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2010年10月14日 (木)

青年

青年 (新潮文庫) 青年 (新潮文庫)

著者:森 鴎外
販売元:新潮社
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読後感:×

森鴎外の著作では、大分前に「舞姫」と「阿部一族」を読んだことがあったくらいのもので、それ以降とくに読んでいこうと思うほどに、この人の作品に惹かれはしなかったのである。 

最近は、明治期の作家や人物に対する関心が強くなってきたこともあって、鴎外も読んでみる気になったのだが、いかんせん自分には難しい。

この人の作品を面白く読めるようになるには、時間がかかりそうだ。

「舞姫」のときは、その日本語の美しさを味わうことができたし、「阿部一族」のときは、それほど読むのに疲れなかった記憶がある。

この「青年」は疲れるとかいうより、あまりにも仏蘭西語だの独逸語だのを多用しすぎで、いちいち巻末の注解に飛ばなければならんので、苛々させらるったら、なかった。

いい加減にしやがれ、鴎外!ってな具合であって、内容もろくに頭に入ってこないですわ。集中力が切れましたな。

なんつうか、作家志望の青年が熟女に心を奪われたってことだけしか、記憶に残ってないわ。物語中に、漱石や鴎外自身を原型にした人物が出てくるのも、ちょっと興味深いことではあった。

巻末の、解説をよんでみて「へぇ~、」ってくらいの感想だから、もう一度読んでみてもあまり読後感は変わらないかもしれない。

ところで、機関紙・大百蓮華で読んだ覚えのある言葉が出てきた。

「一体日本人は生きるということを知っているだろうか。小学校の門を潜ってからというものは、一しょう懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にあり附くと、その職業を為し遂げてしまおうとする。その先には生活があると思うのである。そしてその先には生活はないのである。」(p67,)

これ、池田名誉会長が演説か著作か失念したが、引用されていたようである。

前後の文脈を覚えていないので、その時なにを訴えようとされての引用だったのかさだかではないが、いまこれを読むと、違和感を覚えるな。

この一しょう懸命さって、信心(組織活動)にも云えるんじゃないのか?

その時その時の“打ち出し”を為し遂げてしまおうとする。その先には功徳があると思うのである。そしてその先には、、、、。

これは人それぞれとしか云いようがないな。功徳がでたって人もあれば、別に、っていう人もいるんだろう。そもそも、なにを功徳と感じるかも人それぞれだ。

この言葉の後には、こう続く。

 「現在は過去と未来との間に劃した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。」(同)

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