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2011年2月

2011年2月27日 (日)

東電OL殺人事件

東電OL殺人事件
著者 佐野 眞一
販売元

新潮社

読後感:☆☆

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【1997年3月8日深夜、渋谷区円山町で、女性が何者かによって絞殺された。

被害者渡邊泰子が、昼間は東電のエリートOL、夜は娼婦という2つの顔を持っていたことがわかると、マスコミは取材に奔走した。

逮捕されたのは、ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ。娼婦としての彼女が、最後に性交渉した「客」であった。 彼女は私に会釈して、「セックスしませんか。一回五千円です」といってきました―。

古ぼけたアパートの一室で絞殺された娼婦、その昼の顔はエリートOLだった。なぜ彼女は夜の街に立ったのか、逮捕されたネパール人は果たして真犯人なのか、そして事件が炙り出した人間存在の底無き闇とは…。】

あの事件があったのは今から14年も前になる。被害者が東電の管理職という昼の顔と娼婦という夜の顔を持っていることが分かってからの、mediaの狂乱ぶりというのも、実は自分の記憶には残っていない。
なのに今自分は、この渡邊泰子という人に“発情”してしまった。著者の言葉を使えば、それは発情としかいいようのない感情だとおもう。
これもまた著者の言葉を借りると、この事件の持つ“文学性”が、この発情を起させるのかもしれない。
いったい犯人は誰なのか?
 
本当に不法滞在のネパール人、ゴビンダ・プラサド・マイナリなのか?
そういう犯人探しではないのだ。オレが発情しているのは被害者である渡邊泰子という人、あるいはその“生き方”に対してなのだと思う。
不謹慎なのは分かっている。一人の命が奪われたのだから。
何を云おうと、この事件について語ること自体が死者に鞭打つことになるような気はしている。
そっとしておくこと。ただ、そっとしておくこと。それだけなのかもしれないとも思う。
しかし、彼女は忘れて欲しいのか?
本当に、このままたんなる事件として忘れ去って欲しいのだろうか。
解らない。
まさにこの“解らない”ということにこそ、この人に発情してしまう理由がある。
『謎という水を満々とたたえて決壊寸前にある巨大なダムのような存在』(p441,あとがき)なのが渡邊泰子という人なのであり、遺族の方たちが“そっとしておいて欲しい”と思うほどには、かの女自身は忘れられたいとは思っていないのではないかと思えてならないのだ。
1997年3月8日深夜、京王井の頭線「神泉駅」のすぐそばにある、木造アパート「喜寿荘」の一室で、死後11日も経って彼女は発見された。

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半地下形式の居酒屋、「まんぷく亭」の店主も、二階に住む老夫婦にも気づかれることがなかったその時、誰が、何の為に。
著者は捜査当局が“眼をつけた”このネパール人には、冤罪の可能性が濃厚であるとみて取材している。
なるほど、そこも重要ではある。今まさに、二人目の被害者がこの事件から出ようというのだから。
が、読者として欲を云わせて貰えば、著者にはあくまでも渡邊泰子という人にもっと迫ってほしかった。
下衆であるのを承知でそう思う。
著者、佐野眞一は何度も“こころの闇”、“堕落”という言葉を使っている。
そして著者は、泰子の“堕ち方”を「大堕落」と呼ぶのに対して、この事件を見つめる社会のあり方を「小堕落」と呼んだ。
しかし、ならば著者には本書を書き上げるにあたって、
「私の本意は彼女のプライバシーを暴くことではない。あえていうならば、この事件の真相にできるだけ近づくことによって、亡き彼女の無念を晴らし、その魂を鎮めることができれば、というのが私のいつわらざる気持ちである。」(p10~11,プロローグ)
という前書きを云って欲しくなかった。自分の仕事の評価は読者に委ねればよいではないか。
渡邊泰子が自分の生き方に言い訳したろうか。
「人間なんて、所詮こんなもんでしょ?」
彼女の生き方からは、そんな声が聞こえてくる。
ジャーナリストだとか、社会的な立場だとか、そんなものが自分の本質を本当に表しているのかと。
自分の行動を着飾るのは、彼女のこころの深遠からむしろ遠ざかることなのではないか。

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著者はそれでも、間違いなく渡邉泰子に発情しているさまを随所で見せつつ、事件の真相に迫ろうとしているが、それをやるならばもう一冊使って書くべきであった。そうして欲しかった。

著者は本書を出して一年後には、「東電OL症候群」を書いているのである。ならばやはり、一冊は被害者である渡邉泰子という“存在”、その深遠に迫ったものを書き、次に捜査当局と司法の闇に迫ってもらいたかった。
著者は泰子の足跡を辿り、円山町、泰子の永福の自宅、彼女の眠る多摩丘陵の墓地、円山町を作った人々の故郷、奥飛騨、さらには容疑者の故郷ネパールにまで取材に向かっている。
尤も、ネパールまで向かって得たものに、どの程度の意味があったかは疑問だ。
本書を読んでいて、最も自分のこころを捉えてくるのは、土地である。彼女が足跡を残した土地に纏わる物語。その土地の声が聞こえてくるような感覚。

富山県境に近い岐阜の奥飛騨に御母衣ダムがある。その水没した地を立ち退かされた人びとの一部は東京に移住してきた。

やがて渋谷区円山町で旅館業を営むようになる。

水没した土地と、ラブホテル街円山町が“地下茎”で結びつく。

そして、その円山町の“夜の底”に沈んだ東電OL。

ダム=電力=東電。

著者はこの事件に文学性を感じたようだが、まさにこの著者の発情のしかた、彼女に魅せられてしまった、そののめり込み方に自分は引き込まれたのだ。

だからこそ、法廷の記述が始っていくあたりから、自分のこの感情の昂ぶりが“断絶”されてしまったのだ。

真相に迫りたいのも分かる。容疑者を救いたいのも分かる。冤罪の可能性を指摘しなければという、ジャーナリストとしての使命感のようなものも分かる。

だが、どうしても法廷と司法の闇を描くあたりからは、渡邉泰子が消えてしまうのだ。彼女の存在感が消えてしまう。

何か、真相を掴もうとすればする程、彼女はすり抜けていく。そんな気がする。

法廷という全てを明らかにするべき場所には、渡邉泰子は立ち表れてはこないのだろう。

この事件は、純粋に犯人を追っていくだけでも立派な本を書けるはずである。彼女の客には、元総理経験者の息子の名前もあったらしい。

そこに迫った本を書いてもいいのではないかと思う。ただ、それは渡邉泰子の物語とは別箇にやってもらいたい。

本書では、彼女の“こころの闇”と事件そのものの真相にまで迫ろうとしたが為に、どちらとも中途半端になった感は否めないと思うのだ。本書のreviewを読んでも、かなり厳しい評価がされているのはその辺にあるのだろう。

