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2010年10月12日 (火)

教育を救う保守の哲学

51t3bz6ssbl__sl110_ 教育を救う保守の哲学―教育思想(イデオロギー)の禍毒から日本を守れ

中川 八洋,渡部 昇一:著,徳間書店,2003

読後感:×××

とにかく腸が煮えくり返る本である。いかにこの国の教育現場が、トチ狂った腐れ凶惨主義者のドブネズミどもに犯されているかを知った時、憤怒の炎が燃え上がるはずである。

怒りが涌かないようなら、すでに脳に蛆が涌いているにちがいない。

共産主義などという、人間を単なる動物の次元に貶めるカルト宗教で、なにも知らない無垢な子供たちをジワジワと洗脳していく。

公務員の分際で、国への憎悪を子供たちに植えつける。オレの記憶からいっても、奴らは授業中に反日思想を撒き散らしている。

くたばりやがれ、共産ドブネズミどもが。

自分の母国を愛せない子供をつくる。

自分の母国を愛せない者は、自分に流れている血に誇りを持つこともできまい。

まさに、それこそが、奴ら凶惨主義者どもの望んでいることである。

母国を誇りに思う者は、国家解体を目指す奴ら、腐れ左翼のド畜生どもにとって邪魔でしかたないからだ。

腐った野望を持った連中ほど、高尚な理念と美辞麗句で着飾りやがる。

てめえのうす汚ねえ本性を隠すために、人権・反戦・平和と、耳当たりの好い言葉で相手の警戒心を解こうとする。

いったい、奴ら腐れ左翼のド畜生どもの云う、人権とはなんぞや?

キチガイが安心して犯罪を犯すことのできる権利のことだ。

凶悪な犯罪であればあるほど、人権派と呼ばれる連中は、必死で弁護する。

“精神障害”という万能の言葉によって、犯罪者を守りきる。それは、社会秩序の破壊を奨励するものである。

社会秩序が崩れれば、共通の野望で団結している腐れ左翼のド畜生どもにとって、有利な条件が整うことになる。

反戦を謳いながら、内乱を待ち望むのがこの連中である。

誇るべき母国として日本を見ることのできない、ただの“ニンゲン”にとって、その日本が瓦解していく姿を見せられたとしても、他人事にすぎないと感じるのではないのか?

いまの体制がなくなったって構いはしない、どうせ別の体制に変わって、いままでどうりテキトーに生きていけるだろう、と思っているのではないのか。

甘いな。

現体制を憎悪する連中にとっての平和とは、何者にも縛られることなく“人間性”を解放できる世の中のことであり、解放された“人間性”は最も低きところに向かうのは、必定である。

規制のある中にあってすら、人間は欲望を制御できない弱さを持っているのである。

その人間、獣性を確かに持っている人間が、“人間性”を解放するとき、狂気も解き放たれることになるのだ。

誰が云ったか、「地獄への道は、善意によって敷き詰められている」のである。

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