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2011年1月21日 (金)

誰がため狼の死刑宣告

第二次大戦末期、ナチスに凛然と立ち向かった二人の男の物語。

舞台はデンマーク。

ドイツに協力する、犬どもを処刑していく男たち。

だが、そこには裏切りがあった。ただ二人のみ、真の友情によって結ばれていた。

彼らの純粋な愛国心は利用されていた。

いったい誰を信じればいいのか。正しいのは誰なのか。本当に死すべき奴は誰なのか。

どっちが勝とうが、生き残ることを考えている奴らの浅ましさ、汚さ。

それに比べて、あまりに真っ直ぐな彼らの“怒り”。

止むに止まれぬなんとやらである。

『 ただ、“生きる”ためなら降伏を、

だが、“存在する”ためには戦いを―』

好い言葉だ。

眼鏡の役者が渋い。

最愛の息子をチンピラに殺された男の、壮絶な復讐劇。

ケビン・ベーコンが凄かった。壮絶なる処刑劇であった。

ホッケーの有望な選手であった長男を、gas stationで給油中に乱入してきた糞ガキどもによって殺される。

たんなる度胸試しである。ガキどもの通過儀礼としての殺人である。

地獄の日々がそこから始まるのだ。

腐れ司法は滓どもにも“人権”があるとほざく。

陪審員を見方につけるのは無理だとほざく。

そしてまったく反省していない糞ガキ。

腸が煮えくり返る映画である。このまま泣き寝入りしていたのであれば。

だが、この映画は「狼の死刑宣告」である。

父は狼となって、一人で死刑執行を始めた。

彼にとってその選択は善かったのか。妻と次男もいたのだ。

家庭が崩壊していくその決断は、愚かであったのか。時間が癒してくれるのを待っていればよかったのか。

善良な市民として。

しかし、ガキどもは平然と更なる被害者を生み続けていく。そして司法は、滓どもにも“人権”を認めるのだ。

オレはこの父に同情する。結果から見れば確かに愚な選択をしたことになるのだろう。それでも、我が子を無残に殺された親の怒りに忠実に、復讐に向かったこの父親の潔さに喝采を送りたい。

怒りに身を任せ破滅に向かっていくその潔さに、清々しかった。

人権派どもは、彼らは社会の犠牲者なんだとしたり顔で抜かすだろう。彼らも更生することができるんだと。

しったこっちゃねえって。

奴らの生い立ちに原因があったとか、社会にも要因があるだとか、しったこっちゃねえって。

彼(ケビン・ベーコン演じる父親)を突き動かした怒りの元は糞ガキどもであり、その怒りに忠実であった。それで結構。

その後の彼がどうなってしまうのかは分からない。司法によって当然裁かれるだろう。事実上、人生終わったといってもいいだろう。ならばまったくの無駄なことであったのか。

幸せだった過去を見ながら、放心しているような彼のこころが癒されていたと思いたい。

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