ただ、本書に出てくる土地に実際に立ってみたい、そんな気になってしまう魔力はある。それは渡邉泰子の放つ磁力なのだろうし、それに魅せられてしまった著者の“発情”が、読み手の自分にも伝わり、まさに“発情”してしまっているからなのだろう。

彼女の存在そのものが文学になっている。そんな気がしている。

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【演劇】 『第三柿沼特攻隊』

【あらすじ】

妻に逃げられ、男手一つで娘を育てる冴えない父親。リストラされ再就職も見つからず酒に溺れる
中年男。生活保護を受けながら細々と暮す家族。幼い子を抱えキャバレ-で働く女。借金で親が夜逃げし残された子供。働かずその日暮らしのジャンキーの若者。そして孤独死した老人の亡霊。
今にも崩れ落ちそうなボロアパート『第3柿沼荘』。
貧困と格差社会の中で懸命に暮らす人たちを描いた、可笑しくも、チョッピリ悲しいハートフル
コメディ。

【感想】

たぶん北海道では一番知名度の高い劇団なのだと思う、イナダ組の東京公演である。

皆さん好い芝居していたし、舞台のセットも好かった。本当に人が住んでいそうな佇まいである。

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この劇は孤独死の老人に纏わる哀しい記憶が底に流れていて、やがてそれが水面に上ってくるように物語は進む。

貧困、格差といった現代の社会的問題を、昭和の臭いを漂わせた佇まいに暮す人びとを通して描く、なかなか好い舞台だった。笑いも外してなかったし。後半は若干説教臭くはなってしまっているが。

知名度のせいもあるかもしれないが、サザンシアターを客で埋めるのは難しいかも。

27日が最終公演である。

ここは確か、大泉洋も関係のあった劇団ではなかったかな。

全国的に知られる劇団になってほしいなと思った。

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2011年2月25日 (金)

「5月に戻る」腐れ毛唐、日本向けクロマグロ漁にテロを予告

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110225/erp11022511440004-n1.htm

「5月に戻る」シー・シェパード代表、日本向けクロマグロ漁に過激な妨害を予告 - MSN産経ニュース via kwout

しっかしあれだな、いつになったらこの環境terroristの腐れ毛唐どもをぶち殺すんだ?

銃弾を大量にこの薄汚ねえ腐れ毛唐どもにぶち込めばいいだけじゃねえのwww

いってみりゃこいつらの云ってる、鯨やイルカは知的な生き物だから食べるなだの、絶滅しかけてるだのってのは、たんなる信仰告白だろうがw

科学的な検証に耐えられるような主張じゃねえだろ。

どうせその論理で世界に植民地を作ってきたわけだろw

有色人種を劣った生き物と見て、知性のある白人が利用すべき資源ということで殺戮してきたんだよねえwww

鯨やイルカほど可愛くなかったがために!つД`)・゚・。・゚゚・*:.。

君たち毛唐どもはまったく、南米でも北米でもアフリカでも、そしてアジアでもw(ノ∀`) アチャー

殺っちまえよ。殺っちまえって(´,_ゝ`)プッ

望みどおり鯨とイルカの為に殉教させてやれよwwwwwww

殺らねえと逆にこいつらに殺られるぜwww

なにしろ白人毛唐至上主義だからな、所詮(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

動物保護だ?

誰がそんな戯言を信じるかってw

どんなアホどもから資金提供されてんだよterroristども!`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

2011年2月23日 (水)

【演劇】 ザ・シェイプ・オブ・シングス~モノノカタチ~

【あらすじ】

アダム(向井理)はさえない大学生。ずっと気になっていたジェニー(川村ゆきえ)にも結局告白はできず、彼女は自分の親友フィリップ(米村亮太朗)と婚約をするまでの仲となっていた。ある日、美術館の警備のアルバイトをしていたアダムは、美しい芸術大学院生のイブリン(美波)に出会う。イブリンはペンキのスプレー缶を持ち、巨大な人物像にあるモノを描こうとしていた…。

この出会いがきっかけでふたりは付き合い始め、アダムはイブリンから色々とアドバイスされるようになる。髪型を変えたら?もっと痩せて鍛えたら?アダムは愛ゆえの言葉と捉え、彼女の言う通りに実行していく。外見も振る舞いも垢抜け、洗練されていくアダム。いつしかそんな彼をとりまく周囲の環境までもが変化していた。

【感想】

今をときめく向井理主演の舞台ということで、圧倒的に女性たちが会場を占めていた。

野朗が乗り込むのは、かなり過酷な気分を味わうことになろう。完全Away状態。

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尚且つ、この青山円形劇場というのは思っていたよりも狭い。最後列の席でも充分役者の顔は見えるはずである。

この種の舞台は初体験なため余計な緊張を味わうはめになった。

舞台の向い側の席にいるひとたちと目が合ってしまうのである。普通の舞台ならば、自分が役者を見ているだけなのだが、この劇場の場合、なぜか自分も衆人の目に晒されているような感じがしてしまうのである。

しかも、座っている場所によっては役者の位置によって、視界から消えてしまうことも度々。

嗚呼、川村ゆきえ嬢が見えないところに・・・・。

そんなこんなで始めはこの状況に面くらい、役者が科白を云うのに合わせて、右に左に顔をきょろきょろ(役者の立ち位置によってはそうなってしまうのだ)させ、若干途方に暮れていた(なにしろAwayなんで)ものの、そこはしだいに役者たちの放つオーラに引き込まれていった。

24日が都内では最終公演となる。女性は勿論ほっといても観に行くだろうが、野朗もぜひとも行ってみることをお奨めしたい。

これは難しい内容ではないので、ほとんど語ることもできない。まぁ、残酷な話ではある。

この舞台の主題はなんだろう。 「芸術の定義」か。

無機物から「美」を造形することだけが「芸術」なのか?

