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2010年11月

2010年11月29日 (月)

悪の連結;北朝鮮と中国の無法

>近隣地域で、全面戦争につながる可能性も否定できない軍事衝突の情報が「伝えられた」後に、株価が上昇したとすれば、極めて異常。23日の株価に大きく影響すると考えられる他の要因は見当たらず、中国側に事前に情報がもたらされていた可能性も否定はできないとの見方を示す、専門家もいる。

中共のゴロツキどもめ!`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20101124-00000038-scn-int&s=points&o=desc

北朝鮮の韓国砲撃で中国の株価が「異常な動き」…ニュース後に上昇 (サーチナ)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース via kwout

シナの人民抑圧軍に日本を“解放”させたがっている、トチ狂った薄らバカ腐れ左翼の蛆虫どもは、米国が戦争で儲ける為に北を挑発したとか云ってますなぁ。いったい何がそこまで、全体主義独裁体制に憧れを抱かせるのだろうか。

真っ赤な頭では桃源郷のように見えているのか知らんが、カルト・キタチョーとシナの同じ穴の狢っぷりを明かしてくれる本がこれ。

【中古】afb【古本】悪の連結(リンケージ) 北朝鮮と中国の無法/福井義高ウィリアム・C.トリプレッ

【中古】afb【古本】悪の連結(リンケージ) 北朝鮮と中国の無法/福井義高ウィリアム・C.トリプレッ

悪の連結(リンケージ) 北朝鮮と中国の無法 読後感:××

●目次第1章 無法国家
第2章 モスクワの陰謀
第3章 北京の戦争
第4章 新たな朝鮮戦争
第5章 テロと犯罪
第6章 日本に突きつけられた刃
第7章 収容所国家
第8章 死の研究所
第9章 死の商人
第10章 北朝鮮―中国の借刀

 反戦病によって脳に蛆の湧いているへ~わしゅぎしゃどもは、カルト・キタチョーに圧力をかけることに反対する。それどころか援助してやれと云うのだから、驚愕である。

南無妙法蓮華経を唱える人たちにして、これを云うのだからぶったまげるねw

“謗法の者に供養してはならん”のではなかったかい?

シナの指導力に期待している微笑ましい人たちもいますなぁw 無理っす(爆)

はっきりいってこいつら共犯です。(・∀・)ニヤニヤ  もし、朝鮮半島が韓国化する方向で統一されると、シナとしては民主主義国と直接国境を接することになるわけだ。

認めねえよ。

中国政府にとって、体制生き残りとは何よりも民主主義というウイルスを国境の外に放逐することである。したがって、共産中国は北朝鮮、ベトナムそしてビルマの体制が今のままであることを望んでいる。中国はまた、民主主義がパキスタンに戻ってくることも望んでいない。共産主義を世界中に伝播することよりも、今日の中国は世界を独裁体制にとって安全な場所にすることを望んでいるのだ。こう考えれば、中国が、なかでもイラン、シリア、リビアそしてキューバといった、国務省のテロ国家リストにある国々と深い政治的関係にあることの説明がつく。こうした国に大量破壊兵器を広めることで、これらテロ国家はアメリカの力を殺ぐ中国の戦略的代理人となっている。(p260,第10章 北朝鮮―中国の借刀)

このような、素直に見ていれば明らかにゴロツキな連中が、愛すべき隣人と映るへ~わしゅぎしゃどもが腐る程いるってんだから、まいるねw

共産中国政府は北朝鮮で何が起こっているか知っているのか?イエス。両共産主義国は、長年にわたり、軍事・情報のつながりを持つとともに、国境も接している。大量の北朝鮮難民が鴨緑江と豆満江を越えて中国に入って来ており、国境の中国官憲から詳細な報告を得ることが出来る。中国は、北朝鮮の近隣諸国への侵略的行動と大量破壊兵器開発計画についても知っている。

中国政府は北朝鮮の危険な行動を阻止すべく介入出来るのか?イエス。中国は北朝鮮のエネルギー供給の70パーセントを支配しており、大きな影響力を持つ。しかし、無法国家の危険な行動を妨げるべく介入するどころか、中国は金正日の大量破壊兵器開発計画の進展を助け、近隣諸国への侵略的行動は黙認し、しばしば北朝鮮の不正な武器取引の完全なパートナーとなって利益を得ている。(p258,同)

こいつらをもし、戦争なしで崩壊させようとするなら、カルト・ソ連に対してしたように、経済的に追いつめるしかないのではないか。カルト・キタチョーは、金正日の資金源を絶てばいいだろうが、問題はシナだろう。あれをどうするか。どう追いつめるか。対話が糞の役にもたたない事は、分かりきっている。

もっと援助を与えて(太陽政策)協力してあげれば、北朝鮮も変わるってなことを云いだす目出度い人たちがいる。

脳みそ腐ってますよね?(爆)

