

支那・朝鮮は筋金入りの反日であるから、ここは問題外だ。この二国と係わると碌なことがない。

これらのことを考えても、当面は米国との同盟下にあるほうが、都合がいいのではないだろうか。

なにも、米国を心底信頼する必要も、好きになる必要もない。政権が変わればどう転ぶかもわからないのだから。

とりあえずは、いまは米国幕府の時代だと割りきって、面従腹背で行くのが利口かと思うのである。

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