人生を・・・・・・、云えませんな。

まぁ、これを現実にやったら“こいつ”はフルボッコ間違いないだろうね。

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出演者についてはもう、演技もさることながら兎に角「美しい」ですとしか云いようがない。向井理は顔小さいし綺麗です、ハイ。彼にダサくてモテナイ男をやらせるってのも無理がある気がするんだ。うん。

ダサい男がカッコよくなるって劇的な変化も、素材が向井理では劇的になら・・・・。

ところで、劇中で向井理米村亮太朗が飲んで捨てたペットボトルがゴミかごに入ったまま舞台の下に置かれていて・・・・。

誰かこっそり“それ”を持ち帰る猛者が現れないかと見てたが、さすがにそれはなかったな。当たり前かw

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しかし、劇が終わった後も、しばらく放心するなこれ。

男と女では観かたは違うのだろうか。

2011年2月21日 (月)

大陸漂流

【ニューハンプシャー州の田舎町カタマウント―雪のちらつくある寒い日の午後、修理工のボブ・ドゥーボイズは突然自分の人生に耐えられなくなった。何ひとつ大きなことを成し遂げないままに、この寂れた町で30歳をむかえてしまった。だが、自分にはもっと華々しい未来がひらけていたはずではなかったのか。

ボブは人生のやり直しをかけて全財産をステーションワゴンにつみこむと、妻子をつれて夢のフロリダへと旅立った。

一方そのころ、やはり夢を求めてアメリカへ渡ろうと苦闘している若いハイチ人の女性がいた。アメリカに行きさえすれば、何もかもうまくいく―。そう信じて彼女は、自分の赤ん坊と幼い甥とともにカリブ海へと乗り出していった。

やがてふたりの人生が交鎖したとき、そこには思いもかけぬ運命の罠が…。やみがたい衝動に突き動かされてアメリカン・ドリームを追い求め、人生の意味を模索しつづける男ボブ―その魂の叫びを壮大なスケールと力強い筆致で描ききった、ロード・ノヴェルの最高傑作。】

『大陸漂流』

ラッセル・バンクス:著

単行本: 408ページ

出版社: 早川書房 (1991/10)

CDにジャケ写買いがあるように、オレは結構装丁で本を選ぶことがある。この本もそれ。

オレの好きな辰巳四郎の装幀なのだ。

大藪春彦の小説は、彼の装幀が好きだからあえて文庫本で買っていたくらいなのだ。

11年ぶりくらいで読み返してみた。この読後感は変わらない。

この余韻。

Russell Banks の小説は、どんよりとした空を見ているような気分にさせられる。この感じは「狩猟期」では、より強くなっていたが、小説としてはこの「大陸漂流」の方が心惹かれるものがある。

Haitiから密入国という危険を冒しても、そして北部New Hampshireから人生をやり直すために、二つの人生はFrolidaを目指す。

そこに行けば違う人生があると信じて。

なれた仕事を捨てて、家族と共に南を目指す白人の男と、ただ“生きること”それ自体の過酷さに耐えかねて、北を目指すHaiti人。

先の見えた自分の人生にうんざりした白人の男と、人生を想像することすら困難であろう境遇にあるHaiti人。

家財を詰め込んだ車で広大な大陸を走る白人の男と、持ち物など何も無く、汗と汚物の悪臭漂う船倉で何度も犯されながら海を渡るHaiti人。

共にこの冒険的行為に賭けたのだが、かけ金は明らかに違う。

ある意味白人の方は贅沢な冒険と云えるかもしれない。

Haiti人の方はもっと絶望的だ。絶望を突き抜けた冒険。

これは行間から呻きが聞こえてきそうな、そんな物語である。

Russell Banksの語り口がその気分を高めている。 ときに饒舌になり過ぎるきらいはあるが(この小説ではブードゥーが重要な要素になっている)、詩人的記述とでも云えばよいのだろうか、人物たちの科白にではなく、心象風景と情景描写に重きをおく作風はHugoに似たものを感じる。Hugo程には脱線しないが。

兎に角余韻の残る物語であり、自分にとって決して手放す気にはならない本の一つである。

読後感:☆☆☆

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2011年2月20日 (日)

【演劇】 南へ

   

蒼井優と妻夫木聡を同時に見られるという美味しい芝居である。しかも作・演出は野田秀樹。

前売り券は入手できず、当日券で観てきた。

野田秀樹作だから、ハズレはまぁないだろうと思っていた。

期待通り、いや、それ以上に魅せてくれた好い芝居だった。

芝居を観るとき一番不安なのは、笑いのツボが自分に“合う”かってことなのだが、そこは野田秀樹である。彼の著作「誰にも気づかれずに大バカが治る」で大変笑わせてもらったので、その辺は心配なかった。

【あらすじ】

火の山が大好きな男(妻夫木)が、火山観察所に赴任する。
その赴任先で待っているのは、虚言癖の女(蒼井)。
やがて、大噴火の噂が流れる。流れるのは、噂だけか。
それとも、本当に溶岩が流れ出すのか・・・。
不確かな情報、予知、夢、噂、群がるマスコミ・・・
「信」じられないものばかりで織りなされる、まことしやかな火の山の物語。

【感想】

結構辛口な評価がされているようですが、自分は充分満足できる作品でしたね。

作者の云わんとしていることの、半分も理解出来てはいないだろうけど。

この山は噴火するぞと訴える、観測所の新人(妻夫木)。それを信じない仲間たち。そこに蒼井優演じる謎の女。

この劇の主題はなんなのか。オレの頭で想像つくのは、以下。

「真実」とは何か。「信じる」とはどういうことか。「自分」は何者なのか。そして、それを「証明」できるのか。

「天皇制」って言葉ははっきり云って嫌いなのだけど、劇中で「この国は天皇を利用した詐欺の歴史」云々という科白が出てくる辺りからいっても、この劇に内在している主題は、左に針が振れているのは間違いないね。

ならば解釈の難しい作品になるのは、致し方ないね。左翼は小難しい言葉遊びが好きだからな。

尤も、野田秀樹を右・左で片付けたくもないけどね。割と好きなんで。

確かに難しいな。解ったといったら嘘だし、かといって、解らなかったから面白くないってわけじゃない。充分楽しかったのだから。

この作品をどう評価するかは、演劇に何を求めるかで評価が分かれると思う。単純に娯楽性を求めるのか、芸術性を求めるのか。

勿論、娯楽にも芸術性はあるし当って然るべしだけど、芸術であることに拘るならどうしても観る側に解釈を任せるという作りになってしまうだろうと思う。

そしてこの作品は、強いて云うと後者の方かと思う。充分に娯楽性はあるんで、自分は満足したからそれで好し。笑いのツボもばっちりだし。

あと出演者について云うと、妻夫木聡は声にも魅力があってなかなか好い役者ですね。

そしてやっぱり蒼井優は好いよw 声量の問題はあるけどね。一階席の最後列だったけど、オレには問題なく聞こえたんで好し。

しかし子供っぽい声でしたな。まぁ、そこが萌えではあるがw

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2011年2月19日 (土)