一九八七年春、国連開発計画は北朝鮮における集積回路試験施設の建設に資金を提供するという非常にまずい判断をした。集積回路(チップ)はいかなるエレクトロニクス製品にとっても基本構成要素である。親愛なる将軍の「軍事第一主義」計画の下、北朝鮮で製造されたチップは核兵器、弾道ミサイル、サイバーテロ、軍事通信その他侵略用軍備に使われる。チップが北朝鮮一般国民の生活を向上させる製品に使用されることは絶無に近い。(p108,第4章 新たな朝鮮戦争)

え~、事実上国家連合に一番拠出金を払っているのは、我がお花畑JAPANですよねw

国連による贈り物から、半年もしないうちに、金の工作員が韓国旅客機を爆破し乗客全員を殺害した。金体制は国際援助を食いものにし続けている。こうした国連による贈り物は、平和をもたらす代わりに、ただでさえ侵略的な無法国家にさらに戦争を遂行する手段を与えているのだ。(p109,同)

いや~、性善説で人を見られる人って本統にいいもんですね(爆)

2010年11月28日 (日)

「PRINCE OF PERSIA;THE SANDS OF TIME」「JENNIFER`S BODY」

舞台は古代ペルシャ。空前の繁栄を極める帝国で、孤児でありながらもその勇気を買われて、王の養子として迎えられたダスタン。しかし、王殺しの罪を着せられ追われる破目に。

王殺しの陰謀を阻止するっつって、その鍵になるのが伝説の短剣ですわ。《時間の砂》を収めたこの短剣を使えば、時を戻し、過去を変え、世界をも支配する力を得るってんで、みんなして追いつ追われつのテンヤワンヤってやつ(テキトーに云うと)。

派手な立ち回りが見ものですな。特に、屋根をピョンぴょん飛び跳ねてるところね。息つく暇もないんじゃねえの?ってな塩梅でオモシロス。

まぁ、見所は沢山あるわけだが、はっきり云って中身がどうこうよりも、オレの場合は、ジェマ・アータートンの強烈なエロ気に悩殺されちまったですわ。もう、どうにもこうにもおティンティンがかティんこティんになってまいましたわ(;´Д`)ハァハァ

これ、王女さまなのね、聖なる都の王女さま(;´Д`)ハァハァ

もう短剣なんかどうでもよくね?、って感じなんだけどw

これから注目だな、この女優。

そういや、ダスタン役のジェイク・ギレンホールってこの前観た「マイ・ブラザー」の、出来の悪い弟役やってた男優ではないの。

あの頼りない男が、この映画では大活躍! 変わるねえ、向こうの役者って。何をやっても木村拓哉でしかない、某役者とは違うわな。

然しながら、これだけでは終わらないのが二本立ての魅力。しかも、二本ともおエロ気攻撃とは!

Megan Foxって誰よってなもんだが、この女優も要注目ですな。「PRINCE  OF  PERSIA」は、ツンデレな王女さまに焦らされっぱなしで、今度のこれは吸血鬼(でいいのか?ってか、人肉喰らいやがるんだな、こいつ)美女に直球ガツンガツン!、おティんティんかティんこティ~ん!

もうね、この手のは頭使わなくていいから楽なもんですわ。終わるの待ってりゃいいだけだ。

新しいことやる余地ないんじゃないかね?、この手のものって。とりあえず襲っとけってやつね。

ある田舎町(本統に怖いのよこの町。夜なんて一人じゃ歩けねえっつの!どう見ても)に、都会から自主制作のBandがやって来ましてね~、唄って燃えてあ~大変。

この馬鹿タレどもが処女を生贄に捧げる儀式なんぞをやりやがってだねえ。売れる為に悪魔に生贄を捧げるんですと!迷信信じやがってこのアホたれ。処女じゃねえよ分かるだろ、このエロ気ムンムンのJenniferさまをなんと心得るw

処女じゃなかったもんだから、儀式失敗。魔女になってもうたw

しかし、最後の締めはなかなか凝ってる感じ。親友を怪物にしやがった腐れBandをブッスブッスとやっつける! 

スカッとしましたわ。

2010年11月24日 (水)

「Brothers」「Frozen River」

久しぶりに映画を観た。 どちらも主題は重い。見終わった後にずっと残る。時間が経つほど、物語の中に沈殿していくような感覚がある。

1本目は、戦争によって崩壊していく家庭の姿を描いた、“Brothers”。

Natalie PortmanとTobey Maguireは、幸せな夫婦だった。娘が二人(この娘役の子が明らかに親に似ていないのはご愛嬌)。

弟の出所と入れ替わりに、再び戦地へ戻る兄。そして、妻のもとに訃報が届く。

この場面でNatalieの役者魂を見た。玄関に立つ軍の上官の姿を見ただけで、それがなにを意味しているのか分かるのである。階段を下りていくその足取りと微妙な表情の変化で、見事に、夫を失ったという現実に直面した妻の苦悩を演じ切っていた。

