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2012年7月 7日 (土)

税金が国家の盛衰を決める

歴史の鉄則―税金が国家の盛衰を決める

51m0dr2kggl渡部 昇一:著

PHP研究所,1993

読後感:☆☆

 【今日の日本の税制は、封建時代の最悪のものより苛酷である。日本は「一律10%」の税率でも充分にやっていけるのではないか…。古今東西の歴史を俯瞰し、「富」と「税金」の問題を本質的に考察する。】

第1章 「国民の富」を保つ歴史の法則―税金が高いとなぜ国家は滅びるのか
第2章 累進課税が日本を滅ぼす―国力粗鬆症を防ぐ税の鉄則
第3章 「潰れっこなし」と考えれば日本は危うい―サッチャー夫人に学ぶ「小さな政府」の作り方
第4章 「配給」を排し、「自由」を育てよ―ハイエク先生に学ぶ民富論
第5章 税率は「一律一割」が鉄則―国民に富があってこそ真の文化が創造できる

 どうやら消費税を上げる気らしい。国民にもっと金を使ってほしいと云いながら、消費することを罰せられているかのような気にさせる、増税。なんだ?、日本は金が足らんのか? そうか、無駄を省く努力をしたうえで、もう限界ですと本当に云ってるのかな?

 国民の態度はどうか。

 国に無駄を省け!公務員を減らし且つ、給料も下げろ!、と威勢はいいものの、自殺や孤立死や、いじめや貧しい人や就職できない人やetc........。なにかあると、国はなにをやってるんだー、行政はなにやってるんだー、と、国の仕事が増えることになる要求をする。

 相反するものを望む政府と国民。

畢竟、国民に自助の精神がなければ個人主義が確立することはなく、そういう国では小さな政府(無駄遣いしない)を求めることはできないのだろうと思えてきた。

 税金について考える時、その前にまず考えなければいけないのは、「富」である。なぜならば、そもそもいちばん大切な問題は、「国民の富と富を創り出す力をいかに涸渇させないで、さらに強めるか」ということだからである。国民から税金を取って、国民のためにサービスする政府の役割は、それだけしかない。(p25,第一章 「国民の富」を保つ歴史の法則)

 

 善意の人たちは富の分配を第一に主張する。が、分配するには、まず、富の創造がなければならないんだ。

 生活保護を打ち切られたことで、不幸にも餓死された方の報道などに接すると、社会福祉の充実は国家の責務であるという気にはなる。しかし、仮に生活保護が支給され続けたならばどうなっていたのかが問題ではなかろうか?、と思うのだ。何故なら、収入がない(足りない)からこそ生活保護を必要としていたわけだから、その先には、これを必要としない生活が待っていなければならない。

 政府が取り組まねばならないのは、生活保護の充実より、何故、生活保護なしでは生きられない人たちが存在するのかを考え、国民が最低限の生活は収入によって得られる社会的仕組みを構築することなんじゃないかと思うのだが、これは素人の浅はかな考えなんだろうか。

 この本の著者は渡部昇一。なんだ右翼の本か、とは云わずに一読してみてはいかが?平成5年の本ではあるが、今日的な意義がある。TPPに絡めて読むこともできるだろう。

 著者は昭和の大恐慌の原因はなんだったかを調べるうちに、米国が成立させた、ある保護政策に行き当たり、これが引き金ではないかと考えるに至った。それは農民を保護するための法律だった。

 しかし、産業界の人間は、この法案がもし通過してしまえば大変なことになる、不景気が来るぞと身構えた。貿易の縮小が予想されるような法案が出れば、「売り」に決まっている。すでに株式相場は加熱状態だったから、警戒感も手伝って株は大きく下げた。それでも「ホーリー・スムート関税法」が通らなければ、景気は下支えされた筈だが、一九三〇年(昭和五)に可決されてしまう。  

 これは、「アメリカがブロック経済をやるぞ」という信号だから、世界中がたちまちこれに反応した。およそ一年間で、世界の貿易量は約半分になってしまうのである。こうした事態に対応して、世界の四分の一の領土を植民地として持っていたイギリスが二年後の一九三二年(昭和七)、カナダのオタワで経済会議を開いて、帝国内の関税を引き下げ、あるいは撤廃し、外国に対しては関税を引き上げるという決定をする。アメリカのブロック化に次いで、世界の四分の一を植民地としていたイギリスがブロック化したのだ。  