4島返還反対90%に増加 ロシア無頼、対日感情も悪化

http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021801000927.html

4島返還反対90%に増加 ロシア、対日感情も悪化 - 47NEWS(よんななニュース) via kwout

まぁ、実効支配している方に分があるってことになるんだわなぁ。

ってことで、日本は今後ロシア無頼の都合のいい経済協力なる要求には、上から目線で対応していきゃあいいわね。

てめえらどうせ分捕った領土返す気はねえわけだしなw

しかも、なにやら「北方領土自由貿易圏」構想なんぞを打ち出してきたそうな。

盗人猛々しいwww

そこに早くもシナ畜が参入するっつってなw

類は友を呼ぶね~。

だからコンスタンチンだかいうガキなんて放っておけっつったんだよwww

露助を助ける必要はねえw

せいぜいシナ人の人口侵略に手を焼いてろ。

なんてったって、大トルストイを生んだ“偉大な”ロシア無頼なんでwww

2011年2月17日 (木)

道鏡・狂人遺書 

道鏡・狂人遺書

坂口安吾:著

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 読後感:☆

【目次】

道鏡

梟雄

織田信長

狂人遺書

家康

イノチガケ

:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+

安吾の歴史観と人物観・人間観を読む。

信長、秀吉、家康等々、安吾は史上の人物を英雄視して書かないところが面白い。

司馬遼太郎などを読んで、血湧き肉躍る思いを味わったら、安吾のちょっと醒めた目線で歴史を見つめてみたい。

朝廷の女性政治。天下人たちの武勇伝。神の教えを布教するため、海を渡ってきた伴天連の宣教師。

高貴な血筋の皇室だって、いにしえの時代はもっとドロドロした人間模様を見せていただろう。帰化人との確執。正統性の証明。古事記や日本書紀の編纂もそのためか。

武士道と云ったって、死ぬのが本統に怖くなかったら狂人だ。腹を切る恐怖を思わないわけはない。天下人になっても憂いは消えぬ。

処刑の際に神を疑わない者など居ようか。

安吾を通して過去を見る時、饐えた匂いがする。オレにとっては、そこがこの作家の魅力ではある。

 

2011年2月14日 (月)

魔都の封印を解け!

「世界エトランゼ街道 魔都の封印を解け! 」

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大高 美貴:著

出版社: 防衛弘済会(2008/4/8) 読後感:☆

女一人旅。 世界80カ国以上の最深部を旅した著者が、独自の視点で綴る、世界路地裏ドキュメント。

1 魔都・百年の呪縛
2 幻想の満洲帝国
3 歴史の交差点
4 革命は幸福を招来?
5 産油国の憂鬱・非産油国の幸福
6 悪魔も苦笑する悦楽の国
7 ダビデの記憶

チャンネル桜でお馴染みの、大高 未貴の本。世界を見聞した著者によって、あの国の知られざる一面が明かされる。

上海、香港、ハルピン、長春(新京)、瀋陽(奉天)、ペシャワール、テヘラン、バチカン、ベネチア等。

まぁ、一生行くことはないだろう地域ではあるが、シナや西アジアなんかはなにかとヤバイ地域で世界を騒がすから、知っておいて損はないだろう。

反日のシナ、反米の中東など、一面的にしか知らなかったが、たとえば中東なんかは実は宗教の締めつけにうんざりしていて、ひそかに欧米の音楽や映画が大好きな人たちが多いってことである。思わず、“だろうなぁ”と思ってしまった。今どき戒律でガッチガチな生活なんか誰が好き好んでするかって話だ。

この本を読んで感じたことは、著者のあとがきに凝縮されて書かれていた。つまり、日本人に生まれて好かったということ。いかにこの国が恵まれているかと、感謝するほかない。

「この街で高いものは、日本製の電気製品と海外への亡命ビザと賄賂。安いものは人命と銃と麻薬です」と云う、アフガン亡命者。

生まれ変わったら二度と中国人には生まれたくない。豚になったほうがマシ!」と云うシナ人。

“アフガニスタンやパキスタンでは、元共産主義者や殺人狂、強姦魔のムジャヒディンがタリバンの仮面を被ってアフガン政府の中枢に存在した”

“タリバンを、欧米に敵意を燃やす狂信的テロリスト集団、またはアフガン再建、復興に命をかけた聖戦士の一団と単純に捉えると、真のアフガン情勢が何も見えてこない”

人間の本性ってものを見つめれば、本書で報告されている実態に納得するだろう。「そんなもんだよ人間って」と思うはずである。

アメリカ・イスラエルが中東の悲劇の根源であるかのような見方は、ものごとの一面しかみていないということだ。

“「問題は神だ!わずか1平方キロの旧市街に非寛容な3つの神様が互いにいがみあいながら君臨している」と憎々しげに舌うちをした”というユダヤのジャーナリスト。

宗教ってやつは問題を拗らせるなぁ。「信者」と書いて“儲かる”と読ませるとは実に滑稽ではないか。しかし真実を突いていると云える。

日本人の融通無碍な、時に無節操にも見える宗教との付き合い方が、やっぱり一番利口なんではないだろうか。

ところでシナ人は、戦時中の日本兵がいかに残酷であったかという宣伝工作を世界中で仕掛けているが、それに対して著者が面白い指摘をしている。

 日本の漫画家、小林よしのり氏に触発され、2005(平成17)年、中国で『論日本』という反日国策(?)漫画が発売されたが、それには“日本人は食人が好きなので死体を砂糖漬けにして食べた”“日本軍は残虐で、殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くす三光作戦を展開した”などの記述がある。アメリカの心理学者S・キーンの『敵の顔』によれば「敵のイメージは自我の否定的側面から構成される」とある。つまり「自分たちならこうする。だから日本人もそうなるに違いない」という深層心理から生まれた記述なのだ。ちなみに日本語の“光”に「殺す、焼く、奪う」といった意味はない。

