« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

2010年12月31日 (金)

蠢く!文化大恩の国(失笑)「対日特務工作」

蠢く!中国「対日特務工作」(秘)ファイル

 

蠢く!中国「対日特務工作」(秘)ファイル

販売元:楽天ブックス
楽天市場で詳細を確認する

読後感:☆

《世界一のスパイ大国・中国と、世界一のスパイ天国・日本の知られざる暗闘。田中角栄、トヨタ、自衛隊、創価学会ほか「日本の中枢」を狙った中国のスパイ活動を暴き中国の裏面を抉ったオンリーワン書籍。》

【目次】


第1章 産業から軍事まで貪欲に情報を狙う数万人規模の工作員

第2章 中国特務工作6大機関の任務、特色、人脈を全比較

第3章 田中角栄から創価学会まで標的にした対日政界工作

第4章 「安倍訪中」の裏にファーストレディを篭絡した「タレント外交」あり

第5章 外務省「チャイナスクール」はいかにして「獅子身中の虫」と化したのか

第6章 防衛省・自衛隊に忍び寄る軍事スパイの魔の手

第7章 グローバル企業や大学から最先端技術が中国の手に渡る

第8章 中国本土で日本人を待ち受ける「女、金、脅し」の“三種の神器”

第9章 共産党批判を握り潰せ!メディアと反体制組織への特務工作

第10章 史上最大の対日工作「天皇訪中」に秘められた中国の野望

まあ、予想通りというかそれ以上というか。比類なきゴロツキっぷりを世界中で発揮しているシナであるが、間諜をしょっ引く法律がないアフォな国Japanにおいては、好きにしてください状態だ。

取り締まる法律もないくせにどんどん国籍を取りやすくし、挙句は移民1000万人構想だ?

正気か。

反日教育が国策のような、不逞な国の者であろうとお構いなしですかい。

著者が何者なのか不明であるが、あとがきを読むとシナ大使館側は「SAPIO」連載中に抗議声明を出したという。正体を明かせないのも身の危険があるためだろう。

ここに書かれていることのどこまでが真実かは分からないが、中共が対外工作を仕掛けているのは明らかである。およそまともな生存本能を持つ国家ならば、持てる国力を対外工作に使うのは自然なことであろうが、シナはそのやり口がヤクザと変わらん(それ以上か)ので日本としては“日中友好の金の橋”などと眠たいことを云っていられる情況ではないのである。

 

政界から財界、宗教界にマスコミと、シナは持てる国力を総動員して工作を仕掛けてきている。本書が連載されていた当時、民間企業や防衛庁から内部資料の流出等が起きていた。今でもその動きは続いているはずだ。日本の公安もかなり頑張ってはいるようなのだが、いくら相手の動きをつきとめてもそれを取り締まる法がないから、手を出せないということなのだ。

間諜防止法に反対している国賊どもを粉砕しなければならないのは、国防上明白である。

それにしても、シナ人の云う“井戸を掘った人”というヨイショがいかなるものであるか、本書でもそれが分かる。

中国が日中関係に尽力した日本の政治家を「井戸を掘った人」などと後々まで持ち上げてきたことはよく知られている。だが、そこにさまざまな罠が仕掛けられてきたことも事実だ。下へも置かぬ歓迎・歓待の陰でどのような情報工作がめぐらされてきたのか?日中国交正常化を成し遂げた田中角栄・元首相(故人)や、日本で最も親中的な団体といわれる創価学会・公明党などに対する対日工作について調べた。 (p58, 第3章 田中角栄から創価学会まで標的にした対日政界工作

人・物・金・名誉などあらゆる手を使って人を籠絡するのは、シナ人最大の才能といっていいだろう。真っ向からぶつかり合うなら特に恐れるに足らん。恐いのは暴徒と化したシナ人の凶悪さだ。そして人海戦術を効果的に多方面で投入してくることだ。

学会に関わることとして、面白いことに「潮」の編集幹部(誰かは不明だが)がこう云ったという。

「我々の中国に対する選択肢は驚くほど少ない」

「潮」の編集幹部はこう述べて、反中的な記事はもちろん、中国に少しでも不快感を与えるような記事はほとんど書けないことを明らかにしている。(p71,同)

さもありなん。

 「池田の号令一下、日中友好や中国に迎合する発言や記事があふれればあふれるほど、2000万人学会員の中国感は画一的になる。中国に関して、日本の世論形成に大きな影響力を与えることになる」

 公安関係者はこう述べて、強い警戒感をあらわにする。(p72,同)

 

学会員の実数がどのくらいかオレにも分からないが、会館に集う人の中に、若者の姿は少なくなってきてはいる。いい加減、幻想から目覚めたのだろう。

だいたい、日共とは対立しているように見せていながら、その親玉の中共と友好ってのが理解できん。謗法厳戒じゃないのか?宗教否定の国ですが何か?

その点でいくと、バチカンはまだ態度が一貫しているな。絶対反共という声明を明確にしている。中共はそれでも、キリスト教を認めていると言い張っているから凄いな。

聖書を認めない耶蘇教って有りなのか?

池田名誉会長が中共に弱みを握られているのかどうかは知らんが、どういう長期的展望を持って親中路線を行っているのか、オレには分からん。境涯の違いと云われりゃそれまでだが。

地球市民的発想からすれば、皆が信心するようになればそれで善いってことなのかもしれないが、一足飛びに国境なき世界になるわけでもないだろう。そのような世界が来るとは思えないし、それが平和的状態であるとも思えないが、問題なのはその過渡期に於いてシナをこのままほっとくと、シナの覇権に日本も飲み込まれるだろうということだ。

飲み込まれたときには、信教の自由なき状態に甘んじるのかいな?

“そこに人間がいるから”とかいう甘い平和主義を掲げるのも結構ですが、どういう人間がいるのかを考えた方が良いと思いますがね。でないと、いずれ“友愛(ポア)”されちゃいますぜw

大晦日2010 

Cahy3ryk

14時36分終了。

4年目もどうにか間に合った。

しかし年々時の流れが速く感じるようになるな。

正月休みもなく明日から普段通り仕事なんで、これから健康ランドに行ってゆったり年越しするわ。

別段おセンチになる要素もないはずなのだが、bay FM聞いていたら、“はるはらゆき”さんが本日で番組降板するというので、なんだか寂しい気分になってきた。

小惑星探査機・はやぶさへの想いなどを熱く語る、宇宙好きなところが共感もてる人だったので、残念。

でも、出産というめでたい理由ですから感傷的になる必要もないか。

元気なお子様が生まれますように。

そして、来年こそは腐れミンスが崩壊するように。

反日・売国奴どもが完膚なきまでに叩きのめされるように。

皇国弥栄!

百万遍まであと六マス

Caz6ppvi_2

今年もぎりぎりだった。毎年のことながら、毎日欠かさず唱題するっつう目標はなんだかんだと理由つけて達成できないわけで。

さて、今年は転職するっつう目標はどうにかなったな。即行1月中に退職したからなぁ。次の職も決まってねえのにw

しかしまぁ、相変わらずの底辺で蠢く人生だが、一応前職よりは給料良いから良しとしよう。

オレは足ることを知る人間であるw

来年はどういう年にするかねぇ。

自身の望みってのは別段ないわ。足ることを知る人間なんでw とりあえず失業の憂き目に遭わねえですむなら好し。

それよりも政治が更に酷い状態になりそうで恐いんだが。

凶惨主義者どもが地上から根絶やしにならねえもんかなぁ。

2010年12月29日 (水)

中央宣伝部を討伐せよ

中央宣伝部を討伐せよ 中央宣伝部を討伐せよ

販売元:楽天ブックス
楽天市場で詳細を確認する

読後感:☆

◆当局が震撼した爆弾的評論!党中央政治局のもと、80年にわたって言論・報道統制の総本山として君臨してきた中央宣伝部を正面切って攻撃。ネット上に流れるや内外に一大センセーションを巻き起こし、当局によって掲載サイトを封鎖された論文「中央宣伝部を討伐せよ」をはじめ、国内では発表できなかった評論12篇を収載。宣伝部の具体的な活動内容を初めて明かし、ますます陰湿かつ巧妙になる言論統制の実態、さらには腐敗・堕落が進むジャーナリズムの現状を鋭く批判した衝撃の書。

【目次】
1 改革・発展のボトルネック(中央宣伝部を討伐せよ/地下工作の遺風から脱け出よ)/2 真実を伝えないメディア(イラク戦争報道の成功と失敗/「内と外を区別する原則」と国際報道(国のイメージアップはメディアの任務ではない) ほか)/3 ジャーナリストの主体性を問う(記者は問題意識を持つべきである/記者に主体性はあるのか ほか)/4 隠蔽とプロパガンダ(SARS隠し―蒋彦永先生と『タイム』誌を表彰せよ/「嘘も千回繰り返せば真理になる」 ほか)

“嘘も千回繰り返せば真理になる”を実際にやってのけるシナ人を当のシナ人自体が批判しているという、興味深い本である。

欲を云えば、中央宣伝部という組織とその他の国家機関との関連等も詳しく知りたかった。そこまで踏み込めないほど、壁が厚いというこのなのか。

“中宣部とは憲法の殺し屋である”

と、端的に云えばそいうことなのだろう。著者曰く、

言論・出版の自由は中華人民共和国憲法が保障した権利である。道理にしたがって言えば、中宣部が中華人民共和国の宣伝部である以上、言論・出版の自由の守り手であるべきだ。だが、実際には憲法が保障した公民の言論の自由と権利の最大の侵害者であり、言論・出版人をいじめる精神的殺し屋である。(p36,1 改革・発展のボトルネック)

なるほどと云いたいところであるが、しかしシナは、中共というヤクザ者たちの“私物”であり、 「みかじめ料」を取られて“保護されている”ただの縄張りみたいな物であるとしか見えないわけで(人民解放軍は中共の物だ)、その中共からすれば憲法なんぞは単なる文明国という体裁を保つため(面子!)の、飾りに過ぎないってことだろう。

で、この体質が中共特有のものではないってことが分かってきたのである。同じ事を繰り返しているだけだ。まともな権力者っていたのか、シナよ?