有能な長男を失った父は、出所してきた、仕事もせずにだらだらと生きている弟に苛立ち、息子もそんな父に反発する。

だが、兄は死んでいなかった。そこから、この家族に本当の苦悩が訪れることになるのだった。

何故、彼は生きていられたか。戦地で何があったのか。

最後に妻は、彼からそのことを聞き、映画は終わる。

重い映画であった。これを観て、一番に何を思うか。戦争の悲惨さ。愛とは何か。信じるとは―。

自分は、これが単なる反戦映画ではないと思いたい。ムスリムのキチガイっぷりも、しっかり描いている。あれが無ければ、ただの赤い反戦映画になってしまっていただろう。

「レオン」で華々しく銀幕に現れた美少女は、もう、いい大人の女である。彼女の映画は、全て観たわけではないが、このような、苦悩を全身で表現しなければならない役は、初めて見た。

ただ、美人すぎるってのもあるかもしれないし、まだ家庭の垢に塗れていない為もあってか、母親臭さがあまり感じられなかった。Natalieは育ちが良すぎるのかもしれない。庶民臭さが出ないんだな。

もう一本。これも重い。

自分はこっちの方がより、深刻に心に迫ってきた。貧しさ、差別、不法移民。これからの日本に、無縁ではない話であろう。

舞台はニューヨーク州最北部、カナダとの国境に面する町である。

先住民保留地の女、ライラと知り合ったことから、密入国に手を貸すようになる二児の母、レイ。

真冬の寒さで凍ったセントローレンス川を、車で渡ってカナダに不法移民を届けるという危険な行動に駆り立てたものは何か。

“ギリギリの生活から抜け出したい”。人種も住む世界も異なる、二人の女を結びつけたのは、貧しさからの脱出だった。

密入国する者たちも、貧しさからの脱出の為に危険な賭けに出たのだし、それに手を貸したこの二人の女もまた、同じなのだ。

しかし、違うのはひとつある。不法移民に協力するということに対する、感覚である。白人のレイと、先住民のライラとでは、不法移民を見つめる眼が違っている。密入国というものに拘る、後ろめたさがライラには無いと思われる。

結局、ライラには先住民という強い意識があるはずで、先に住んでいた自分たちが保留地に追いやられているという鬱屈した感情が、密入国という犯罪に手を染めている後ろめたさを担保しているような気がするのだ。

それに対して白人のレイは、ただ犯行が見つかったときの危険に怯えているだけではなく、これは犯罪であるという明確な意識を持っている。

一見、同じような境遇によって友情が芽生えた感のある二人であるが、この心の距離は最後まで越えられなかったのではないだろうか。

2010年11月22日 (月)

李大統領と公明党・山口代表が会談、参政権問題論議

文化大恩の国(笑)の為なら、反日・親北であろうと構わないわけですか?そうですかw

http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2010/11/22/0400000000AJP20101122003800882.HTML

聯合ニュース via kwout

いや~、平和主義者ってほんと~に目出度い人たちですねw 

特別永住者としての権利だけでも異常なのに、このうえさらに権利を与えるってわけですか?そうですかw 

ちなみに、かの国はまだ休戦中ですよねえ。いまだに南北分断のままなんですが、いいんすかね?そんな微妙な状態の国の国民にどんどん権利を与えてw

対南思想工作の実態を弁えて、かの国と互恵関係云々云ってるんすかね?

東京中国文化センターで展示会 名誉会長の友好の軌跡を紹介(爆)

領土に拘るのは中日友好の邪魔になるぞって云いたいわけですかw

http://www.seikyoonline.jp/news/headline/2010/11/1193311_2459.html

SEIKYOnet (聖教新聞社):東京中国文化センターで展示会 名誉会長の友好の軌跡を紹介 via kwout

>池田名誉会長の日中友好の軌跡を紹介する「理解・友誼・平和――池田大作と中国展」が19日、港区の東京中国文化センターで開幕した(主催=同センター・中日友好協会、後援=中国大使館・中国人民対外友好協会、協力=創価学会)。

【中国人民対外友好協会とは?】

中国人民対外友好協会は1953年5月3日に発足した。その主旨は中国人民と世界各国の人びとの間の理解と友情を深め、相互間の経済、社会、文化、科学技術、教育などの面の交流と協力を促し、世界平和を擁護することである。

まず、てめえの国をまともにすることだな。世界平和云々できる立場かwww

「中国文化センター」は、中国政府が各国に設立する文化機関。  

中共の工作機関ですねw

原田会長に続き、劉元副部長は、自身が周恩来総理の通訳を務めたことを述懐し、「『飲水思源』――周総理は中日友好の“井戸を掘った人”を忘れてはいけないと語られました。そして日中国交正常化提言を発表された池田先生と、1974年に会見されたのです。私たちは“井戸を掘った人”に続き、両国人民のため、平和と友好の道を追求していきたい」と述べた。

でた!「井戸を掘った人を忘れない」という、大嘘(爆)

