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2010年12月11日 (土)

学会の信心とはなんだろう

25年の信心経験で得た「創価学会の信心」をまとめてみました。
 
 最初に結論を言うと、
 
・自身の幸せを掴むのは自身であり、組織上で付き合う人間の言う事を鵜呑みにするな。
・自身の声を聞け。幹部の意見に従う義務はない。
・1遍の題目にすごい功徳がある。時間ではない。
・自分が自分を見捨てても御本尊は見捨てない。
 
 異論があるかもしれませんが、信心で得た事、組織とはなんなのかを列記します。
 組織にポジティブな意見ってありますかねぇ…。
 
1.信心
 
・悩み、希望を解決するのは本人の決意と御本尊。
・題目及び折伏(啓蒙含)には限りない功徳がある。
・諸天善神の加護は必ずある。不本意な結果は長い眼で見れば判る事もある。
・きつくなったら、引いてみるのも一考の余地あり。
・今日負けたら、明日勝つと切り替える。
・負けないのは勝っているのと一緒。
・永遠は瞬間の連続。今に未来の善業の種を撒け。
・たまには御書を読め。忘れている事も多い。
・永遠に明けない夜はない。1ミリでも進んでいる自分を褒めよう。
 
2.組織
 
・愚痴や相談事は信心の有無・役職に関係なく、個人的(経験的)に信用できる相手を選択すべし。組織に相談してはいけない。
・本人、家庭の問題点や個人情報は他人に言わない。体験発表等も回避する。組織に弱味を握られる。
・信濃町大本営(学会本部)の相談室は、指導能力に問題のある幹部に当たる可能性が少なくない。
 
・本幹を含めて会合に行くのはムダである。
・活動は虚勢を張り合う場であり、師弟とは忠誠心を競い合う事である。
・協議会は学会活動の場であり、信心とは無関係。
・組織の指示・命令・打ち出しを忠実にこなす「戦う学会員」しか評価しない。
・信濃町大本営が言う「学会は指導主義」は現場で過去に息絶えて久しい。
・役職及び○○長、○○責任者は、自発的にやりたい場合を除き、全力で回避する。受ける場合は本当にやりたいのか熟慮すべし。その場の雰囲気や幹部の言いなりで決めてはいけない。納得していない場合はなんと言われようが、反対する。その結果、他人に役職が回っても負い目を感じる必要はない。「あなたしかいないのよ」に誤魔化されないように。
・人材グループ(創価班、牙城会、白蓮)や守る会等は長期の活動になるので、薦める人の「すべき」の声でなく、自身の「どうしたいのか」の声を優先すること。
 
・池田原理主義者と口を交わすのは時間のムダ。彼らの眼に人間は見えていない。
・選挙は信心と直接関係はない。
 
・池田会長の真心を受け取るのは組織に踊る上層部の幹部らである。
・成果は幹部の手柄で、目標未達は会員のせいである。
・指導能力のある人は地上に存在しない。
 
・上層部(及び組織が認めた一部)しか拝めない御本尊、入れない領域、人材の囲い込み等が明らかに増加しているが、組織上の差別(創価宗門・下僕)と、御本尊から見える信心は別。
 
・過去と他人は変えられない。幹部に何かを期待するのは間違い。
・家庭指導に回る幹部は存在しない。もし立ち寄ったとしてもそれは組織の連絡に来ただけ。
・どの階層の幹部であれ、事なかれ主義なので問題は封殺される。
・一方で「金や女性問題が○○にある」等と婦人部幹部が騒ぐと、どの階層でも壮年部は問答無用で役職から落とされる。痴漢冤罪に悩む男性と同列である。
・だが、本当の問題児はなぜか組織上で出世する。
・外したくても謀反(情報流失等)の危険があるので、役職から引き摺り下ろせない幹部がいる。
・疑問を幹部に投げると、永遠の未回答前提の「○○に確認します」の一言で片付けられる。

 

・嫌いな人を無理に好きになる必要はない。嫌いなものは嫌い。自分のせいじゃない。・学会活動をムリして体や家庭・生活が壊れ、組織に出て行かなくなると使えない会員に格下げされて放置される。
・活動を控えたい場合は組織上の幹部に「御指導」を受けねばならず、「(境涯革命には)今引いちゃだめなのよ」だの、「弱さを克服するには更に前に進むのよ」等、心身疲労状態になっている人に鞭打つ幹部がほとんどである。
 結果として学会鬱が多発し、何を言われても反論する気力さえ失なっている人々を更に追い込む。
・信心すると元気になると間違った認識をしている学会員が多い。外科でも脳でも、病気になったら休まないといけない。

 

・使えない会員に組織は見向きもしない。しかし、会員が新聞を止めると地区の世帯購読率が下がり、啓蒙目標の世帯○○○%到達に必要な部数が増えるので、特に強化月間前を中心に未購読会員への新聞啓蒙が急増する。
 つまり、会員の暮らしぶりには興味を持っていないが、集計できるものには驚くほど敏感である。参加者数、購読率、啓蒙数、F数、広布部員数など、信濃町大本営に上がって来る数はこのようにできあがる。
 また、新聞購読停止や選挙支援拒否、退会をほのめかすと、やったら落ちるとばかり恐怖を煽る御書・指導を繰り出して引止めに掛かるが、当然相手の学会への心象は低下する。
・新聞啓蒙の目標未達成部数は、最終報告時の協議会に運悪く参加していた会員が(信心に応じて)自腹で自身に啓蒙するか、贈呈して達成となる。読みもしないのに何部も取るとは地球に優しくない活動である。
 すると、会合(圏活動者会等)で幹部が「全地区達成しました」と能天気に騒ぐ…(と思う)。
 
3.本尊や形式
 
 以下は私の解釈ですが。
 
・大御本尊は後世の製作。
 
・勤行に経文を読むのは宗門の踏襲であり、本来は題目のみで信心的には成立する。
 
 こんなところです。
 
 信心って幸せ・・・なのか?

junki氏のブログより転載させていただきました。

http://aoi-hoshi.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-4e73.html#comment-58352209

ちなみに自分は、会合に幹部を招くのを止めたらいいんじゃないかと思っていた。実際にそれを云ったこともある(キョトンとされただけに終わったがw)。

何故かというと、いつでもどこかで何かしら会合が開かれているわけで、それにいちいち幹部を引っぱり出してくるよりは、そんなものに出席しなくてもいいから思う存分折伏してくれた方が善くないか?、と思ったからだ。

だって、出て来ても池田名誉会長の指導を語るだけだからねえ。それなら書籍を読めば足りるだろ。自分の体験を語るのなら、一般会員も興味を示すかもしれないが、それがないなら、“あえて”幹部の口から名誉会長の言葉を聞く必要はないんじゃないのか?、ってこと。

特に本部幹部に対してそう思う。仕事と活動を両立しなければならない一般会員には出来ない“戦い”が、学会活動が仕事になっている本部幹部には出来るだろう。

その方が一般会員の皆様も、幹部が率先して“戦っている”と奮い立つんではないかと。オレは別としてw

もっとも、会員でない者からすれば、政治結社じみた真似を続けているうちは“信心”そのものも嫌がられるだろうけれどね。

 

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