これを読んでも思うことだが、シナ人てのは上も下も目くそ鼻くその類じゃねえのかってことである。今の王朝(中共)のみならず、まともな権力によって統治された経験がシナ人にはないからなのか、上も下も皆自分とその家族のことしか眼中にないのだ。

媒体による報道規制が仮になくなったとして、この国がまともになるのかと云われれば、甚だ疑問を感じる。

まさに、ラルフ・タウンゼントの本にもあるとおりのシナ人像を、この焦国標氏も指摘するのである。即ち、“恨みを忘れず、恩に感謝しない”というシナ人の特筆すべき(笑)傾向である。

シナでの布教に望んだ宣教師たちの苦悩はタウンゼントの著作に詳しいが、いまだにシナでは、この宣教師たちを描いた映画やTVドラマを製作することができないと焦氏は云う。宣教師は文化的侵略者であり、植民地主義者かその共犯者と見られているのだ。

日本でもキリシタンへの弾圧はあった。やはり白人が海の向こうでやっていることに対する不信感はあったのだろう。その点では、同じ反応を見せていることになるのかもしれない。

しかしシナには、それに加えて中華思想という肥大した悪しき自尊心が、他国との付き合いを歪にする要因になっているのではないか。

それにしても、著者は今でも当局の監視下にあるのだろうか。現在どのような言論活動をしているのか、追ってみたい人物ではある。

2010年12月28日 (火)

嗚呼!!吉瀬美智子(女神)が結婚!年商20億円45歳実業家と

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああ!!!!!!!!!・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆_ノフ○ グッタリ

ついについについにこの女神が。。。

嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

>理想のタイプを「器の大きい人」と明かしていた。

あらゆる面でオレは対象外でつねwww ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ピクピク

オウムと全共闘

 オウムと全共闘

オウムと全共闘
販売元:セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)
セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)で詳細を確認する

読後感:☆☆

なぜオウム真理教事件はこれほど人々の関心を引きつけたのか—。著者は、戦後25年目に起こった全共闘運動を自らの体験を踏まえて内省しつつ、戦後50年目に起こったオウム事件の必然性を鮮やかに読みといてゆく。また、左翼崩壊以降の知識人がオウムのような新々宗教にたいしてどのような態度をとってきたか、いま「信じる」とはどういう意味をもつのかという問題にも光を当て、現代日本社会が抱える深い空洞をあぶりだしてゆく、エキサイティングな書。

目次

1章 オウムという断層
2章 全共闘運動とは何だったのか
3章 全共闘批判からオウムへ
4章 オウムと知識人—吉本隆明ほか
5章 オウムと知識人—宗教学者たち
6章 いま「信じる」とは何か
7章 文化と思想のハルマゲドン

オウムなんたらが阿呆な犯行に及んだ時、その構成員がいわゆる高学歴であることに唖然とした人も多いのではないだろうか。著者は全共闘世代としての自身の体験とも照らし、「左翼革命」に被れた、当時の学生たちとオウムの青年たちに共通の傾向を、本書で論じている。

この場合「知的に優秀であること」は、その抑制条件になるどころか、むしろ促進条件になると考えたほうがいい。なぜならば、知的に卓越している人間は、実存的に孤独な条件下におかれていることが多く、現実から遊離した虚空の方向に自分の生を決定づけて行きやすい傾向をもつからである。

かれらは、世俗の感覚世界に制約されない「理念」「原理」「観念」を求めようとする。可視的なものに着地せず、上昇とひろがりの可能性を予感させる雰囲気をもつものに強く引きつけられるのである。(p13,1章 オウムという断層)

 

国境なき世界だの階級なき社会だのを夢見ているような人たちは、この連中を笑えない気がするね。実はかつての自分もその傾向があったから、読んでいて腑に落ちること多しであった。

理論と実際の違いを受け入れられるようになるには、それなりに時間がかかるのだろう。全共闘世代で、マルクス教にどっぷり浸かっていたような人たちは、恐らくまだ洗脳が解けていないだろうと思う。カルト・ソ連が崩壊しても、あれは共産主義ではなかったというキチガイもいるくらいだ。

本書では、かつての全共闘世代がこの資本主義社会で管理職に就くなどして適応してしまっていながらも、いまだに未練がましく凶惨革命を明らめ切れていないことを批判している。

この世代の、革命幻想にどっぷり浸かっていた人には、あるいはオウムという現象も違って見えているのかもしれない。

オウム事件当時の知識人らの発言に対しても批判しているが、吉本隆明に対する批判が特に興味深い。オレも、吉本の浅原某に対する“理解”に、理解しがたいものを感じていたためである。

吉本隆明は、信じたくないのだが、浅原某を“思想家”として評価しているようなのだ。オレは浅原某の著書など読んだことはないし、読もうという気もおきないのだが、吉本はそれを読んでどうやら浅原某が、本統に修行を積んで体験したことを書いていると認めたようなのである。

申し訳ないんだが、何をもって「これは体験した者でなければ言えないことだ」などと云えるのか、まったく理解できない。吉本というと、思想家“らしく”理屈をこねくり回して現象を解釈する人だが、何故浅原のような輩を“相当な思想家”などと思えるのか。

たとえば浅原が、チベットなりインドなりのヨガ行者や密教の行者の本などを読んでいた可能性だって、有り得るとは思わないのだろうか。何故、本人(浅原)が修行によって掴んだものだなどと、あっさり信じるのかが理解できないのだ。ここで疑ってかからない吉本の、思想家としての態度に不信を持ってしまう。

著者が指摘しているように、吉本隆明の文章には、どこかに思想のラディカリズムへの無原則といってもいい心情的傾斜が感じられる。(p93,4章 オウムと知識人—吉本隆明ほか) のである。

親鸞の「悪人正機説」への理解といい、こちらの常識を覆してくれる知的興奮を与えてくれる思想家ではあるが、オウムへの共感ともとれる吉本の“理屈”にはどうにも納得いかないのだ。

井尻千男氏が云っているように、「オウム真理教が民族を超えて、普遍宗教たらんとすることと、同胞を無差別に殺したことをどういう脈絡で語るべきか。私はそこにこの教団の愛の欠落を見る。同胞を愛せないものに、どうして人間を愛せようか、という一言に収斂することだ。(p73,共同体を保守再生せよ

と、このように単純に考えられない知識人(特に左翼)が不思議でならないのだ。

井尻氏はさらに、“なんという美意識の欠如した集団”かと呆れている。あのヘッドギアを着けた姿といい、単なる工場かプレハブ小屋のようにしか見えない“サティアン”なる建物といい、浅原自体のあのきたねえ面といい、あれらのどこに高貴な思想性を見るというのだろうか。

2010年12月26日 (日)

ビンラディンのアメリカ核攻撃指令

 

898_3

ポール・L.ウイリアムズ/ビンラディンのアメリカ核攻撃指令

販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

読後感:☆

ビンラディンの野望それは…アメリカ人400万人殺戮!アルカイダはすでに20個の“スーツケース核爆弾”を保有している。「9/11」を超える惨劇が目前にせまる!米英・イスラエル・パキスタンの極秘資料が明かす衝撃のレポート。

しかしビンラディンって、本統にイスラム教を信じているんだろうか。だとしたら何がそこまで熱烈に信仰させるのか。それが宗教といえばそれまでだが、戒律で自分も同胞も雁字搦めにして幸福感ってものがあるんだろうか。不思議でならない。

加藤諦三氏の分析では、彼は大人になれなかった男ってところらしい。激烈な反米感情の裏には、米国への憧れがあるのだと見ているのだ。

実はオレもそう思うんだよな。どう考えても彼らの生活じゃ、人生楽しいことないだろ。信仰は現実を客観的に評価できない人間の逃げじゃなかろうかと思えてならないのだが、どうだろうか。

そんなビンラディンがテロルの資金をどうやって工面しているのかというと、麻薬だそうだ。買い手にはもちろん、米国人もいるわけである。

常習者はこれがジハード〔聖戦〕や、テロリストが次回アメリカを攻撃するための資金になっていることには関心がない。わたしはこのことを学生に話した。すると、彼は肩をすくめた。「それがどうなんだい? ケ・セラ・セラ、さ」

「ビンちゃん」は、ビンラディンが所有する巨万の富に隠れた秘密の部分である。彼の巨額の財産は、父親の大建設会社の遺産でもなければサウジアラビアの大金持ちの贈与でもない。それは船会社、製造工場、アラビアの石油企業への投資によるものであるが、それ以上に、アフガニスタンでパキスタンの非正規軍団「タリバン」と同盟を結んだことから発生している。(p28,第一部 アラーが命じた復讐,“第一章 「一石三鳥」の麻薬ビジネス”)

 

ビンちゃん(ビンニー)とは、その名も「ビンラディン」という“ヘロイン”のことらしい。これを何万人という売人が、ロック・コンサートの会場なり大学のキャンパスなり路上なりで売っているのだという。中毒になっちまえばテロルの脅威もどうでもいいってわけか。

それにしてもイスラム教というのは、本統に目的の為には手段を選ばないという激烈な信仰なのだろうか。それとも、信仰が利用されているだけなのか。

この宗教のこともよく知っておく必要がある。

本書でその凄まじさの一端を知ることができた。

パシュトゥン人の女性がシニワリ人のいとこと山陰でキスしているところを見られた。すると、この出来事を聞いた娘の父親は、二人を捕まえて一本の木に縛りつけ、七五発の弾丸を撃ち込んだ。(p150,第二部 アルカイダは死なず,“第七章 イスラム過激派同盟の誕生”)

っぱねぇなおい!w

親愛なる腐れ左翼の蛆虫どもよw 諸君らはやけにパレスチナだのムスリムだのに“同情”を見せているようだが、彼らは不信心な者や異教徒を許しちゃおかねえって云ってるけど、覚悟はできてんのか?w 

彼らがしかるべき“力”を持てば、マジでやられるかもしれんぞw

資本主義を呪うのは勝手だが、半端な気持ちで肩入れするのはやめておいた方がいいんじゃねぇか? 

それで、こんなマジぱねぇビンラディンと愉快な仲間たちは核爆弾にも手を出してしまっている。協力してあげているのは、もちろんロシア無頼、文化大恩の国(失笑)@シナ&北チョー、それにパキスターン!

一九九八年にパキスタンは、バルチスタン砂漠の焼けつくような丘陵の地下で五発の原子爆弾の実験に成功し、正式にアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、インド、イスラエルと並んでエリートたちの「核クラブ」に加入した。世界の軍事専門家は、大都市の衛生設備さえ満足に整えられない第三世界の国がこのような技術を示したことに心底からショックを受けた。この目を見張るばかりの技術的成果は主として個人の力によって達成されたものだった。それは、パキスタンの科学者でイスラム過激派のアブドゥル・カディル・カーン博士である。(p186,同)

この科学者、オランダからウラン濃縮の設計書をぱくって、さらにシナの協力の下、原子爆弾の開発をしたのだそうだ。文化大恩の国(失笑)はいったい、何を企んでるのかねえw とりあえず米国を弱らせるのに都合が良いから援助してんのか。

もう一つの文化大恩の国(失笑)も負けてないww

カルト・北チョーである!(爆)

「イスラム爆弾」が正体を見せる数年前に、カーン博士はパキスタンの元首相べナジル・ブットの要請で北朝鮮当局と交渉して、パキスタン政府のために一二基から一四基のノドン弾道ミサイルを購入する取り決めをした。のちにガウリに改造・生産される、この有効射程距離1000キロ、核弾頭搭載可能のミサイルの見返りとしてカーン博士は、オランダのガス遠心分離機によるウラン濃縮の青写真を提供した。この取引によって北朝鮮は、ブッシュ大統領の悪名高い「悪の枢軸」に名指しされ、最も恐るべき国に躍り出た。(p188,同)

核保有国の脅威を論じるのもいいが、これらの国が国家として核をぶっ放すことは恐らくはないだろう。恐ろしいのはテロリストの手に渡ることだ。

ビンラディンらテロリストは、核弾頭をぶっ放すというド派手な真似ではなく、スーツケース核爆弾で自爆ですよ自爆! 