若宮 清はこれについて、

“彼らは、ことあるごとに「井戸を掘った人は決して忘れない」と言ってくるが、これも真っ赤なウソ。「井戸」の前に、「いまも水がコンコンと涌き続ける限り」と書き加えておいていただきたい。”(中国人の面の皮,p62) 

と、教えてくれている。市井の一般シナ人と、長年付き合ってきた人の貴重な証言である。重要人物として招いた人たちには、見られてまずいものは見せない。腹の底は見せずに、友好、友好であるw

最近、水の出が悪いぞこの野朗!、ってわけか?(爆)

中国人は、自分が弱い立場にいる時は、「友好、友好」と擦り寄ってくるが、いったん同等もしくは、それ以上の立場になると、強硬に出る。そして、友好などという言葉は、すっかり空しく形骸化したものになっている。(同,p162)

“兵は詐をもって立つ”ってやつですかいw

創価大学の学生らが「桜花縁」を合唱した後、程大使、劉元副部長、原田会長、東京華僑総会廖雅彦会長日中友好協会村岡久平理事長日中協会白西紳一郎理事長日中友好会館村上立躬理事長日中文化交流協会横川健専務理事がテープカットした。

君子危うきに近寄らず(・∀・)ニヤニヤ

2010年11月19日 (金)

外国人参政権、「国民主権と矛盾せず」の薄らバカ腐れ政府答弁書

虫けら売国奴どもが蠢く蠢く~~~(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

 

脳内お花畑の平和主義者どもは、単に可哀相だから外国人にも日本人と同じ権利をあげましょうって訳なんだろうな。目出度いお話ですな(爆)

外国人が日本人と同じ権利を持つようになれば、いずれ日本人って何?って具合になるだろうなぁ。地方参政権、しかも永住外国人だからいいだろうって?

阿呆か?

一つ認めりゃ満足するとでも思うかよw 一つ認めりゃ他にも要求するようになるのが、不逞シナ・朝鮮人である。そしてそれを革命の道具として担ぎ出してくるのが、腐臭漂う薄らバカ腐れ左翼の蛆虫どもであるw

露助にしろ、朝鮮人にしろ、領土をぶん盗ってる連中が何か日本人に譲歩してるかよ?それどころか益々付け上がりやがってるじゃねえか。

米国人がもし、ソ連にも理解を示してあげようなどとやってたら、今頃世界中が凶惨主義になっちまってるだろうよ。

外国人が日本に対して、善意だけ持っているとでも思ってるのか。日本が好きで永住している人間だけだと、単純に思っているのか。

日本が好きで善意でこの国を善くしていこうと思ってくれているなら、日本人になればいいだけの話だ。それが嫌なら、選挙権を行使しなくても出来ることをやってくれたらよいではないか。

外国人としての立場を維持しつつ選挙権を行使するという、この厚かましさ! 例えば過疎化が進む地方でこれやられたらどうなるよ。日本人の方が少数派になってくるかもしれないってのに、国籍法も緩和するわ、移民を前提にした経済構想を立てるわ、何なのいったいw

そもそもがですよ。外国人と日本人の保守派が共存できますかね。保守なら中立よりも心情的に右でしょうが? 外国人が日本の保守派に理解示すと思うか? 選挙が左巻きな候補に有利になるに決まってんだろうよwww

2010年11月18日 (木)

自由への警告

「自由への警告」

ソルジェニーツィン:著,新潮社 (1977/06)

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読後感:☆☆☆

カルト・ソ連から国外追放処分を受けた、ソルジェニーツィンの警世の書。

彼の体験談を聞いても、マルクス教に洗脳されたゴキブリどもは、まったく受け付けなかったようである。当時の言論界(左巻き文化人ども)は、まるで彼を、凶惨主義に適応できなかった特殊な例とでも思っていた。否、そう思おうとしたのだろう。

洗脳されている連中の思考回路は、そんなもんだ。論より証拠ってのが通じない。凶惨主義社会には、差別も階級も存在しない。完全なる自由。したがって、この体制に不満のあるものは精神病扱いか、思想犯として強制収容所送りとなる。

共産主義という言葉には抵抗があるとみて、社会主義という衣に包んで揚げて、召しあがれったって無駄だ。

社会主義=破壊主義と思っている。弱者保護の美名のもと、権利の乱用をもたらし秩序破壊だ。地獄への道は善意によって敷き詰められている。

西側は今日、挙げて社会主義に惹かれている。地球上に自己の理想が実現されたのをもうすぐ見るのだというのは、何十年ものあいだ実に魅力的なことでした。ところが、ソビエト体制が最も控え目な理想とさえ、月とすっぽんほど違うことがわかった時には、こんどは「ソビエト」と「ロシア」という用語をインチキにも同一視することが役立つことになったのです―ソビエトの社会主義の犯罪、欠陥、失敗をすべて、嘘を弄してロシアの「奴隷的伝統」のせいであるとしたのです。(P158,ソビエト史の悲劇的な諸事情)