 ところで“生きて虜囚の辱めを受けず”という戦陣訓は日清戦争の時に生まれたものだ。日本兵が中国側に捕まったら最後、想像を絶する拷問が待ち受けていた。生きたまま耳を切られ、目を潰され、腕や足を切られ、何週間もかけてジワリジワリといたぶられながら殺された。そこで日本軍の司令官が「敵の捕虜になったら最後、地獄の苦しみを味わう。そうなるまえに自決せよ」と部下に指令を出した。それを第2次世界大戦の時、東條英機がまとめたものが戦陣訓で、いわば中国との戦争から生まれた軍人心得なのだ。(P20~21,魔都・百年の呪縛)

これは知らなかった。だが、知ってもまったく驚かない。シナ人の残虐さは常識であるからだ。歴史が証明している。それを指摘している本に、ラルフ・タウンゼントの「暗黒大陸 中国の真実」があるし、「中国の戦争宣伝の内幕」というフレデリック・V・ウィリアムズの本もある。

ウィリアムズの本も酷かった。あんな薄い本なのに、読むのが辛かった。発狂した。

それは兎も角、シナ人の残虐性はシナ人によって編まれた「水滸伝」なんかを読んでもはっきり分かる。人を殺すということにかんして見せるシナ人の驚くほど乾いた感性に、唖然とさせられるのだ。

2011年2月11日 (金)

ムバラクは池田名誉会長に学べ

【中国・広州の著名な肖像画家・曽海涛氏から、油彩画(写真、100号、横160センチ×縦130センチ)が届けられた。ピラミッドを望みながら握手を交わす池田SGI会長とエジプトのムバラク大統領が描かれている。
 氏はこれまでに、SGI会長と周恩来総理夫妻、キューバのカストロ議長との語らいなどの油彩画を描き、意義深き場面を歴史に留めている。
 SGI会長とムバラク大統領の語らい(1992年6月)では、21世紀に世界を善の方向へリードし、「人間」をつくりゆく教育の重要性で意見が一致した。
 後年、SGI会長は、ピラミッドの偉観を前にした心情を綴った。
 巨大なる金字塔(=ピラミッド)を地上に生んだ、「民衆」の力こそ永遠なりと――。】

ムバラクも名誉大統領になったほうがいいんじゃないか。

若しくは、生きながらにして永遠の指導者に昇格するとか。

あと、気持ちは分からんでもないが、世襲は止めとけよw

>SGI会長とムバラク大統領の語らい(1992年6月)では、21世紀に世界を善の方向へリードし、「人間」をつくりゆく教育の重要性で意見が一致した。

その善の方向ってやつは、明後日の方向なのか?

>「民衆」の力こそ永遠なりと

その「民衆の力」が、まさか自分に向かってくるとはムバラクは思いもしなかったのだろうなw

といっても、一説ではこの反乱している「民衆」ってのは、ムスリム原理主義が主導しているとも云われるわけで、オレとしてはどっちにも感情移入しにくいんだが。

しかしまぁ、こういう場合政治的指導者ってのは弱いね。社会が腐敗しているのは政治の責任だってことに、どうしたってなるもんな。

その点いくと、宗教的指導者ってのは強いよな。何かあっても信心で受けとめろって云えるから。

【演劇】 百万回生きた猫と一回だけ生きた人

【劇団紹介】

2009年6月より都内を中心に活動している集団。
名前の由来は団員全員が大雑把な人たちなのでラフメーカー(Rough-Maker)。
舞台だけでなく、あらゆる映像企画なども視野に入れて、活動をしている。

【あらすじ】

冬の乾いた高い空。
とある病院の病室で、とある患者に送られてきた一通のメール。
窓の外には一匹の猫。
猫があくびをする度に、ここが病室なのかどこなのか。
気がつけば、ひたすら猫に振り回される一同。
百万回生きた猫と一回だけ生きた人が巻き起こす、9日間の不思議な出来事。

【感想】

まず、内容は変更されていた。猫は出ない。さすがに、本物の猫に演じさせるのは難しいだろうし、かといって人に猫をやらせるというのもアレだし、と判断したのかも。

“気がつけば、ひたすら猫に振り回される一同”ということからすると、当初の予定では喜劇になるはずだったのだろうか。尤も、充分に喜劇ではあったが。

最後は“ほろり”とさせる科白が結構でてくる。

「百万回生きた猫」というあの絵本の終わりを、どう解釈するか。あの猫の物語は哀しい話なのか、幸せな話なのか。

愛する人を失うということに、どう向き合うのかというのがこの芝居の主題ということになるのかな。

登場するのは、変な患者と変な医者と変な看護婦たち。基本的に変な人が多い。

で、前半はこの変な人たちによる、変の強調が若干しつこいと思った。

まぁ、舞台に普通の人しか出てこないんじゃ、面白くもないってことになるんだろうからそこは仕方ない面もあるか。

それで、舞台は病院のロビーでいいのか、ここで展開していく。

ネタばれになるので細かく書くわけにもいかないんだな。14日が最終公演である。

小学校の学芸会でちょっとした科白しかしゃべったことがない自分にとっては、よくこんな長い科白を憶えられるなと関心してしまう。しかし、どっかで科白が出てこなくなってしまったらどうすんだろうかと、ハラハラしながら観てしまったw

普段は映画を観るのが中心だが、やっぱり生の舞台は好いわ。

オレ、最後に役者たちが全員出てきて、観客から拍手を浴びているあの姿が好きなんだわ。見てるこっちも幸せな気分になるから。

「雨音が拍手の音に聞こえるから、僕は雨が好きなんです」と云った別所哲也は、さすが役者である。役者という生業の素晴らしさをこんな素敵な言葉で語るとは。

会場から出るとき、役者たちのお見送りがあったので照れるw

こんな時、役者に応援の言葉をかけたりとか気のきいたことでも出来ればいいんだけど(やってるおばちゃんたちがいた)、オレはそういうのが出来ないんだな~、照れくさくて。

 不道徳教育

671

ウォルター ブロック/不道徳教育

講談社 (2006/2/3)
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

読後感:×

【全米に大論争を巻き起こした超ロングセラー人気作家初の「超訳」でついに日本上陸!!
「自由」とは何か。国家の、企業の奴隷として生き永らえることがあなたの人生か。売春婦、シャブ中、恐喝者、悪徳警察官、闇金融……彼らこそわれわれのヒーロー(!?)だ。ニッポンの閉塞を打ち破る奇想天外リバタリアン・ワールド!
あなたはもっと「自由」に生きていい??】