どうも本気だねこの連中は。米国によるムスリムの被害者と同数の米国人をぶっ殺すと宣言してんだからマジぱねぇよ。

一応、アメリカをやっつけるってことが第一にきてはいるが、最終的にはイスラムによる支配体制を布きたいわけだろうな。

ところで本書には、プロローグと付録でビンラディンによる米国へのメッセージが書いてあるが、そこにこんな件がある。

あなた方ががしたことで人類の歴史に例を見ないものは、他のどの国よりも多く、人類を軍事力で破壊したことである。それも原則や価値を守るためでなく、一途に自国の権益と利益を確保するためだった。あなた方は、日本に原子爆弾を投下した。そのとき日本は戦争終結のために交渉する用意があった!おお、自由の唱道者よ、あなた方は幾度となく抑圧、専制、不正義をかさねたことか。(p15,プロローグ オサマ・ビンラディン「アメリカへの書簡」)

良くも悪くも、過ぎ去った事は水に流してしまう日本人には、米国人の頭上で核爆弾を炸裂させようなどという気持ちはないだろう。 そこが目には目を、歯には歯をの彼らには理解できないところなのだろうが。

オサマの云っていることも分からないではない。しかしだ、日本人が彼らと同じ生活に馴染めるか? 彼らの原理主義に付き合えるのか? 無理だろう。

反米という思想も有りかもしれないが、米国が潰れたとして、その権力の空白をどの勢力が埋めるのかってことも考えておいた方が良くないか。

2010年12月25日 (土)

トヨタ車所有者の訴え、不具合なくても却下せず 米裁判

トヨタ側は「リコールで車の価値が落ちた」との原告側の訴えを門前払いするよう求めたが、セルナ裁判官はこれを退ける決定を出した。

さすが訴訟大国だなおいww

頭大丈夫かい?アメちゃんよww どっかの国とイイ勝負だなおいwww

いき過ぎた消費者保護の国であることは、高山 正之の(『世界は腹黒い』,高木書房,‘05)で読んでしってはいた。

彼の国にはPL法というものがあるが(アメキチを法律先進国とか抜かすアホタレがいるw)、これは高山氏の本によると、次のような規定があるという。

“不相当に危険な欠陥状態にある製品を売った者はそれによって生ずる有形の損害の責任を負う”(A項)

“重要な事実についてうその表示をしたり表示しなかった場合も責任が生じる”(B項)

これの被害にあった例として、

例えばジョージア州でカローラがトラックに追突した。明らかな前方不注意だったが、運転手はフロアカーペットがアクセルペダルの下にはさまって減速できなった、これはPL法A項にいう不相当に危険な欠陥だと主張した。(p276,PL法発展史)

で、これが通用するんだとよこのトチ狂った国はwww

さらに、

雨の日、女性が駅で滑って転んでけがをした。滑りやすいのに「危ないですよ」という表示がなかった。これはPL法B項の思想に反すると、鉄道を訴えた。

これも有形的損害があり、表示がなかったのだから落ち度があったんだろうと拡大解釈された。米国で雨が降ると、すぐどこにでも「注意。すべります」の黄色い表示板が出るのはこのためだ。(同)

過保護すぎねえかアメちゃんよw こんな社会でよく経済活動が成り立つものだな。ひょっとして、格差が酷すぎるからその差を埋め合わせるために、弱者救済という思想で、訴訟大国になってしまったのか?

それでこの進んだ法律を他所の国にも布教しようってわけか? 厚かましいっつうのw

不思議なのはこれほど過保護なくせに、観光地などでは景観を重視して、柵を立てるとかの安全を図るというまねはしないらしいじゃないかいw

蒟蒻畑なんて米国で販売したら、訴訟成金が大量発生するんじゃねえのw

 

http://www.asahi.com/business/update/1120/TKY201011200292.html?ref=reca

2010年12月21日 (火)

キチガイのキチガイによるキチガイのための宗教「マルクス教」

“宗教は阿片”と云ったこの野朗の思想こそ、むしろ強烈な麻薬であったことはこいつの信者どものやってきたことを見れば分かろうというもの。

この腐れカルトどもは何かというと詭弁を弄する。この滓どもの政治闘争の道具が、人権・反戦・反核・環境保護等々、一見、弱者の立場に立っているように見せてはいるが、どんな連中が裏に居るか解ったものではない。とくに環境保護運動なんぞは、運動資金をどこからどうやって集めてんだか怪しいものである。

こいつらは、やたらと権利や保護を要求するくせに、保護者である国家に対する敬意がまったくない。

 

http://www.epochtimes.jp/jp/2010/12/html/d17137.html

カール・マルクス、悪魔への道(下) - (大紀元) via kwout

シナが本物の共産主義かどうかという理屈はどうでもよい。 それよりも、真の凶惨主義者どもが世界を統治すると、世界はシナ化するのではないかという危惧を、オレは持ってしまうのだ。

“共産主義者は道徳を唱えない”となれば、道徳と無縁、遵法精神とも無縁のシナ人そのものではないか。

資本家による搾取だ? 阿呆か。 キチガイ凶惨主義者どもの独裁体制になったら、そんなもんじゃ収まらねえだろ。

真理や絶対を振りかざす奴らがもたらす惨劇がどれほど凄まじいか。

階級も無い、失業も無い、差別も無い、国境も無い理想世界の実現は可能か?それが体制の変革だけでなされると本気で思ってんのか腐れ左翼どもは。

どんだけ人間という生き物を理想化してやがるんだ? 

人間はときに利他的行動を取ることもあるが、基本的には利己的動物である。そういう人間観に立って、なおかつ経済や社会が円滑に運用できるシステムを考案したのが議会制民主主義や、市場経済あり、それが体制として共産主義よりも長続きしている理由である。(p115,第六章 観念的平和論の末路;「悪魔祓い」の戦後史

 

2010年12月20日 (月)

狙われる仙台の夜中国人犯罪集団「交通網充実」逆手に中国の免許でも運転OKに北海道観光インバウンド特区

チャンコロは無駄に多すぎる。

違法だが犯罪ではないと抜かす。阿呆か?

チャンコロは無駄に多すぎる。

遵法精神のない畜生どもがゴキブリの如く異常繁殖しつづけている。

この畜生を日本人が養わなければならないいわれはない。

2010年12月19日 (日)

アデルパリより愛をこめて

また可愛い女優発見! 今度はおフランスざ~ますw

ルイーズ・ブルゴワンですとな! このお姉さま、いかにもな獣臭い外人女子とは違って、ちょいとほんわかした雰囲気を漂わしており、なかなか気になる女優ですなぁ。

面白さはっつうと、そこそこ頑張ったねえってところか。なにしろ監督はリュック・ベッソンですからねえ。

米国の真似は絶対したくねえっていう、やたらと気位の高いおフランスざますから、これくらいの娯楽性でもそうとう頑張った感はありますな。

チラシには、『女性版インディ・ジョーンズ』!とありますが、そこまではいってないと思う。たしかにエジプトには行ったけどね。

この主人公のアデルってのは、仮死状態の妹を救いたいわけだ。頭に矢みたいなもんが刺さってまして、抜いたら死ぬって云われたらしいのですわ。で、医者じゃどうにもならねえってんで、「復活の秘薬」なんてもんを本気で探しだすわけだ。

大冒険って程ではないにしても、女優の可愛さもあって結構楽しめた。ただ、後半のファラオとその一味を復活させた場面で、意識を失ってた(寝た)けど。

しかし、いつもながら思うのは、おフランス語の鼻から抜けるような音には馴染めないわw

なにやら世界一美しい言語とか自称しているらしいが、オレの耳には馴染まないな。

それと、務所にぶち込まれた博士(だったと思う)をアデルが娑婆に出そうとするんだけど、しつこいw  何度も変装しては追い出されってことを繰り返す場面。おフランス流なのか、しつこいw そこはもっと短くていいだろうと思った。

お次は米国産の、頭使う必要なし!兎に角面白ければよし!分かりやすいってことこそ正義!、と云わんばかりの完全娯楽作。

ちょ~気持ちいw 映画はこうでなくっちゃぁなと思うわw

ジョン・トラボルタがごッついw プロレスラーかってくらいにw

前からこんなにごつかったのか?、と笑えた。 頭剃ったからよけいに強面に見えたのか。

舞台はもちろんパリ。麻薬の売人ども!シナ人!こいつらは世界中どこでも碌な事しやがらねえw 問答無用でぶっ殺すw こうでなくっちゃいかんぜよwww

そんでイスラム原理主義のテロリストか、こいつらもやっかいで自爆も平気でやってくれる。こいつらもぶっ殺すw たまらんぜよwwwww

分かり易い!兎に角分かり易い。分かり易すぎて、前半で相棒の女房がやばいってのが分かっちまったw

でも暇つぶしには好し!

2010年12月16日 (木)

いい加減にしろ!外務省

51729t5bxfl__sl110_ 51729t5bxfl__sl110_51729t5bxfl__sl110_51729t5bxfl__sl110_51729t5bxfl__sl110_51729t5bxfl__sl110_51729t5bxfl__sl110_

いい加減にしろ!外務省―国益、国民益を損なってまで、なにを守ろうとしているのか?

涛川 栄太 + 21世紀日本の外交を考える会 (著) ,ネコ・パブリッシング,2002

 涛川 栄太 1943年東京生まれ。立教大学経済学部経済学科・同大学文学部教育学科卒業。20年間の教師生活の後、現在教育学者、作家。新松下村塾塾長。「朝まで生テレビ」ほかテレビコメンター。長年ニッポン放送「テレホン人生相談」常任解答者をつとめる。「日本と世界の子どもたちを救う会」代表。新聞やオピニオン誌に好評執筆中。聴衆を爆発的に魅了する講演は、いま日本でもっとも実力、人気を兼ね備えた講師の一人と評価されている。また、カウンセリング教育相談では、悩める多くの子どもたちを体当たりで励まし続け、立ち上がらせている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

【 機密費流用・2島返還論・ODA・北朝鮮拉致疑惑・鈴木宗男・ロシアスパイ…。外務省には官邸、マスコミをも巻き込んだ、国家を揺るがす巨悪が隠されている! 外務省内にはびこるモラルの低下を指摘する。】

日本は一見、階級のない国のように見えるが、特権階級意識を持った連中は間違いなくいる。霞ヶ関の連中がそれであることは、彼ら自身も国民も認めているはずだ。

国会議員をいくら先生だのと云ってみたところで、所詮は選挙で落とされることもある身分である。しかもその“先生”とやらにしたって、元芸能人だのスポーツ選手だのと、到底政治も経済も知っているとは思えん輩が選挙で選ばれたっていう“だけで”、議員バッジを着けて歩いているわけだ。

超が付く難関を突破して官僚になった者たちからすれば、選ばれた方も選んだ方も“愚民”に見えるであろうことは想像に難くない。

況や、景気によっては倒産の憂き目にも遭う民間人などは、ゴミ同然であろう。何しろ身分が安泰というのは、とてつもない特権階級である。政治家も民間(財界人)も官僚に擦り寄ってくるのだから、笑いが止まらんであろう。

この官僚の選良意識が、国益を損なう諸悪の根源ということになろうが、それを云ってもはじまるまい。国民の意識がこの連中に階級意識を持たせているようなものであろうから。

子供に将来就かせたい職業の一位は公務員。子供が将来就きたい職業も公務員である。その頂点にいるのが国家官僚となれば、彼らが得意になるのも故なきことではあるまい。

<外交に関する国民の意識が外務省・外交官を変革する>として、著者はこう結論する。

ここまで腐敗しきった体制をうち崩すのは、たとえどんな逸材が現れようとも、個人の力では到底不可能なのだ。

一国のあり方は、国民一人ひとりの道義やマナー、いわゆるモラルやスピリットというものが反映されるものである。とすれば、外務省の改革を成し遂げるためには、われわれ国民が立ち上がらなければいけないのではないだろうか。

世の中の拝金主義を肯定し、「世の中こんなものだ」などと達観した人々のなかで、「いやそれは違う」と主張できるだろうか。国民一人ひとりが、日々の生活のなかでより向上心を磨く問題意識をもって生活することが大きな変革へとつながっていくのである。(p198,失われた武士道スピリットを取り戻せ!)