ソ連のは本当の共産主義ではなかったという、てめえ勝手な詭弁で、いまだにマルクス教の有効性を説く脳みその腐った輩がいるから困る。

シャファレーヴィチはその浩瀚な社会主義研究において、数多くの歴史的事実に基づき、社会主義的諸体制はけっして新しいものではないこと、それらの諸体制は歴史上いつでもどこでも残酷な全体主義的性格を帯びたこと、さらに西側の、まさに西側の社会主義の理論家と予言者は誰もみな、まさにこの残酷無慈悲な原理を誇らしげに約束していたことを示しています。ユーリィ・オルロフは物理学から借用した方法と言葉を用いて、首尾一貫した社会主義は、理論的に考えても、全体主義体制以外の他の如何なる形態も採り得ないこと、(中略)社会主義導入のどんなに柔軟な方法でも、それが首尾一貫していて不断に行なわれるものであるかぎり、それがゆきつく先は全体主義、すなわち個人と人間精神の完全な弾圧以外にはあり得ないのです。(P159~160,同)

平等、階級打破、計画経済、美辞麗句の羅列で実態が伴わない。

共産主義者は神を否定しているようだが、理論の絶対を謳うその様は、神の全能を主張して憚らない原理主義者のそれに近いではないか?

人生は平等にはならない。持って生まれた条件が必ず人それぞれ違っているのだから、違う人生になるのが当然だ。それを強引に平等にしようとすると、理想が高ければ高いほど、締め付け圧力も強くなるはずだ。

堕落した人間を内包できない体制は、絶対にもたないだろう。資本主義社会がカルト・ソ連より耐久性が強かったのも、その辺に理由があったのではないか。皆が一様である必要がない社会であることだ。

堕落したけりゃ、そうすればよい。その結果は自分で引き受けよ、ということである。

2010年11月12日 (金)

THE Invisible HEART;恋におちた経済学者

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インビジブルハート―恋におちた経済学者

Russell Roberts:著,日本評論社 (2003/04)

読後感:☆

ワシントンDCにあるエリート高校で経済学を教えるサム・ゴードンは、政府による規制は有害であり、人類は自由な経済市場のもとでこそ繁栄すると信じている。一方、同僚のローラ・シルバーは、ウォールストリートジャーナルよりもワーズワースを好む文学者。政府は、消費者や労働者を市場の暴挙から守るべきだと考えている。この二人をめぐる物語と並行して、政府監視機関のリーダー、エリカ・ボールドウィンの正義の実現に向けた闘いが展開される。この二つのドラマはどう結びついているのか?エリカは、冷酷なCEO、チャールズ・クラウスの不正を暴くことができるのか?辞職に危機に追い込まれたサムに打開策はあるか?ローラはアダム・スミスを崇めるような男を愛せるか?その答えが明らかになるとき、あなたはビジネスや市場がいかにしてわれわれの生活を変えていくのかを学ぶことになるだろう。

経済についての素養のない自分としては、この手の軽い読物を足がかりにして学んでいこうかと思った次第。

資本主義の擁護者サムと、彼を人道的な経済学者にしようと説得する文学者のローラとの対話を通して,理想の経済とは何かを考えさせてくれる本ではある。

Amazonの商品説明で、丸尾 直美という方が述べているとおり、

“しかし、どちらかといえば自由市場論に対する世間の誤解を解き、政府の規制を排し選択の自由と市場による経済秩序のほうが好ましい結果になることを理解させようとする立場の本である。”  のは確かである。

はっきりいって自分の立場から云えば、社会主義的な思考のローラに共感すべきなんだろうけど、どうにも、差別はよくないだの人権だのといった概念を振りかざす連中には、偽善の腐臭が漂っていて好きになれない。

丸尾さんという方はサムの考えを好きではなさそうだが、自分はむしろ、DRYなサムの方に共感した。もちろん、すべてに納得ってわけではないが。

いろいろ魅力的な言葉がでてくるが、お互いの立場を端的に語っていると思うところを。

お互いの違いを確認しあう場面で、

ローラ;「ごめんなさい、回りくどい質問だったわね。私たち二人の違いは、あなたが勝ち組のことを気にするのに、私は負け組のことを気にするってことよ。あなたが望んでいるのは、才能に恵まれた人にその才能を活用するチャンスが与えられること。でも、誰もが才能に恵まれているわけではないわ。私は、負け組にも居場所があるような世界を望んでいるの」

対してサムの考えはこうである。

「ただ僕は、勝ち組・負け組っていう二分法を認めていないだけなんだ。世界は平等な場所ではない。才能に恵まれている人もいれば、そうでない人もいる。もしかしたら僕は、才能に恵まれた人に資本主義が繁栄のチャンスを与えるってことをロマンチックに考えすぎているのかもしれない。でも、才能のある連中だって、あまり才能のない人を犠牲にして成功するわけではない。資本主義は、才能に恵まれた人が、その才能を他の人たちとわかち合うように仕向けるんだ。(p228)