反社会学講座」と系統は似てるな。本の装丁がおちゃらけているのも、内容の急進性を和らげるためか。

しかしどうもオレは頭が堅いらしい。著者の云わんとしていることは分かるのだが、心からその通り!、と同意できない“なにか”があるのだ。

いい加減なわりに保守的なんだろうな、オレ。

結論から云ってしまうと、著者から云わせれば“国家が最大の悪徳”だということになるらしい。

この辺がどうにも“引っかかる”ところなんだなぁ。 オレにとっては国家を否定する奴は皆、凶惨野朗に見えるんだわw、困ったことに。だから読後感は×1つ。思わず“二ヤリ”とするところも結構あるけどね。

目次見ただけでも笑えるよ、列挙されているものが凄いんだもんね。

『売春婦』

『ポン引き』

『女性差別主義者』

『麻薬密売人』

『シャブ中』

『恐喝者』

『2ちゃんねらー』

『学問の自由を否定する者』

『満員の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴』

『ダフ屋』

『悪徳警察官』

『ニセ札づくり』

『どケチ』

『親の遺産で暮す馬鹿息子』

『闇金融』

『慈善団体に寄付しない冷血漢』

『土地にしがみつく頑固ジジイ』

『飢饉で大儲けする悪徳商人』

『中国人』

『ホリエモン』

『ポイ捨て』

『環境を保護しない人たち』

『労働基準法を遵守しない経営者』

『幼い子どもをはたらかせる資本家』

これを全部擁護してみせるという本書。 まぁ、これを読んで目が覚めちゃうってほどの感動はなかった。でも、著者から教えを請うというより、著者との対話だと思えばそれなりの益はあるかも。

中にはいくつかは、共感できるものもあるのだがねぇ。たとえば『慈善団体に寄付しない冷血漢』って項目。

これはとくに言い訳する必要もないわな。寄付しないからって冷血漢呼ばわりするか、普通。多分、米国社会にはそういう“ええかっこしい”が多いからなんだろう。結構建前社会な気もするね。

社会的背景は兎も角、慈善というその哲学自体が狂っていると著者は指摘するのである。それは、この哲学の背後にあるのは「完全なる富の平等」への要求であるからだという。ただ、ここで説明されている例は極端な気がしたし、そっちの意味で否定するのかと、オレの思うところとは違っていた。

『環境を保護しない人たち』では、単純に現在利用している資源を保護するよりも、地球資源を搾取し、浪費し、代替品の開発という科学技術の進歩を促す方を指向すべきだということである。

 自由な市場では、資源を使い果たすことは深刻な脅威にならない。資源の欠乏が進めば、それを修正する強い力が自動的にはたらくからだ。

 たとえば、もし木材が供給不足に陥ればその価格は上昇する。その結果、消費者は木材を使わない製品を買うようになるだろうし、メーカーは木材の代替品を積極的に利用するだろう。(p275,自由な市場こそ地球を守る)

『麻薬密売人』『シャブ中』については、他にもその手の本は出てるから、目新しい主張はないね。

麻薬を規制することで、かえって地下経済が肥えるだけだっていう指摘は多い。それに加えてこの著者は、薬の密売人が薬の末端価格を引き下げて、そのことによって「シャブ中」を「救っている」というのであるw

売人が1人増えるたびに薬の末端価格は下落する。逆に「法と秩序を守る警察」の働きによって、薬が手に入りにくくなると末端価格は上昇する。その結果どうなるか。

シャブ中による犯罪は、薬物依存症でない者が手がける犯罪よりもはるかに悲惨な結末を迎えやすい。中毒者でない犯罪者は、盗みをはたらくのにもっともよい時と場所を選ぶことができる。しかし中毒者は、「一発」が必要になったらじっくり考えている余裕などなく、しかもそういうときにかぎってドラッグの副作用で頭が鈍くなっているのである。(p92,シャブ中はなぜ犯罪者となるか)

ドラッグの副作用で頭が鈍くなるってことは認めているわけであるw しかし需要があればそこに目を付ける連中は現れる。そうなると、危険を冒してまで供給しようってのはその手の奴らしかいないわけで、それならば規制を撤廃して、その金を「オモテ」に出したほうが善いということ。

しかし、「シャブ中は生産性を低下させない」で持ち出してきた例には、ピンとこなかった。

 たとえば、あるすばらしい発明によって生産性が二倍に向上したとしよう。人々がこれまでと同じだけはたらけば、当然、GDPも二倍になる。その一方で、人々がこの偉大な発明をこれまでの生活水準を維持するために使い、労働時間を半分(すなわち余暇を二倍)にしたならば、GDPは変わらないから、統計上は、人々はまったく豊になっていないことになるのだ。(p103,シャブ中は生産性を低下させない)

まず、偉大な発明があったとしても、人は労働時間を半分に減らすことはないと思う。これまでも、たとえば人間の移動手段は進歩して、半日あればどこでも行けるようになった。

通信手段も飛脚の時代とは比較にならないw

でも、それによって仕事時間は減ったか。減らない。仕事の処理速度が上がれば、それを前提とした経済になるからだ。

この本でさんざん著者も云っているように、他より抜きんでたい欲望を人が持っているかぎり、企業も当然、他社より儲けたいと思うわけで、偉大な発明が仕事の処理能力を上げたとしても、結局それに応じて仕事量を増やすだろう。

そんな具合で、いろいろと考えるきっかけにはなる本である。同意も反発も含めて、読んでみる価値はあったとは思う。自明と思っていたことも、他にもやりようがあるんじゃないかと議論することは重要であろう。

2011年2月10日 (木)

FROZEN―火と戯れる女

「SAW」のスタッフによる、驚愕の体感型パニック・スリラー!

誰もいないスキー場。リフトに取り残された3人。あと1週間、リフトは動かない。

猛烈な吹雪、気温-20℃。リフトの高さ、地上15m。助けを待つか!?