意識の変革というのがもっとも難しいところではあろう。

国家公務員の不正に憤ったことを述べる“大人たち”をTVの街頭調査などでよく見るが、そんな“大人たち”も我が子には公務員になって欲しいわけだ。結局のところ、旨い汁を吸っているのが“他人”であることが悔しいってことだろう。それ以上の気高い精神から憤っているわけではあるまい。この民度であるかぎり、日本国が官僚の害から免れる日は来ないであろう。

薄い本で、息抜きに読むにはちょうど好いと思っていたが、内容が内容なだけに不快であった。

興味深かったのは、著者は田中真紀子(当時は外相)を高く評価していることである。

オレはこの人物のシナ寄りな態度が好きではないのだが、それはそれとしても、外務省の膿を出し切ろうとした手腕は、もっと評価されるべきだったかも知れない。ある面では善くてある面では悪いと、全面的に善いという人は居ないというしかないのかもしれない。

もう一つ、鈴木宗男に絡んで、佐藤優について語られている件が興味深かった。

実は、鈴木の二島先行返還論はロシアの諜報工作だったという疑念がある。二島先行返還論のシナリオライターは佐藤優であり、オリジナルの作者はロシアである。(p85,第二章 日本人ならば、北方領土の屈辱を忘れるな)

鈴木宗男はカニの利権を持っているという。鈴木の関連会社はロシア無頼船籍の船も持っており、ロシア無頼の領海で操業しても見逃してもらえるというのである。他の会社の船ではこうはいかないというのであれば、何かあると見るのは自然であろう。その鈴木にべったりくっ付いていたのが、佐藤優であった。

ここで本当に知りたいのは、ロシア無頼が二島先行返還論を通したがっているのだとしたら、その意図は何かである。そもそも“先行返還”なるものは詭弁ではないのか? 本音は二島で手打ちにしてそれを餌に、日本から引き出せるだけ引き出そうとしているのではないのかと思えるのである。

鈴木と佐藤が本当に二島先行返還なるものを、国益に適うものと思っているでのあろうか。鈴木宗男が佐藤優を重宝したのは、背後にロシア無頼が居たからか。何故、鈴木の恫喝が他の政治家にも官僚にも効いたのか。

佐藤はロシア無頼の諜報機関とも繋がりがあったと見られている。その佐藤を通して、鈴木は貴重な情報を得ていたのかも知れない。この二人の関係は、裏を読まずにはいられないものがあるのは、事実であろう。

ノンキャリアのため、一生うだつがあがらない日陰の立場で終わってしまうはずの人間を、局長クラスでさえ一目も二目もおく主任分析官にしたのは鈴木氏である。 

一方佐藤氏としては、自分に目をかけてくれた鈴木氏に一身を捧げる気持ちになったのだろう。(p95,同)

推測ではあるが、人間の情の面を抜きにして人の行動を知ることはできまい。

佐藤優が鈴木べったりになってしまったことを、情の面から見ることが可能であるとすれば、外務省の悪しき体質に原因があるかもしれない。

恐ろしいことに外務省では、人間といえば上級職、一級、キャリアだけを指すそうだ。ノンキャリアは人間ではなく猿と呼ばれている。機密費詐欺で逮捕された松尾克俊元要人外国訪問支援室長もノンキャリアであり、彼の事件が明るみにでたときキャリアたちは、「あの猿が人騒がせなことをして」と嘆いていたという。要するに「われわれ『人間』には、いい迷惑である」というわけだ。(p95,同)

鼻持ちならん奴らだ。

しかしまぁ、李氏朝鮮時代の“両班”にも似たこの連中に憤ることも善いが、肝は国民の意識の変化にこそあると云いたい。気骨のある外交官が表れてくる土壌となるものは、国家の気風であろうし、それは国民が作っていくものであると思うのだ。

例えば日本は間諜天国であると云われる。これに腹が立たないのかってことである。これを本気で憤る国民の意識の高まりが見えれば、政治家も外務省も変わらざるを得なくなるのではないか。

実は、日本の法律には「スパイ罪」というものがない。完全に法律の不備である。世界中を見て、スパイ罪のない国がほかにあるだろうか。

ソ連は崩壊し、ロシアになったが、対日工作はずっと続いている。日本のロシア政策に影響を持つ政治家を何とか抱きこみ、情報を取り、日本の対ロシア政策をロシアにとって有利なものにしようと躍起になっている。

日本はこれでも主権国家といえるだろうか。独立国家と呼べるのだろうか。国軍も国家戦略本部もない。戦略会議を持つ内務省がない。スパイ罪もない。こんな国は独立国家でもなければ、主権国家でもない。スパイ活動やり放題の「スパイ天国」と呼ぶべきだ。(p101~102,同)  

スパイ防止法と国家反逆罪を成立させることによって、日本も国家としての威厳を少しは持つこともできようというものである。国家に威厳があれば、官僚の選良意識もちっとはマシな方向に向かいそうな気もするが。

ところでこのスパイ防止法に反対している糞どもがいるが、腐れ左翼どもは予定通りとして、カルト教団政治部はなんのつもりでこれに反対してんだ?

2010年12月15日 (水)

カード偽造:3中国人、容疑で再逮捕 /東京

http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20101215ddlk13040271000c.html

カード偽造:3中国人、容疑で再逮捕 /東京 - 毎日jp(毎日新聞) via kwout

「民族には違いはあるが優劣はない」という者がいる。しかし根拠がなく、真実を極める努力を全くしていない。あるいは謙虚で好ましく聞こえるかも知れないが、どんなものであろうか。現実に中国人と付き合い、中国の国情を観察した者に言わせれば「とんでもないお人好し」である。(p37,「暗黒大陸 中国の真実」,ラルフ・タウンゼント:著,2004)

文化大恩の国(失笑)に学んだこと。シナ人を信用してはならん(爆)

2010年12月11日 (土)

NHK(捏造放送協会)と無制限戦争の時代

 NHK捏造事件と無制限戦争の時代 猫と学ぶ超平易な解説付き

NHK捏造事件と無制限戦争の時代 猫と学ぶ超平易な解説付き
販売元:セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)
セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)で詳細を確認する

読後感:☆☆

視聴者から公共放送として高い信頼を得ているNHKの実態が、シナ共産党の影響下にあり、偏った番組制作や報道をしているという事実は、あまり知られていない。しかし「情報戦争」という国際政治のリアリズムで直視するなら、外国勢力のこうした工作は常套手段であり、「常識」とさえいえる。
本書は21世紀型の戦争である「情報戦争」の実態・構造・歴史などを国際問題アナリスト、未来学者である著者がわかりやすく解説する。
著者が取材を重ね続けたNHK捏造事件「JAPANデビュー“アジアの一等国”」放映以後の、反NHK運動の詳細をはじめとし、歴史問題、最近の世界の情報戦争の実例等、多くの写真と図解チャート、関係図等で視角的にも、誰でもが予備知識ゼロから理解しやすいよう工夫されたビジュアル・ブックである。
情報戦争に関する「永久保存版のテキスト」であり、関係分野のガイドブックとしても使える「辞典」としての役割も有している。
取上げるテーマ、それぞれにNETとの連動が意識され、WEBやYouTube動画等を中心に、常に「最新の情報」へのフォローアップが有機的に更新されるような工夫も想定された画期的で新しい「本」の形態を模索し、創られている。
更に、本書の特設専用サイト『NHK情報戦争.COM』(最新データ・フォローアップ)も用意され、読者専用の特典ページも用意されている。(パスワードや詳細は本文内)
著者新シリーズの試みとして、各章毎の終わりに、ネコが解説する「ニャン・コラム」も登場、テーマ毎により分かりやすく解説し総復習できるようになっている。
≪特別企画: 別章「アジアの無制限戦争、最前線!!」≫
本書の目玉は、これだけで新書1冊分以上の内容である150ページもの分量の「特別企画章」である。TVメディアでは取上げられないアジア情勢最新情報が、各分野の最もHOTな話題、専門家との会話と共に明かされる。
・「今、アジアで何が起きているのか?」―最前線レポートを検証

■台湾
・台湾と日本は運命共同体である
〈対談〉 日本を守る。台湾を守る―永山英樹(台湾研究フォーラム会長)との対談
〈対談〉 シナ帝国主義との生存をかけた闘い―林建良(「台湾の声」編集長)との対談
■ウイグル
・シルクロードの第二の被爆国・ウイグル―日本は唯一の被爆国ではなかった
〈対談〉 シナ帝国主義占領下のウイグル人の苦悩―イリハム・マハムティ(世界ウイグル会議日本代表)との対談
〈対談〉 シナの核「実験」は国家による犯罪だ!!―高田純(札幌医科大学教授)との対談
■チベット
・日本とチベット 民族自決権を求めるチベット
〈対談〉 シナの過酷な民族絶滅政策に耐えるチベット―ペマ・ギャルポ(チベット文化研究所所長)との対談
各国毎に、地図や歴史年表、文化等の入門情報が多数の写真入りで紹介され、各国入門ガイドにもなっている。
また各国情報を勉強するのに最適な情報収集先の紹介、情報戦争対策、入門書籍・サイト情報も丁寧に紹介されている。

<将兵はまず勝ちて後に戦いを求め、敗兵はまず戦いて後に勝ちを求む>

・孫子「軍形篇」

戦う前に勝てる態勢を作る者が勝つ。その為には情報戦によって相手を攪乱すること。そして、精神を骨抜きにすることだ。

<彼を知り己れを知れば、百戦殆うからず>

・孫子「謀功篇」

国連を「国家連合」ではなく国際連合などと呼び、平和を愛する諸国民の公正と信義が期待できる、“人類の議会”であるかのように思っている日本人を骨抜きにすることなど容易いだろう。