他にも、例えば差別についての考え方なども、常識の範疇で述べていると思う。別段DRYってわけじゃない。差別が存在しているかぎり、それは人間的な社会じゃないという社会主義者の方が、むしろ人間的ではない。

“すべての経営者がリスクを抱えているんだ。差別が必ずしも観察可能な、あるいは測定可能なものとは限らないからね。極端なケースを別にすれば、差別はいつも曖昧だ。つまり僕たちは膨大なリソースを費やして差別する側/される側双方の面を解明し、人間の心の真実を解明しようとしなければならない。人間の心を法廷に引き出すなら、罪人だけを捕まえるわけにはいかなくなる。本質的な罪を禁じる法律を成立させたら、どんな聖人だって落ち着いてはいられない。善良な管理者や経営者も裁判沙汰は避けたいと思うからね。彼らは人を雇うことに非常に慎重になる。女性やマイノリティ、障害者など、保護の対象になっているグループから雇う場合は特にね。なぜなら、そういう人を解雇するコストが以前よりはるかに高くなっているからだ”(p264)

その判断が、差別によるのか否か、測定するものはないのだということ。これこそが、人権擁護法案なる“真っ赤な”法律を絶対に成立させてはならい理由であろう。

ローラが、学校側の判断を人種差別ということにして裁判を起せると説得したのを、サムは拒否する。

そして、サムは“最後の授業”で、こう生徒たちに語る。

「経済学はいつも、無料のランチなど世の中には存在しないということを思い出させてくれる。一つの道を選ぶということは、常に、踏み込まなかった道が残ることを意味する。それは後悔につながるかもしれない。でも、選べるというのはいいことだ。僕は、無料のランチなど存在しない世界に生きていることを喜んでいる。結果もコストもない世界は、有意義な選択のない世界だ。責任の伴わない人生は、大人の生活ではない。それは動物や子供、ロボットの生活だ」(p247)

 

2010年11月11日 (木)

草枕・お伽草子

草枕 (新潮文庫) 草枕 (新潮文庫)

著者:夏目 漱石
販売元:新潮社
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「智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。」という、有名な文句ではじまる小説。

絢爛豊富な語彙と多彩な文章を駆使して絵画的感覚美の世界を描き、

とあるとおり、文章の美しさは相変わらずである。しかし、如何せん、内容が入ってこなくてまいった。

柄谷行人の作品解説を読んで納得。

われわれはたんに『草枕』の多彩に織られた文章のなかを流れて行けばよい。立ちどまって、それらの言葉が指示する物や意味を探すべきではない。漱石は、そのように書かれそのように読まれる作品が“文学”として受けとられないことをよく承知していたのであり、むしろそのような状況において『草枕』を挑発的に書いたといえる。 

お伽草紙 (新潮文庫) お伽草紙 (新潮文庫)

著者:太宰 治
販売元:新潮社
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太宰は、元ネタを自分流に解釈して物語を作りだすのを得意としていたようだ。これは、シナの「聊斎志異」や西鶴に触発されたもの、浦島太郎や瘤取り爺さん、カチカチ山などなどからなる作品集なのだが、よくよく考えると、自分、元ネタも録に知らないのだよね。聊斎志異なんて、いつかは読みたいと思っているけど。知ってるともっと、太宰の想像力の広がりとか見えて、良かっただろうと思う。

ちょっと感銘を受けた件があった。「浦島さん」から。

竜宮には夜も昼も無い。いつも五月の朝の如く爽やかで、樹陰のような緑の光線で一ぱいで、浦島は幾日をここで過したか、見当もつかぬ。その間、浦島は、それこそ無限に許されていた。浦島は、乙姫のお部屋にも、はいった。乙姫は何の嫌悪も示さなかった。ただ、幽かに笑っている。

そうして、浦島は、やがて飽きた。許される事に飽きたのかも知れない。陸上の貧しい生活が恋しくなった。お互い他人の批評を気にして、泣いたり怒ったり、ケチにこそこそ暮している陸上の人たちが、たまらなく可憐で、そうして、何だか美しいもののようにさえ思われて来た。

「無限に許される事に、飽きる」

これはなかなか、深い人生観ではないだろうか。逆立ちして物を見ている(そしてそれを真理と思っている)、腐れ左翼のド畜生どもには分からんだろうが。

2010年11月 8日 (月)

ロシア無頼

「ロシア無頼」 内村 剛介:著,高木書房,1980

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読後感:☆☆

カルト・ソ連が崩壊したことによって、ロシアは変わったのだろうか。

ならず者ッぷりは変わってないように見える。

頭のイカレタ左翼小児病どもは、あのカルト・ソ連を擁護し日本をカルト社会主義に変えようと蠢いていたわけだが、今は病気がシナに変わったようである。

思想が赤だから頭が馬鹿になったのか、馬鹿だから赤になったのか。理解不能な連中である。

著者の内村氏は昭和20年から31年まで、カルト・ソ連に抑留されていた方である。苦渋に満ちた体験をされているだけに、ロシア無頼に対する、子供じみた幻想はもっていない。