だが、このままでは凍ってしまう・・・・・・

「SAW」って何よ。観てないからしらんわ。

が、しかし! これはなかなかいいよ。この出演者の少なさからいっても、たいして制作費かかってないだろう。でも、これだけのものを作ってくるわけだから、やっぱり米国だねえ。

まぁしかし、踏んだり蹴ったりな悲惨な目に遭ってるんだけれどもこの3人、オレとしては別に同情もしないんだよなw  おめえら勝手にずるしてリフトに乗ったんだろうよ、自業自得だろうがw、としか思わんかった。

ほんと、この手の小生意気な芝居をさせたら、白人どもってのは巧いよなw  いかにも居そうだもんな、こういう奴が。 ニセコ辺りにもPOWDER SNOW求めて滑りに来た毛唐が、危険区域も知ったこっちゃねえとばかりに平気で立ち入り、滑ってやがるのがいるしな。

こちらの注意に従う気はないくせに、何かあったら世話になろうという虫のいい奴らなんだろうよw

また話が飛んでしまったが、兎に角寒々しい映画ではあった。

細かいこと云うと、こんな1週間も休業してしまうスキー場なんてあるんかい?!と、ツッコミたくもなるし、おまけにこんなに狼居ていいんかい?!、と呆れてもしまうわけで・・・

B級でもそこそこ良い物作ってみせる、映画大国の底力は感じた。

ドラゴンタトゥーの女を観ていないのに、観てしまった。

「 ミレニアム2―火と戯れる女 」

事件解決から1年、映画史上最強のヒロインが再び帰ってくる。

世界中で話題になったらしい小説が原作のこの映画、原作を読んでないのでなんの先入観もなしに観た。

俳優たちも知らない人ばかりで、なかなか新鮮であった。

が、如何せん、長い。屹度原作に忠実に撮ろうとしたのではないのか。

もっと削っていいんじゃないの?!

これが正直なところ。 2時間越えはきつかったよ。

ところで、オレだけかな、主演の女優が岡村隆に似てると思ったの。         

2011年2月 7日 (月)

「誠に不誠実」朝鮮学校理事長が無償化適用手続き再開見送りで文科省を非難

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110207/kor11020712270001-n1.htm

「誠に不誠実」朝鮮学校理事長が無償化適用手続き再開見送りで文科省を非難 - MSN産経ニュース via kwout

>「なぜ平和を思って日々努力している子供たちの処遇を差別的に進めるのか」と批判した。

は?

平和思って日々努力?

どんなwwww

金正日マンセーが努力とでも抜かすか!(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ

大相撲の八百長なんぞに気を取られている場合じゃありませんぜ。ちょっとでも目を離すと、たかりが御家芸の“あの種族”が日本の貴重な税金を掠め取ろうと虎視眈々と狙ってますんで、危ねえったらありゃしねえっす。

砲撃があったから云々と、腐れミンスが余計なことほざいてますが、そんな問題抜きにしても問題外なんで残念でした`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

2011年2月 4日 (金)

TPPの例外規定阻止を 米業界が日本に強い姿勢

クリキントン政権の8年間の悪夢の再来か?
ひそかに隠れ凶惨野朗と見ているアメリカ・ミンス党の打ち出してくる要求は信用できない。
生理的にこいつらは受け付けない。
しかし、有識者と呼ばれる連中にしても最早この流れから抜けることはできないと云っているのが多い。保守派の中にも結構いるのが気になる。
“日米関係を考えても飛び込まざるをえない”と云う、このマット某。
日本は飛び込まされっぱなしではないのか、マット某?
戦後、日本は米国に「国家意識」をなくすように仕向けられたと指摘しながら、関税自主権を放棄することを奨励するというのは矛盾してないか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5394?page=3

日本に必要なのは開国ではなく新たな国づくり  JBpress(日本ビジネスプレス) via kwout

この記事、後半になると最早お花畑状態。

“私には中国にたくさんの友人がいます。”

だから何w

“言うなれば私たちは、民間レベルで不戦条約を結んでいる。”

は?

相手が常に本音を云ってるという保証はどこにある。“民間人同士の交流”?そんなもん、情況次第で変わるだろうよ。比較的同質の価値観を持っている日本人同士ですら、それほど強固な友情を結べるのかいあんた?

眉に唾つけて聞いとこ。

2011年2月 3日 (木)

偽装結婚容疑で中国籍の女ら逮捕 京都府警

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110203/crm11020320470039-n1.htm

偽装結婚容疑で中国籍の女ら逮捕 京都府警 - MSN産経ニュース via kwout

ユニクロの柳井某が、社員採用の8割を毛唐にするとか云っているそうな。

まぁ、オレはユニクロなんぞで買い物をする気はさらさらないんで、知ったこっちゃあねえがな。

ところで今の日本の政治情況としては、領土問題の熱も冷めたのか、TPPに争点が絞られつつあるように見える。

それももちろん重要。でもシナ人の人口爆弾にどう対処する気なのか、それ以前にその問題意識はあるのか。

人口が増えるのは日本経済にとって善いことだと、単純に思っているのか。

寄生する国の自由と権利を謳歌しながら、義務を一切果さず、治外法権化した地下経済を築く不逞シナ人どもを、どう飼いならすつもりか。

 フランス情報局(FJK)は中国人コミュニティの性格を表すキーワードに「隠密・自給自足経済体制・連帯・非合法」を挙げている。異国に集住する中国人コミュニティの実体とは、まさに治外法権的な中国アングラ自治区といえる。

 ただ、現状でフランスに居住する中国系移民は政界を動かすほどの脅威にはなっていない。保守派の猿孤児政権下、外国人の地方参政権付与が「論外」との姿勢を貫いていることも幸いといえる。(p200,中国人の世界乗っ取り計画

ところが恐るべき事に、日本では外国人に参政権を与えることに血眼になっている腐れカルトどもがいるのだから、たまったものではない。

TERRORIST HUNTER

4757210302

テロリスト・ハンター

販売元:アスペクト(2004/04)
Amazon.co.jpで詳細を確認する                                                                                                  

読後感:☆☆☆

【イラクからイスラエルへ脱出したのちアメリカへ渡り、対テロ活動のエキスパートとなってから今日にいたるまでの波乱に富んだ半生を綴った回想録。

2人の子供を抱え、しかも妊娠中の身でありながら、イスラム過激派集会に潜入しつづけた女性が掴んだ衝撃の事実。「9.11テロおよびアルカイダ、パレスチナテロ組織等の黒幕は、サウジアラビアの大富豪である」彼女の告発をひた隠しにする米国政府の思惑は?