台湾元総統の李登輝は、「シナ人には何の恐れるべきところもないが、ただ一つ、彼らは恐るべき力を持っている。それは、人を堕落させる力だ。」と云ったという。

たしかに、日本の政財界人を見ていると、シナ人との付き合いが深まれば深まるほど、その人物の性格がシナ人化していき、唯物的な欲望に支配されるようになってくる。シナ人が人を籠絡する手段は、その人間の現世的な欲望を叶えることである。美女が欲しいものには美女を与え、金が欲しいものには金を与え、権力が欲しいものには権力を与える。そのようにして、唯物的な欲望で人間を堕落させ、意のままに操っていくというのがシナ人のやり方である。(p486,エピローグ)

シナ市場を、日本にとっての死活の利益であるように煽り、国内経済においては、大量の移民を流入させねば最早経済が成り立たないかの如く煽る。

シナが云うところの「超限戦」が、この辺にも影響を表しているとみた。

本書はNHKが平成21年4月5日に放送した、「JAPANデビュー」の第一弾“アジアの一等国”なる番組の偏向ぶりを糾弾し、その背景にはシナの影響があると警告しているのである。

そして、シナがどれほど多角的に攻めてきているかを、東トルキスタン、チベットなどがシナに支配されるに至った経緯と現状も絡めて示してくれている。

“人間の活動領域すべてが戦場”とするこの超限戦(無制限戦争)は、目に見える形での分かりやすい侵略とは限らない。むしろ主戦場は“思想の領域”にあると云ってよい。

『友好』という甘言で懐柔し、こちらの警戒心を解く。士気の無い民を潰すのは容易いわけだ。

それでいて別のところでは、こちらの友好国との分断工作をやってのける。この手のやり口には、シナ人は長けている。

たとえば、アメリカでは、一見、民間のアメリカ人のようなチャイニーズ・アメリカンの人たちが各地を回って、南京大虐殺の写真展をいまだにやっている。彼らは少なくとも、表向きはシナ共産党の宣伝部隊ではない。展示も大学などで開催する。つまり、大学の中にも教員の工作員が、もう入っているのだ。そういう民間人が日々これ宣伝を行っていくのが、実弾が飛ばないプロパガンダ戦争なのである。要するに、「相手の頭の中を支配してしまえば終わり」という戦争の時代が、とっくに始まっているのだ。(p74, 第一章 無制限戦争の時代)

ところで、今、京都議定書の延長を日本が妨げているとしきりに報道されているが、この“環境保護”という名の思想もまた、注意深く見ていかなければならない。

二酸化炭素ガス規制はヨーロッパにとってはいいわけだ。ヨーロッパは失業率がすでに10%ぐらいあるのが当たり前になっている。それぞれの国は小さいし、EUの中だけだって、そんなに移動距離は長くない。それでいて、いわゆるクリーンエネルギー部門は進んでいるし、ヨーロッパでは石油がほとんど出ない。せいぜい北海油田ぐらいである。(中略)だから、京都議定書というのはルール戦争であり、環境保護という大義名分を言いながら、自分に有利なルールをつくろうとしていたのだ。(p86,同)

平和を愛する諸国民の公正さは、“攻めやすいところを攻める”わけだ。環境保護団体なるカルト集団どもは、先進国(特に抵抗力の無い日本)を叩く半面、GDP世界2位にまでなりながらも、まだ第三世界の一員の如く言い訳しているシナには甘い。

なるほど先発国は充分繁栄を謳歌したのだから、そろそろ第三世界に富みを譲れとでも云いたいわけか。しかしだ、それらの国々は政情不安な独裁国が多いが、そこには目をつぶれというのか。

 

国際情勢の権力構造の基本は、いかなる勢力がいかなる勢力と対立しているかという対立軸である。対立軸とは世界秩序のことであり、それは「日本国内の秩序」というような一国内の安定秩序だけを意味するものではない。世界は今、どのような対立軸によって保たれているのか。その対立軸がそのままに世界秩序なのである。(p431~432,第五章 情報戦争の実態)

対立軸が公正を実現する為だけに作られると思うのは甘い。

核兵器廃絶なる運動もしかり。シナが東トルキスタンで行なった核実験に抗議したか左翼ども?

本書に出ているイリハム・マハムティ氏(世界ウイグル会議・日本代表)によると、共産党系の組織がやった原爆反対のデモに彼らが参加しようとすると参加拒否されたそうだが、赤い人しか受け入れませんかい? 

「人権」「環境保護・動物愛護」「反核」等々、一見否定し得ない、自明の“正義”が旗印になってはいても、そのような運動こそ実はよく分からん連中が裏で糸引いてたりするのだ。SLOGANなんぞは当てにならん。

情報戦争に関連して、読者の注意を喚起しておきたいことが一つある。それは、現代の世界が群雄割拠しつつあり、近代西洋が確立したルール(たとえば国際法)がどんどん浸食され、有名無実化している、という事実である。

近年、BRICs論が喧伝されてきた。世界経済の中でブラジル、ロシア、インド、シナの四ヶ国が経済的に重きをなしてくるという論である。たしかにその通りであり、他にもインドネシア、パキスタン、メキシコ、イラン、トルコなど、人口も多く、経済的にも発展しつつある国を挙げることができる。しかし、これらの国々の多くは、経済発展はしても、近代化しない可能性が大である。(中略)

ここで表れている現象は、「近代化」なき経済大国、そして核兵器を持った政治大国の出現である。私はこれによって、世界の既存の秩序は急速に崩れていくと予測している。(p45~46,プロローグ)

むしろ左翼どもは、世界秩序の崩壊を望んでいるのかも知れない。

学会の信心とはなんだろう

25年の信心経験で得た「創価学会の信心」をまとめてみました。
 
 最初に結論を言うと、
 
・自身の幸せを掴むのは自身であり、組織上で付き合う人間の言う事を鵜呑みにするな。
・自身の声を聞け。幹部の意見に従う義務はない。
・1遍の題目にすごい功徳がある。時間ではない。
・自分が自分を見捨てても御本尊は見捨てない。
 
 異論があるかもしれませんが、信心で得た事、組織とはなんなのかを列記します。
 組織にポジティブな意見ってありますかねぇ…。
 
1.信心
 
・悩み、希望を解決するのは本人の決意と御本尊。
・題目及び折伏(啓蒙含)には限りない功徳がある。
・諸天善神の加護は必ずある。不本意な結果は長い眼で見れば判る事もある。
・きつくなったら、引いてみるのも一考の余地あり。
・今日負けたら、明日勝つと切り替える。
・負けないのは勝っているのと一緒。
・永遠は瞬間の連続。今に未来の善業の種を撒け。
・たまには御書を読め。忘れている事も多い。
・永遠に明けない夜はない。1ミリでも進んでいる自分を褒めよう。
 
2.組織
 
・愚痴や相談事は信心の有無・役職に関係なく、個人的(経験的)に信用できる相手を選択すべし。組織に相談してはいけない。
・本人、家庭の問題点や個人情報は他人に言わない。体験発表等も回避する。組織に弱味を握られる。
・信濃町大本営(学会本部)の相談室は、指導能力に問題のある幹部に当たる可能性が少なくない。
 
・本幹を含めて会合に行くのはムダである。
・活動は虚勢を張り合う場であり、師弟とは忠誠心を競い合う事である。
・協議会は学会活動の場であり、信心とは無関係。
・組織の指示・命令・打ち出しを忠実にこなす「戦う学会員」しか評価しない。
・信濃町大本営が言う「学会は指導主義」は現場で過去に息絶えて久しい。
・役職及び○○長、○○責任者は、自発的にやりたい場合を除き、全力で回避する。受ける場合は本当にやりたいのか熟慮すべし。その場の雰囲気や幹部の言いなりで決めてはいけない。納得していない場合はなんと言われようが、反対する。その結果、他人に役職が回っても負い目を感じる必要はない。「あなたしかいないのよ」に誤魔化されないように。
・人材グループ(創価班、牙城会、白蓮)や守る会等は長期の活動になるので、薦める人の「すべき」の声でなく、自身の「どうしたいのか」の声を優先すること。
 
・池田原理主義者と口を交わすのは時間のムダ。彼らの眼に人間は見えていない。
・選挙は信心と直接関係はない。
 
・池田会長の真心を受け取るのは組織に踊る上層部の幹部らである。
・成果は幹部の手柄で、目標未達は会員のせいである。
・指導能力のある人は地上に存在しない。
 
・上層部(及び組織が認めた一部)しか拝めない御本尊、入れない領域、人材の囲い込み等が明らかに増加しているが、組織上の差別(創価宗門・下僕)と、御本尊から見える信心は別。
 
・過去と他人は変えられない。幹部に何かを期待するのは間違い。
・家庭指導に回る幹部は存在しない。もし立ち寄ったとしてもそれは組織の連絡に来ただけ。
・どの階層の幹部であれ、事なかれ主義なので問題は封殺される。
・一方で「金や女性問題が○○にある」等と婦人部幹部が騒ぐと、どの階層でも壮年部は問答無用で役職から落とされる。痴漢冤罪に悩む男性と同列である。
・だが、本当の問題児はなぜか組織上で出世する。
・外したくても謀反(情報流失等)の危険があるので、役職から引き摺り下ろせない幹部がいる。
・疑問を幹部に投げると、永遠の未回答前提の「○○に確認します」の一言で片付けられる。

 

・嫌いな人を無理に好きになる必要はない。嫌いなものは嫌い。自分のせいじゃない。・学会活動をムリして体や家庭・生活が壊れ、組織に出て行かなくなると使えない会員に格下げされて放置される。
・活動を控えたい場合は組織上の幹部に「御指導」を受けねばならず、「(境涯革命には)今引いちゃだめなのよ」だの、「弱さを克服するには更に前に進むのよ」等、心身疲労状態になっている人に鞭打つ幹部がほとんどである。
 結果として学会鬱が多発し、何を言われても反論する気力さえ失なっている人々を更に追い込む。
・信心すると元気になると間違った認識をしている学会員が多い。外科でも脳でも、病気になったら休まないといけない。

 

・使えない会員に組織は見向きもしない。しかし、会員が新聞を止めると地区の世帯購読率が下がり、啓蒙目標の世帯○○○%到達に必要な部数が増えるので、特に強化月間前を中心に未購読会員への新聞啓蒙が急増する。
 つまり、会員の暮らしぶりには興味を持っていないが、集計できるものには驚くほど敏感である。参加者数、購読率、啓蒙数、F数、広布部員数など、信濃町大本営に上がって来る数はこのようにできあがる。
 また、新聞購読停止や選挙支援拒否、退会をほのめかすと、やったら落ちるとばかり恐怖を煽る御書・指導を繰り出して引止めに掛かるが、当然相手の学会への心象は低下する。
・新聞啓蒙の目標未達成部数は、最終報告時の協議会に運悪く参加していた会員が(信心に応じて)自腹で自身に啓蒙するか、贈呈して達成となる。読みもしないのに何部も取るとは地球に優しくない活動である。
 すると、会合(圏活動者会等)で幹部が「全地区達成しました」と能天気に騒ぐ…(と思う)。
 