トルストイやドストエフースキィといった文豪を生んだ国ということをもって、偉大な精神の国だのいったところでどうにもならん。こういう特殊な、傑出した人物に目を向けるのは善いとしても、それと国家としてのその国の在り様は別である。論より証拠というやつ。

20世紀にこの共産主義というカルト宗教に洗脳された連中によって、どれだけの人が殺戮されたか。国家によって戦争は起ると、年中発狂しているアホ左翼どもはしかし、凶惨主義者が起した犯罪は見えないという、大変都合の良い眼を持っているらしい。

凶惨主義というトチ狂ったカルト宗教は、独善的宗教の例に漏れず教義の純粋性を追求すればするほど、犠牲者を生み出してきた。なにしろ、教義の為に(といっても、党の幹部が権力を持ち続ける為の道具にすぎなかっただろうが)自国民を容赦なく虐殺するのだから、キチガイでなけりゃこんなカルト宗教に洗脳させはせんはずである。

赤だから馬鹿なのか、馬鹿だから赤なのか?

革命政権が虐殺に向かうのはなぜなのか。

(ⅰ)プロレタリアート=民衆による、支配階級の打倒。収奪者から収奪する!(笑)

(ⅱ)が、民衆は経済が満たされると政治に関心を持たなくなっていく。だから目覚めた党(前衛党)が民衆の代役を務めねばならない。結局、権力が発生してしまうことから無縁ではいられないことを、身をもって実験したわけだw

(ⅲ)前衛党をもってしても理想と現実は違うのであり、理屈通りに現実は廻らないという、当たり前のことを身をもってしることになるw しかし、理屈(共産主義)が絶対であるという前提に立つ限り、現実がそれにそぐわないことを認めるわけにはいかないのである。となると、革命が徹底されていない!という、半狂乱状態になるw

(ⅳ)上手くいかない理由を、反共分子のせいということにして、粛清を始める。革命が完成すれば、理屈通りの社会ができるといういうわけだ。かくして、永久革命という名の無間地獄に到るw

著者は暴力によって成り上がった連中には、所詮、権力の正統性がなかなか確立しないのだという見方を示している。

だからこの政権は、いつ倒されるかと疑心暗鬼なのである。当然そこにあるのは、不信の哲学だし、恐怖の哲学でもある。すなわち自分に正統性がないことから起る恐怖ゆえに自国民を怖れ、この怖れを脅かしに換えていくということである。

正統性のないところにはむろんモラルがない。で、自分にモラルがない者が立って歩こうとすれば、その敵手にモラルがあってはまずいのである。さいわいマルクス主義はモラルを軽蔑する教義だ。そこでこのマルクス主義を用いて相手のモラルをまず徹底的に打ち砕けばよい。というのは、モラルを失った人間は、「恐怖か利得か」、この二つのうちの一つでコントロールできるからである。(p203,第三章 支配の膨張)

これ、シナにもキタチョーにも当てはまると思うが。

それにしても、プロレタリア独裁だのなんだのと、実際にやってみなけりゃ分からんのかねw     

否、失敗してもまだ、それを認めてない阿呆どもがいるようだから手に負えんね。

赤だから馬鹿なのか、馬鹿だから赤なのか。

2010年11月 7日 (日)

ふかわ(ロケットマン)氏も地球屍民でしたか(失笑)

相変わらずJ-WAVE赤いなオイ!(爆)

今、ロケットマン・ショー聞いてて笑わせてもらったよ。

よせばいいのに尖閣事件のVが流出した件について、語ってしまったようだな。

やっぱりあれですかね、愛国心を吐露すると仕事失うんすかね、ゲイノー人ってw

云うことが奮ってますぜダンナ。そもそも日本人と中国人の感覚とか、価値観が違ってるんだから、向こうとしてはぶつかったつもりじゃない?、ちょっと当てただけと思ってるかも?、いや、こんなことなら音源取っとけばよかったわw 

そもそも領海侵犯なんすけどw JAPANの領土を盗る気満々なんすけど、あの方たち(爆)

ふかわりょう氏、素晴らしい人道主義ですなw 領海侵犯され、主権侵害されてる側の日本が、シナ人の価値観と感覚を理解しなけりゃならんと仰るw

ご親切にも、最近の愛国心の盛り上がりに懸念を示してらっしゃるw

いや、素晴らしいですね。なにやら海の向こうのゲーノー人(はりうっどすた~)なんぞは、政治に一過言持ってないと軽く見られると思ってるのか、赤くなってしまった残念な方々も多いようでw

ロケットマン氏の作った音楽は好きですが、子供っぽい平和主義を披露するのは止めたがよろしw

2010年11月 4日 (木)