ホワイトハウスやFBIの無能ぶりを赤裸々に描く問題作。世界を不安と恐怖に陥れる悪意と報復の連鎖、その問題の根本にあるものとは何か9.11テロの黒幕と米政府の嘘を暴いた衝撃のノンフィクション。

9・11テロの真犯人、アルカイダの黒幕は誰か?本書にその実名を明かす。テロリストのみならず、米当局をも震撼させ、アメリカ国外への販売を禁じられた超問題作。イラク生まれのユダヤ人女性がテロリスト・ハンターとなった数奇な人生。 】

物凄い情報量である。 著者はイラク生まれのユダヤ女性である。名前は伏せて、匿名としている。現在でも本書で明かしているような活動を続けているのだろうか。

本書は全十一章からなるが、第一章と第二章は読むのが苦しい。父親を処刑され、イラクからイスラエルへ亡命する過程は惨い。中東の複雑さを思い知ることになる。本当の意味で同時代を生きているとは云えない人々の住む地域であると思う。

この本が俄然面白くなるのは第三章から。米国に移住して、中東について調査する非営利組織で働くようになってからである。

ここで彼女は、あるイスラム系慈善団体が発行している“救済の為”の寄付を募る、小冊子を発見する。それは、半分英語、半分アラビア語で書かれた小冊子であったが、英語で書かれた部分とアラビア語で書かれた部分では、内容が微妙に違っていることに気づき、調べ始める。彼女はなにしろアラビア語の能力を買われて、この組織で働くことになったのだ。

この作業を始めて、米国には“慈善事業”という表向きの顔を通して、Terroristに資金を流している団体が多数存在していることを彼女は知る。

イスラム系の慈善団体がテロの隠れ蓑になっているという考えは、驚きでも何でもなかった。それは、イスラエルでは周知の事実だった。私が驚いたのは、そういう団体がアメリカで図々しくも楽々と活動している点だった。九・一一の何年も前だった当時は、アメリカ―ムスリムによるテロを経験していず、宗教と救済に関わる組織を高潔なものと信じがちな国―では「聖地基金」という名称を持つ団体が皮肉にも破壊の道具に使われうるとは誰も想像せず、私はそのことを少しも理解していなかった。私は、世界貿易センタービルやペンタゴンが攻撃を受けるずいぶん前からFBIや国務省に働きかけ、慈善団体が隠れ蓑に利用されていることに関心を持ってもらおうとした。だが、私の提示した調査結果について、どちらも何の手も打たなかったのだ。(p112,第三章 翻訳のからくり)

米国流の自由と民主主義を謳歌しながら、その米国を地獄に落とす計画を立てているのである。その連中を支援しているのは、米国流の自由と民主主義に絶対の自信を持ち、“可哀想な人たちを放っておけない”米国人である。

ラルフ・タウンゼントが指摘している当時と、米国人は変わっていないらしい。

どうせ環境保護も高潔なものと信じこんでいるんだろう。単純な奴らだ。

それにしても、当局も驚くほどの情報収集能力を見せた著者は、いったいどうやってそれらの情報を掴んだのか。

全て公開されている情報の中からである。吉田一彦氏の本に書かれていた、公開されている情報源からの情報収集―open source information (OSINT)というやつである。

政府公文書などからNETで閲覧可能なわけである。にも関わらず、むしろ当局の人間が彼女に協力を要請するという、妙な自体になっているのである。

そして、ここでもFBIの酷さが際立っている。最早、末期症状というべき官僚主義に陥っているのである。縄張り意識と、主導権を渡したくないという官僚主義から、持っている情報を関係機関にすら渡さないという異常な姿を見せる。

信じられないことに、著者と接触した身内の職員に対して、尾行と盗聴まで仕掛ける始末。完全に矛先を間違えているのである。

ついでにCIAもおかしな動きを見せている。著者の見解として、CIAにはサウジアラビアが突き回されるのを気に入らない人間がいるのではないかと云っている。だが、その時点では“使える”と思ったとしても、長い目で見ればTerroristを支援し、組む者はそのしっぺ返しを受けることになるのだと警鐘を鳴らしている。

関係機関がこんなばらばらな動きを見せている辺りが、陰謀論や自作自演説が蔓延る原因になっているのだろう。

それは兎も角、この状況にどう収拾をつけるのか。本書で著者が結論として述べていることは、Terroristへの資金源を断つということである。そして彼らの国の教育を変えること。これに尽きる。

 つまり喜捨(ザカート)こそ金が寄付される理由であり、ワッハーブ主義的教育こそ寄付金が世界各地の聖戦(ジハード)に使われる理由なのだ。しかし、聖戦(ジハード)に直接に資金を提供するとはどういうわけだろう?聖戦(ジハード)を実践する集団―ハマスやPJJも含む―の多くは複数の国で違法とされている。ビン・ラディンはサウジアラビア自体を相手に戦争を仕掛けている。善良なるサウジ国民が彼に喜捨(ザカート)しつつもサウジ政府を裏切ることにならないのはなぜだろう?

 これこそイスラム系慈善団体の巧妙なところだ。ビン・ラディンの師で精神的な父親であるアブドゥラ・アザムが考案したうまい手口である。自分の金を慈善活動に寄付するのは清く、気高い行為ではないか?だが慈善団体は集まった寄付金をシンクタンク、宗教団体、教育機関などを装ったフロント組織に回す。するとそのフロント組織は受け取った金を聖戦(ジハード)とムジャヒディンのために提供するのだ。これは賢いやり方で、資金をらくらくと洗浄でき、その流れは追跡がほぼ不可能になる。アメリカ政府は長年この作戦にすっかり騙され、サウジの莫大なオイルダラーが手から手へ渡るのを見過ごしにしていた。(p419~420,第十一章 サウジ・コネクション)

これは他国の問題として見ていていいのだろうか。日本にも背景や規模の違いはあれ、同じように資金洗浄に使われている団体があるに違いない。実体の把握できない、休眠中の宗教団体などもかなりの数に上るといわれる。

宗教法人法を改正すべきだ。こいつらに税制の優遇などまったく必要はない。

面白いことに9・11の後、米政府による自作自演説を流している連中は、事件の何年も前からこれらの宗教団体に当局が目を付けていても、信教の自由に対する侵害を盾に、国民の安全を守るための政府機関の活動が妨げられてきたことについては、決して指摘しないのである。それどころか、事件後捜査を厳しくしたことに対して、“人権侵害”を指摘するわけだ。

つまりこの手の連中は、政府の安全保障上の活動が不十分であったことを批判しつつ自作自演説を流し、それでいて今後の類似した事件が起りかねない事に関して、政府が活動を強化すると、人権侵害をのたまうのである。

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