3.本尊や形式
 
 以下は私の解釈ですが。
 
・大御本尊は後世の製作。
 
・勤行に経文を読むのは宗門の踏襲であり、本来は題目のみで信心的には成立する。
 
 こんなところです。
 
 信心って幸せ・・・なのか?

junki氏のブログより転載させていただきました。

http://aoi-hoshi.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-4e73.html#comment-58352209

ちなみに自分は、会合に幹部を招くのを止めたらいいんじゃないかと思っていた。実際にそれを云ったこともある(キョトンとされただけに終わったがw)。

何故かというと、いつでもどこかで何かしら会合が開かれているわけで、それにいちいち幹部を引っぱり出してくるよりは、そんなものに出席しなくてもいいから思う存分折伏してくれた方が善くないか?、と思ったからだ。

だって、出て来ても池田名誉会長の指導を語るだけだからねえ。それなら書籍を読めば足りるだろ。自分の体験を語るのなら、一般会員も興味を示すかもしれないが、それがないなら、“あえて”幹部の口から名誉会長の言葉を聞く必要はないんじゃないのか?、ってこと。

特に本部幹部に対してそう思う。仕事と活動を両立しなければならない一般会員には出来ない“戦い”が、学会活動が仕事になっている本部幹部には出来るだろう。

その方が一般会員の皆様も、幹部が率先して“戦っている”と奮い立つんではないかと。オレは別としてw

もっとも、会員でない者からすれば、政治結社じみた真似を続けているうちは“信心”そのものも嫌がられるだろうけれどね。

 

2010年12月 8日 (水)

共同体を保守再生せよ 

  

共同体を保守再生せよ (発言者双書)

491585518x

著者:井尻 千男
販売元:秀明出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

読後感:☆☆

オウム事件、阪神淡路大震災、薬害エイズ問題、日本版ビッグバン、学級崩壊、ガイドライン関連法…市場原理と共同体原理が大激突する今、日本の歴史と共同体をいかに保守再生し、日本固有の文化を守るかを説いた書。

実にこの人の本は言葉の宝庫である。

この国に生まれた宿命を想い、育まれたことに感謝し、善い面も悪い面も(全肯定でもなければ全否定でもなく)受けとめ、次代に引き継いでいく。

不都合をきたしたら解体し御破算にするという、先人達の歩みを軽視した態度を取るのではなく、あくまで漸進的にゆく。それが保守であると。

著者はあとがきで、本書の主題が日本の歴史と共同体をいかに保守再生するかにあり、とした上でこう述べている。

しかしながらこの主題は元来、直接話法では語りにくいものだ。固定的なあるものを保守することではく、喩えてみれば時間とともに展開する音楽や物語の主題を確認し、はなはだしい逸脱を修正する行為に似ているからだ。(P324)

歴史という終わりのない長編物語のほんの一ページを生き生きと書き継いでみたい、生きてみたいというのが私の立場だ。主題の変容、展開、転調を存分に楽しみながら物語の続編を引き受けるというのが保守の立場のはずである。そして私の想い描く「共同体」というイメージは、最も広義でいえば歴史物語の続編を引き受ける意志を共有している人々の集合体というほどのものであり、狭義においては家族や地域社会の物語を継承する人たちのことだ。前衛派の実験的コンミューンのことではない。(p325)

過去(先人たち)・現在(我々)・未来(子供たち)へと、自分たちの物語を書き継いでいくということ。それは他の物語を生きる人々をも、本来認める立場である。それが破壊的な展開を見せない限りは。

 歴史に宿命の相があれば、その相を最も発揚することのできる筋道があるだろうと考える。長編物語を書き継ぐようなもので、より美しい完成を夢見ることはあっても、振り出しに戻って新しい短編小説を書こうなどとは思わない。(中略)

私がこの国に生まれたのは、私の選択ではなく運命だ。瑞穂の国に生まれるか砂漠の国に生まれるかは選択肢ではない。たまたまの偶然にすぎない。その運命を引き受けることからすべてが始まる。すべての事柄を包含した歴史という物語が始まる。そのとてつもなく長く、終わりのない歴史物語に比べれば人間の命、私の命などその一コマにすぎない。そういう運命愛が保守的精神の前提にある。(p197~198,①保守主義者の本意,平成九年)

 

国家があるから戦争になるなどという、へ~わしゅぎしゃの戯言なんぞはまともに付き合う必要もあるまい。あまりにも子供じみていて話にならん。

防衛の為の戦いであっても戦争は絶対悪なのかだの、相手が攻めてきた場合なら軍事力の行使は認められるのかだの、自明の事すぎて議論にもならんような当たり前の事でさえ、議論になるような“脳内お花畑”の住人ばかりの国が、今の日本だ。

先人たちを否定し、現在の平和状態が何によって保たれているかも直視しようとしない、“戦は嫌じゃ”の一点張りで平和が保たれるとでも思っているとしたら、知的障害としか思えん。

所詮、今の日本は平和の消費者にすぎないってことだろう。平和の建設者ではありえない。

戦後の日本は、唯一の被爆国の特権をかざしながら、同時にアメリカの核の傘にどっぷりつかってきた。他国の核に守られながら反核を説きつづけてきたというわけだ。この自己欺瞞の構造を自覚しないで、平和と反核の使徒を演じているのが日本の大方の政治家である。国内で平和を説いているかぎり、説く人・聞く人ともども自己欺瞞に陥っているからその欺瞞に気づかない。だが、他国から見ればその矛盾は明々白々のはずだ。(p96,⑨核実験の黙示録,平成七年)

まさに“平和を語ることと、平和を保守することの距離は無限に近い。”(p96,同)ということだ。

地球民族主義だ、人類皆兄弟だと云ったところで、思考停止の産物であるに変わりない。人間は兄弟喧嘩もすれば親子であっても殺し合うものだ。所詮は底の浅い、只管“理想主義”で塗り固めた人間観によるものでしかない。

縁によって境涯は変わるのだ。他国が弱気を脅す畜生の境涯に陥らないようにする為にも、付け入る隙を与えてはならない。強くなければならない。

強くなればなったで、勝他の念を引き起こさずにはおかないかもしれないが、弱ければ支配欲を芽生えさせるのは分かりきっている。

国家が戦争の根源であるかのごとく云う輩は、自分が枕を高くして眠れるのはなぜかを、意識的に考えないようにしているのに違いない。

自分らのへ~わ思想にどれほど自信があるか知らんが、人間性というものを侮ってはならない。戦う意志を示せば競争になろう。だが、戦う意志を示さねば、遠慮なく支配するか、望むものをぶん捕るだろう。 そうならないことをただ期待するというのでは、もはや政治ではあるまい。

政治といえば歴史認識にしてもだ。

他国が批難してくるには、なんらかの正当な理由があるはずだと生真面目に捉える日本人。下手にでればでるほど、そこが外交カードになってしまうということすら考えない。

ある時代のある戦争をどう解釈するかは思想上の自由に属することだが、そのこととは別に英霊はちゃんと祭らねばならないというのが私の歴史観であり人生観である。この二つの次元の異なることを一緒くたにしたところに、戦後の日本の民族的致命傷がある。

私がそのことを「民族的致命傷」というのは、英霊をはずかしめた瞬間から、その民族は戦えなくなるからだ。(p144,⑤戦争の観念をこそ語れ,平成八年)

他国の歴史物語の中に飲み込まれ、日本人としての自己を蒸発させていく道を選ぶのか。

2010年12月 7日 (火)

「プレシャス」「フィリップ、きみを愛してる!」

いろいろと、酷い映画だったわ。主演の役者も体格が凄過ぎるし、家庭の荒み方も凄い。

一部の富んだ者だけ見ていては分からない、米国の暗部を描きだしている。落差が凄い国なわけだなぁ。英語の綴りからならっている風景には、さすがに本統かよ?、と思ってしまった。16歳でっせ!?

教育面でも、そこまで格差があるのか。

見ていて辛い映画だったなぁ、学校でも家でも路上を歩いているときも、眉間に縦皺寄せて歩くプレシャス。

この母親ってのがもう、生活保護食いつぶすことしか能がない。娘に家事からなにから、まかせっきり。

プレシャスは16歳にして子持ちなんだわ。しかも父親の子を孕まされたという。ちなみに現在、二人目を孕んでいるという設定。

もちろん、また親父の仕業で。

最悪だ。

親父が最悪ならせめて母くらいはと思いたいところだが、娘を守るどころか、自分の男を取りやがってと娘を罵倒する始末。

兎に角気分悪い映画だった。

しかし収穫がひとつ! プレシャスの転校したフリースクールの女教師が、すげえ美人!誰なんだ、あの役者は。見たことある気もするが、名前がでない。

そういや、マライヤ・キャリーも役所の福祉課の職員だったかで出てきたねえ。唄っている時と違って随分と地味だったが、役柄から考えたら当然か。化粧と着る物変えるだけで、どこにでもいそうな人になるもんですなぁ。

二本目(実際に見た順番ではこっちが先)は、特に何も感想は無し。

同性愛者の物語。現実に米国で起きたことなんですと。

まぁ、こういうとまた差別ってなことになるんでしょうが、やっぱり分からんものは分からんというほかないわ。

レズならまだ見れる。でも、ホモは無理だわ。ゲイさんには申し訳ない気もするがね。

これ、最後まで見通せる気がしなかったから、残り30分くらいのところで入館したのですがね。きつかった。

また、ジム・キャリーが巧いし、居そうなんだわこういうのが。

愛する男に会う為に、何度も務所を脱走しては捕まり、するのですがねぇ。凄い情熱だ。

さり気無くエンド・ロールの流れる場面で、雲の形がポコチンを模っているように見えたのが、気味悪かった。

2010年12月 5日 (日)

一号線を北上せよ

一号線を北上せよ 一号線を北上せよ

著者:沢木 耕太郎
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

読後感:☆☆

一号線はどこにある?