盗人国家・ロシア無頼に感謝されるプロ屍民政権~領空侵犯増えまくり(爆)

尖閣事件のどさくさに紛れて、北方領土に上陸するという示威行為にでたロシア無頼。

カルト・ソ連時代、敗戦のどさくさに紛れて日本領土に上陸し、いまだに実行支配を続けているロシア無頼。

そのロシア無頼に感謝されるということこれ自体に、現プロ屍民政権が国民にとっていかなる存在であるかが示されているといえよう。

腐れマスゴミ・TVはくだらねえワイドショー垂れ流してネえで、ならず者国家による領空侵犯や領海侵犯を、そのつど報道しやがれ。

大使を呼び戻すという、“対抗しているフリ”だけ見せたが、我が国で開催のAPEC首脳会議にロシア無頼を招待するときた!(爆)

首脳会議があるにもかかわらず、その招待国の領土に上陸するという示威行為にでたこと自体、いかに日本を舐めきっているかが分かろうというものだ。

その露助を予定通り招待するときた!(爆)

プロ屍民どもが政権盗ると、こうなるってことだな。

欲望国家中国の没落

宿命…。欲望国家中国の没落 宿命…。欲望国家中国の没落

著者:大竹 愼一,入倉 敬太
販売元:ビジネス社
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読後感:☆☆

これは大竹愼一入倉敬太の対談形式をとった共著である。本書は三つの歴史的観点から説かれている。序章より抜粋。

(ⅰ)工業化について。“シナにおける工業化を、即近代化として見るのは間違いである。”

・かつて中国は、戦国から秦漢代にかけて、鉄器文明による工業化が著しく進んだ時代があった。しかし、この時の工業化は、漢代以降のアジア的停滞に結果してしまった。農林業の発展を軽視して、森の乱伐をやってのけたからである。おそらく、現代中国の工業化は、このときと似たような展開を歩もうとしている。(p1~2)

(ⅱ)シナの帝国主義について。“とどまることを知らない拡張主義。”

・中国史を繙くに、現代中共帝国初代皇帝の毛沢東を隋・文帝、明・洪武帝に、第二代皇帝の鄧小平を隋・煬帝、明・永楽帝に置き換えると理解しやすい。現代の工業化を進めてゆけば、石油の確保のため中東へ軍事進出という帝国主義の道を歩まないかぎり、アジア的停滞へ落ち込むことは避けられない。(p2,)

(ⅲ)経済開放化のもたらしたもの。“シナ人が欲望を追求するとき”

・まさに、最近の経済先進圏での万元戸の様は、西門慶の復活を思わせるものがある。

一方で、貧窮に喘ぐ農民は暴動へと流れ、しだいに『水滸伝』の世界も顕れてきた。また、そのような農民反乱を宗教的結社としてまとめ上げる法輪功も登場してきた。王朝末期的な様相も呈してきたといえなくもない。

いずれにせよ、中国大衆の心情としては『金瓶梅』と『水滸伝』の間を揺れ動くというものがあり、それは現代でもまったく変わっていないのだ。(p2~3)

結論から言うならば、経済成長とともに、シナも普通の自由主義国となる見方はnaiveであり、シナに対してそのnaiveな感覚で付合うのは、愚かであるということである。

本書は、シナと商売をやっていこうという向きには、特に有益と思われる。

自分などは、なるべくならシナ人とは拘わらずに生きたいと思っているが、マスゴミや企業の経営者なんぞは、シナ抜きの日本経済は考えられないとでもいう論調である。はたしてそうなのか?

安い人件費が魅力なら、すでにシナはその魅力を失っているといわれる。インドのような民主主義の国に移る傾向は、今後増えていくだろう。

国家としても、存在しない領土問題をあえて起してくるような、やくざな連中に依存しない方が善い。

あえて問題を起すといえば、大竹氏はこんなことも云っている。

大竹―かつて日本に中国からボートピープルが押し寄せてきたことがあった。そのときは日本政府が中国政府に抗議して、取り締まりを強く要請し、事無きを得た。

私は、あれは中国政府による茶番ではないかと思っている。おそらくあのボートピープルは、中国政府が意図的に送り出したものではなかったか。まずは、日本政府がどう反応を示すか、得意の観測気球を飛ばしたのではないかと。(p65,「第三章 過剰人口のゆくえ」より) 

観測気球を飛ばすとは笑っちまうが、恐らくはシナに限らず、他国がどこまで我慢するか試すということは、どの国もやっているに違いない。

普通の、生存本能を持った国であるなら、たかが無人島のことで緊張関係をもたらすべきではないなどと、左巻きなことは云わんものである。それほど、この度の尖閣問題(領海侵犯)の日本政府の対応は酷かった。

政府は所詮、左巻きのプロ市民政権に過ぎないから、投票したやつらがアホだとしか云いようがない。次の選挙では確実にこのゴミカスどもを叩き落さねばならん。

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