「北上」すべき「一号線」はどこにもある。私にもあれば、そう、あなたにもある。 思わず旅に出たくなる、著者初の紀行短篇集。

青春の記憶に浸る旅、作家の存在に導かれる旅、プロスポーツ観戦の旅、観光客のバスツアー『深夜特急』の旅から20年、旅の達人が見たスピリチュアルな風景とは― 10年余りにおける、その時その時の「一号線」を求めての旅のスケッチ。

『深夜特急』に魅せられたのは、高校生の時だった。大沢たかおのドラマをTVで見て、沢木耕太郎を知った。そして、読んで、その旅に心を奪われた。

自分が沢木耕太郎のような旅をする日は来ないと思うが、憧れの一つとして、著者の旅は追っていきたい。この本も、そんな思いで読んでいた。

旅をしている時の著者の感じ方、見方が好きなのかな、と思う。別段、沢木耕太郎と同じ場所を歩いてみたいとは思わないのだ。不思議とそういう気に、ならない。

憧れをもって読みつつも、どこかしら反発を覚えるのがなぜなのかと思うのだが、今回もよく分からなかった。

旅の舞台が、いつも海外であることが気に入らないのか・・・、あるいは、所詮はただの放浪にすぎないのに、自分に酔っているような自己分析が嫌なのか・・・・。

 “何か自分でもわからないものに引きずられるようにして旅に出てしまう。旅に出る理由をあれこれと口にしても、本当は、その「何か」が旅をしている最中にわかっていることは少ない。いや、旅を終えてもわからない。だからこそまた、その「何か」が旅に押し出すことになるのだ・・・・・・。(p238,ヴェトナム縦断,)

それとも、思い立ったらどこにでも飛び立てる、そんな著者が実は羨ましいのかもしれない。

中国 大連海事大学が池田名誉会長に名誉教授称号

 歴史捏造の二大巨頭、シナ・朝鮮を文化大恩の国、兄の国と媚び諂い、、じゃなかった、讃え続けてきたことが認められたのでしょう。僕はその後には続きませんが、とりあえずおめでとうございますw

2010年12月 4日 (土)

朝鮮統一支持運動全国集会 集会アピール(脳みそ腐ってる?)

限界を知らないマジキチぶりに、全宇宙が泣いた(爆)

>いま朝鮮半島の軍事的緊張が高まっている。

いきなり他人事か`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

己らの国がやらかしたことだろうがw

>戦争は絶対に避けなければならない。

それを頭のイカレタ親愛なる将軍様に教えてやれw

>そのためには、互いに敵視をやめて信頼関係を築くことが必要だ。

てめえで横面引っ叩いておきながら、相手に落ち着けってか? それで信頼関係とか阿呆か?

>私たちは、軍事演習など緊張をあおる行為を中止して、話し合いで問題解決するよう求める。

カルト・キタチョーの要求を満たすかたちでの和解しか考えられねえだろよ。おたくらの親愛なる将軍様に話が通じると本気で思ってんのか? 国民を餓死させておいて、平気でぶくぶく肥えてるあの豚野朗によw

>私たちは、「朝鮮併合」100年の節目の年に本集会を開き、日朝関係の過去に学び、

学んでない。カルト・キタチョー流の歴史歪曲で学んだというなら、有害でしかない。

>現状を直視し、

直視できていないのはお前らだ。

>明るい未来を切り開くための論議を積み重ねてきた。

日本にとっては暗い未来をもたらす内容でしかない。

>その中で、民主党政権の対朝鮮政策が、自民党政権時代の敵視一辺倒と何ら変わらないことをはっきりと認識した。

ミンスのやることすら気に入らねえなら、この国でいきるのは無理だなw 速やかに地上の楽園に失せろ。敵視されている理由が本当に分かっていないとしたら、救いようがないってことだ。救いようのない連中と関わっても、日本にはなんの得もない。

>私たちは、日本政府が誤った歴史認識により朝鮮敵視政策をとることを認めることはできない。

己らが認めようが認めまいが知ったこっちゃねえ。日本にとって有害な腐れカルト・キタチョーを敵視してなんの文句があるんだ? 金一族の存在に正当性を認めているような奴らが、どの面下げて歴史認識云々云ってやがる。

>▼日本政府は歴史認識を根本的に改めるべきだ。

寄生虫がほざくなwww むしろお前らが改めろ。

>菅直人首相は8月に「併合」100年の記念談話を発表した。しかし、首相談話は日本軍国主義による強制併合が、軍事力を背景とした強制性を伴っていただけでなく、

軍事力の伴わない併合なんてあんのかw

>当時結ばれた条約が法にのとっらず無効であることを直視していない。

無法国家にして、たかりと捏造が国技の腐れカルトがほざくな。

>また、言語や名前など文化、財産を奪っただけでなく、

日本名を名乗るのは強制ではない。財産を奪っただ? どこにあったんだ、その財産たやらはw 

逆に独り立ちできない朝鮮に、日本がどれだけ金と労力を使ったと思ってんだ。

>朝鮮民族を抹殺する暴挙を働いたことも認めていない。

日本をドイツに、てめえらをユダヤにでもなぞらえてるつもりかw 民族抹殺なんぞ、いつやったよ? 日本の統治で人口が逆に増えただろうがw

アホなこと抜かしてる暇があったら、親愛なる豚野朗に本気で抹殺されかけてる、同胞を救ってやれ。救う為には、あの親愛なる豚野朗とその一味が諸悪の根源であることを認めろ。

>さらに、韓国にだけ言及し、朝鮮については一切触れないという歴史の隠ぺい工作までしている。

まともな国家として扱われない理由を、てめえの頭で考えろw 

>私たちは、菅首相が正しい歴史認識を持って、朝鮮に対し心から謝罪するよう要請する。

正しい歴史認識を持ったら、お前らに対しては罵倒の言葉しか出ないんだがな(爆)

>▼日本政府にとり最大の外交課題は、日朝国交正常化の実現である。

何様?wwww 

カルト集団如きと国交だ?wwww

>にもかかわらず菅政権は、制裁措置をとることで、対話の扉をふさいでいる。

対話の成立しないアホどもには制裁しかあるめえよw

>制裁措置は日本政府が期待した効果をあげていないばかりか、

制裁で効果がでないのは、カルトの親玉(シナ)が支えているからだろうが。対話によって、日本が望むかたちでの解決がないことは分かりきっている。

>制裁の口実としている拉致問題や核問題と何らかかわりのない在日朝鮮人社会全体に深刻な被害をもたらしている。これは明白な人権侵害であり民族差別だ。

何らかかわりのないとは、己らが決めることではない。カルト・キタチョーに資金を送っていることは分かっている。人権侵害だの民族差別だの、いくらほざいても無駄だ。祖国に於ける同胞の人権侵害に本気で心を痛めているなら、日本での生活がいかに恵まれているか分かるはずだ。脳に蛆が涌いているのでもなければw

>日本政府は制裁措置を早急に撤回すべきだ。

有り得ねえよ、ボケがw 命懸けで脱北した人たちが、カルト・キタチョーへの援助は、金王朝を延命させるだけだと批難している。それこそが、日本人が傾聴しなければならないことである。

「金正日の誕生日になると、日本の朝鮮総連から巨額のカネが送られてきます」(p70,第3章 北朝鮮と中国の腐れ縁,『北朝鮮大封鎖』講談社,2007)

容赦ない制裁措置をとるべきであるw

>解除して平壌宣言に基づき国交交渉を再開すれば、日本政府が望む懸案問題の解決にもつながるはずだ。

親愛なる豚野朗が喜ぶだけだなwww 百害あって一利なし。

>▼日本政府が一日も早く決断すべき課題は、朝鮮高級学校への「無償化」措置の適用だ。

結局云いたかったのはこれか?(爆)

>文部科学省が召集した専門家会議が「教育内容は問わない」とした適用基準を確定したのに、高木文科相はいまだに「ただちに適用する」と明言していない。

赤い文科省が召集した、赤い奴らがなにをほざこうが、カルト・キタチョーの子弟どもに日本人が支援する理由は、まったくないw

>それどころか現在、菅首相自ら南北間の砲撃戦を理由に「適用手続きを停止する」と断言するに至っている。教育現場に外交・政治問題を持ち込むことは絶対に容認できない。

貴様ら如きが容認しようがしまいが、しったこっちゃねえ(爆)

>朝鮮学校の「無償化」適用除外は明らかな民族差別であり、

明らかに正当であるw

>朝鮮高校生に対して「お前たちは高校生とは認めない」と宣告する残酷極まりない人権侵害だ。

人権無視の祖国を擁護しているアホたれどもが、ほざくなw

>菅政権が年内には必ず「無償化」措置を無条件で適用することを強く要求する。

させませんので安心してくださいw

いいかげんにしやがれよ、腐れキムチが(爆)

>日朝関係の明るい未来を築くために、日本政府の歴史認識を改めさせよう。

マジで脳みそ腐ってねえかお前ら!(爆)

>早期に日朝国交正常化を勝ち取ろう。

無駄且つ、無意味www

>「無償化」実現に向けて、ただちに行動を起こそう。

たかりを堂々と宣言するたぁ、さすが不逞鮮人! それより朝鮮半島をどうやってまともするか、本気で考えたらどうだw

2010年12月 2日 (木)

暗黒大陸 中国の真実

戦前の日本の行動を敢然と弁護し続け、真珠湾攻撃後には、反米活動の罪で投獄されたアメリカ人外交官がいた! 元上海・福州副領事が赤裸々に描いた中国の真実。1933年にアメリカで出版したものの完訳。

暗黒大陸 中国の真実

著者:ラルフ タウンゼント 販売元:芙蓉書房出版

51429dfd78l__sl110_

読後感:☆☆☆

物凄い本である。シナ人の救いようの無さを、これでもか!とばかり書きなぐっている。どの項からもシナ人への憤りが溢れ出してくるほどである。

この本が出版されたのは1933年の米国においてである。著者は何者か。 1931年上海副領事としてシナに赴任し、満州事変に伴う第一次上海事変を体験する。後、福建省の副領事となる。33年帰国し、大學講師のからわら著述と講演活動に専念する。親日派の言論を展開したことにより、真珠湾攻撃後は1年間投獄される。

この人物が稀有であるのは、この当時にシナの現実を冷厳に見つめていたこと、そして日本を評価していたことである。

いったい何故米国人はシナへの幻想を募らせ、そして反日となったのか。著者は、その理由が主にシナに渡った耶蘇教の宣教師たちにあると指摘する。

一九二七年から二八年、中国領土にいた八千人に上る外国人宣教師のうち五千人が退去させられている。どこへ退去したのか。日本である。しかし日本に避難したものの、日本人が好きになれない。可哀想な人間がいないからである。アメリカ人とは不思議なもので、可哀想だと思えない相手は好きになれない人種である。宣教師は特にこの傾向が強い。可哀想な人間を見ると、我が身の危険をも顧みず、救ってあげようという殉教精神が涌き上がるのである。だから中国人は全く有り難い存在なのだ。ところが日本は、ドイツに似て、規律正しく、町は清潔で落ち着いている。これでは宣教師の出る幕がない。だから宣教師に好かれないのである。(p170,第六章 宣教師の心)

それに加えて、日本人の愛想の無さもどうやら災いしたようである。有色人のくせに生意気だってことだろう。その点、シナ人は愛嬌があるということは、著者も認めている。

だが、それは相手を欺くことに長けているだけだということを、しっかり見抜いている。

この宣教師たちが、自分がどれほどシナ人に裏切られながらも、本国に対してシナでの布教が巧くいっていると嘘の報告をし続けたのだ。見込み無しと本当のことを報告したなら、支援の手が止まるであろうと怖れたためだった。 この嘘の報告によって、善意に満ちた(優越感を持ちたいのが本音だろう)米国人は、シナを米国並みの“理想と希望に満ちた国”に建設できると、ますますシナへの幻想と使命感を募らせたのであった。

序文にもこうある。

例えば、誰でもいいが外国人ジャーナリストが来ると、すかさず中国政府の高官と会見の場を設けられる。こういう待遇を受けて舞い上がらない人はいない。そこですっかり手玉に取られ、高官の言うとおりに、盗賊は根絶やしにしただの、共産主義は鎮圧しただの、公立学校制度が新しく導入されただの、あと少しで中国の統一が成し遂げられるなど、と手帳に書き込むのであるが、前から中国にいる人なら、こんな話は「法螺話」としか見ていない。真顔でこういう法螺を吹いて相手を納得させてしまうのが典型的な中国人役人である。(p8~9,著者の序文 一九三三年)

手玉に取られ、そして日本への憎悪をますます募らせていったのである。 しかし、シナで現実を見ている著者やシナへの幻想を捨てた現地の米国人たちは、日本を違った目で見ていた。

悲しいかな、その現地の声をジャーナリズムは米本国に伝えなかった。

中国の真実がなかなか伝わらない理由は単純明快である。説明するとこうである。中国に外国人が住んでいる。その中で中国の国情を把握している人を区分けすると三つに分けられる。ところが、いずれの人もいざ真実を述べるとなるとかなりの制約がある。三つの区分はこうである。

(一)宣教師 (二)民間事業家 (三)領事館員や外交管等の政府役人

最初にあげた「宣教師」たちは真実を話したがらない。なぜか。もし事実が知られると、今まで続いてきた援助が打ち切られる危険があるからである。次にあげた「民間事業家」たちも事実を話したがらない。なぜか。心証を害された中国人から不買運動が起こる恐れがあるからである。また、会社に罰則が課される恐れがあるからである。最後にあげた「政府役人」は在任中は外交辞令的なことしか言えない。厳重に口止めされているからである。したがって、現場にいて状況を最も的確に把握しているはずの人間が、事実上「さるぐつわ」をはめられ事実を述べられないのである。(p6~7,同)

いちいち引用していたらきりがないほど、シナの凄まじさを余すところなく書き記している本書は、中国五千年の歴史などという幻想によって眼を眩まされている人こそ、読むべきものである。財界人はなんとしても読むべきである。

各章の題目を挙げてみるだけで、暗黒大陸の凄まじさが知れようというものである。

第一章 光景

上海の乞食サンパンの群れ/中国を象徴する苦力/出まかせの嘘とポロリの本音/夜の上海/荒地から出現した上海は中国人の天国/協調より反目を好み共同作業のできない中国人/中国に暮らすとますます疑問が深まる/中国的貧困模様/チップを多く渡してはいけない/稼ぎのすべては食い物に/買い物ではお釣りを誤魔化される/同じモノサシは使えない/信頼できる者がいない/改革・進歩は幻

第二章 のどかな水田に隠された逆説

食糧供給に対して人口が多すぎる/『上海特急』/義和団事件/山東半島/揚子江を遡る/海賊対策/上海から海沿いに南下する/貨幣価値/荒涼たる景勝地/交通事情/飽食と餓死 

第三章 本当の中国人

苦力に見る本当の中国人/恩人を殺す苦力/人類共通の人情がない中国人/中国軍の強制徴用/中国人の特異性と残虐性/ユク神父の記録に残る、残虐極まりない話/残虐な死刑や拷問/拷問好きが高じて生まれた纏足/福州のコレラ騒動/本心から信者になった者はいない/病気、怪我に強い中国人/鞭で躾ける猛獣と同じ/政府に見放された癩病/ 追悼の誠がこもらない葬式/衛生観念がなく不潔極まりない/屎尿はどう処理するのか?/ 風呂にあまり入らない

第四章 中国的才能とその背景

複雑怪奇な性格と伝統./本当の中国人を知ることが対中政策改善につながる/歴史に見る中国人の変わらぬ気質/平気で嘘をつく/責任感がないから嘘をつく/嘘に振り回されるアメリカ領事/中国人は誠実で正直であるというのは大きな間違い/虚しい形式主義と面子/スポーツはもちろん、武を嫌う民族/敵の面子を潰すための自殺/金がすべての現実主義者/犯罪者の一族郎党を残酷に処刑する/現実離れした科挙制度/驚くべき忍耐強さ/学問不毛の国/金持ちの親戚にたかるろくでなし

第五章 進歩のない布教活動

口先だけの道徳/精神一到何事かならざらん/布教の活動の実態/不毛な布教の歴史/地味で研究熱心な宣教師/教会自体に問題あり/プロテスタントとカトリックの布教競争/ミッションスクールのからくり/宣教師の経済事情/宣教師にまったく感謝しない中国人/宗教観というものがない/知識人のキリスト教観/中国人はキリスト教を必要としない

第六章 宣教師の心

宗教に精神性を求めない中国人/入信させても無意味、かえって有害でさえある/国民党の監視下置かれるミッションスクール/排外的教科書で糾弾される宣教師/宣教師迫害の具体例/堂々と中国人と渡り合った二人の宣教師の話/学生に焼き討ち、略奪されるミッションスクール/幻影を抱かず現実に立ち向かった宣教師/虐殺されても中国人をかばう宣教師/写真による情報操作/領事の影の努力を知らない宣教師/世界最高水準の教育を受けながら思想家が出ない不思議な国/巨額の援助を不満とする中国人/民を思う指導者がいない/自虐趣味のアメリカ人

第七章 果てしない混乱 

混乱が途絶える日は一日もない/ビールの泡より早く消える愛国の士/現実を見る目がない宣教師/賄賂漬けで、愛国者がいないのが国家再生の最大の障害/世界市場類例のない中国の悲惨/蒋介石と宋一族/税関だけは正直な米英人を雇う/ユニークな人物あれこれ/いくつもある中央政府/食うために兵隊になるから命を懸けて戦わない/犠牲者は圧倒的に住民である/共産軍撃破情報の真相/匪賊の暴虐を目の前にしながら何もしない討伐軍や学者/金を見て消える愛国の情/兵隊にだけはなるな/盗賊のみならず政府軍も略奪する/あまりにもかけ離れた理論と実践/役に立たない警察/百姓を食い物にする悪代官/中国を映す鏡、福建省/腐りきった役人と軍隊/命の恩人のイギリス人に感謝どころか非難する孫文/自覚こそ立ち直りの一歩/大義に殉じる心がないから中国の混乱に終わりはない/国際監視機関をつくってはどうか/均衡のとれた混乱

第八章 阿片

欧米の麻薬製品制限協定/中国全土の路地から上がる阿片の煙/世界を欺く中国政府/アモイへの共産党の進軍も阿片獲得のため/解決策はない/阿片の歴史/阿片は中国人の国民性に合ったもの/阿片戦争の原因は外国人蔑視である/インドから中国へ阿片を持ち込まないことにしたが・・・・・・/阿片撲滅宣言の裏で稼ぐ軍と警察/中国が関わる東南アジア阿片事情/強力な権威で撲滅するしかないが・・・・・・

第九章 日本人と中国人

日本人と中国人/アメリカ人はなぜ日本人より中国人を好きになるのか/移民がもたらす日本脅威論/満州事変の背景/日本の大陸政策の背景/二十一ヵ条要求の背景/幣原宥和外交の恩を仇で返す中国人/ペテン師たちの排外運動/柳条湖の鉄道爆破/日本を非難し、中国人を弁護する宣教師/日本を非難し笑い者となったスティムソン国務長官/新聞が事実を伝えないから反日感情が高まる/第一次上海事変/民間人が多く死んだのには理由がある/最初の一発を撃ったのは中国軍と見るのが自然/軍艦を盾に賠償金を取った田村総領事/日本領台湾に憧れる中国人の行列/それでも変わらぬアメリカ世論/日本の満州占領に理あり/南京中央政府、またの名を国民党というやくざ集団/国民党の日本製品不買運動/満州国は三千万の中国人には天国である

第十章 アメリカ、極東、そして未来

中国とは国交断絶した方がよいが、できない/楽しい借金の踏み倒し/国務省よ、世論に従うだけでなく真実に目を向けよ/毅然とした態度を採れ/略奪魔を取り締まるどころか奨励する南京政府/千変万化の交渉術/結婚披露宴の祝儀を読み上げる/中国外交の危険性/労多くして功少なし/中国問題は日本にとっては死活問題/対中貿易は二パーセントに過ぎない/誇張されすぎる日本脅威論/アジアの問題児は中国/アメリカ企業は搾取していない。逆に人気の的である/南京虐殺は国民党に潜む共産勢力の仕業/パール・バックの偽善/事実を見て対中国政策の誤りを認めよ  

兎に角凄まじい。到底同じ人類が住んでいるとは思えぬほどのカオスっぷりである。こんな連中に幻惑された単純な米国に日本は叩き潰されたのかと思うと、英霊の方々が無念でならない。

これは決して過去のことではないのである。今も現に、日米双方の民主党及び、左派がシナに幻惑されている。もっとも、中には確信犯的に全体主義独裁体制を待ち望んでいる輩もいるかも知れんが。

本書の冒頭、一九九七年版の序文として、ウィリス・A・カート氏はこう述べている。

ところで、嘆かわしいことに、現今、どんなに立派な人物であっても、文化の違いを指摘する人には「民族差別者」というレッテルを貼る風潮がある。(中略) 民族間の違いを述べることができなくなる日が来た日には、完全な思想統制がなされてしまう。残念ながら、アメリカがそうなる日は遠くない。カナダ、イギリス、フランス、オランダ、オーストラリア等はすでにそうなっているようである。(p3,)

日本もそこまで来ていると見てよいだろう。地球市民主義、普遍的人権、耳辺りの好い言葉を並べて、体よく思想統制への囲い込みが始まっている。

一度与えた権利を取り返すのは困難を極めるだろう。単純に、数の論理からいっても日本人は分が悪いことを自覚すべきだ。 ますますシナ人に有利な時代が来ている。

自分たちは本国において、他国とは一切妥協せず独裁体制を維持しつつ、人口爆弾の投下によって“民主的に”世界をシナ化する方向に向かっていくのが、シナの戦略であろう。

シナ化した世界はどうなるであろうか。 著者のシナ観をもって語るとこうなるであろう。

破壊活動に苦しむのはなにも外国人とは限らない。中国人も苦しんでいる。なら、なぜ破壊行動をこれほど推進するのかと思われるかもしれない。国家としても経済観念がないからである。個人がいくら打撃を受けても、国全体としては何とも思わない。個人は自分の家計しか考えない。人がどうなろうと構わない。だから被害が広がるのである。お互い傷つけあっても平気だ。「仕様がない」と言うのである。生まれてくる。辛い目に遭う、虐げられて死ぬ。これの繰り返し。これが中国である。(p279~280,第九章 日本人と中国人)

砂粒の如くバラバラになった個人(市民)が、勝手気ままに振舞う砂漠のような世界となるか。個人と世界を繋ぐもの、中間組織としての国家を否定して、得られる世界がこれだとしたらたまったものではない。

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック

無料ブログはココログ