 このようにして、大恐慌はたちまち全世界に伝染してしまった。「ホーリー・スムート関税法」は、本来は農民保護のための法律であった筈だが、実際に農民そのものは利益を受けなかった。いや、利益どころか深刻な不況によって大打撃を受けた。ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』は、当時の農民の窮状を見事に描いている。  

 現在、日本のコメの自由化問題や見えざる関税障壁(こちらの方が問題だが)を考えるに当たっても、実によいケース・スタディになる筈である。  

 「持てる国」のアメリカやイギリスといった経済大国がブロック化してしまえば、 「持たざる国」のドイツや日本、イタリアなどは大いに困窮する。最も困ったのは第一次世界大戦に敗れ、苛酷なヴェルサイユ条約(一九一九年)によって、すべての植民地を失っていたドイツで、全労働人口の三分の一が失業、再び復興の道を閉ざされてしまう。当のアメリカだって、働き手の四人に一人が失業してしまい、巨大な政府が出来上がることになるのである。

 かくして一九三〇年の「ホーリー・スムート関税法」成立からたった四年後に、ヒットラー政権が樹立されることになった。(pp53~54,同) 

 これは、保護政策という伝家の宝刀は、無闇に抜いてはならないという歴史の教訓であろう。

 国内には様々な産業がある。その中には、すでに斜陽な産業もある。そういう産業は国家が保護すべきなんだろうか。社会的影響が大きいといって国家が介入し、救うこともあるが、影響ってなにか。失業者がでることか。そりゃ、でるだろう、資本主義だもの。問題は失業することでなくて、再出発しずらい社会であることをどうにかした方が良いと思うんだが。

 出産後の女性が復帰しずらい企業風土とかさ。男が育児休暇取りにくいとかさ。有給使うなんて当たり前の労働者の権利を、行使しずらい陰湿さとかさ。意味不明な男女間の賃金格差とかさ。

 これらのどれくらいまでが、政治の責任かは分からんけれども、挙げればキリないくらいあるよね、この国の異質さって。こういうのって、仕組みの問題なのか、精神構造の問題なのか、どっちを先に変えたら良いのかはっきり云えんけれども、仕組みが変われば、さすがに日本人の精神構造も変わるんじゃないかい?

 まぁ、大変だろ皆んな。オレだって毎年どうなるか分からん暮らしだ。女性は特に酷しいに違いない。

 でも、金持ちからむしり取ればいいだけだなんて惨めなことは、オレでもさすがに云わんな。云いたくない。それ云っちゃ、自分で自分の可能性の芽を絶つことになる気がするから。 

 「一生懸命働いても」って云われても、努力の方向性が間違えていれば金持ちにはなれんよ。労働環境が悪いのであれば、その環境に一生懸命耐えてても暮らしは楽にならんて。耐える努力ではなく、変える努力をしないかぎりは。

 変える努力をしても報われないなら、それがそこの企業風土なのだろう。そんなとこに居ても埒があかん、といって起業できるのがいい社会なのだろうし、それができるからAmericaは強いんじゃないかと思う。

 自由主義社会では、能力のない人間の不満は、間違いなく富の獲得に思うように与れないという場合に起こってくる。だが、機会が均等ならば、能力や努力が基準になって当然なのであるから、「しかたがない、頑張るしかない」ということになる。社会構造を揺さぶるようなことにはならない。

 ところが、富を作る能力のある人間が、どんなに頑張っても富が作れないという状況に置かれると、生産力は停滞する。能力がつまらない部分に浪費されることになる。旧ソ連・東欧では、組織の中、特に政府・共産党のヒエラルキー内での出世が、唯一の楽しみになってしまった。 

 ヒエラルキーを上ろうという努力は、生産能力とは関係がない。物を創造する喜び、自分の好きな物を勝手に作って売る喜びが許されない。それが長く続くと創造性が萎えてしまう。(p66,同)

 金持ちから捕って分配しろって云ってる人って、そういうことを云うこと自体、自分が金持ちになった姿を想像できない人間なんじゃないか。 本当に向上心のある人間であれば、自分が成功した姿を思い描いているだろうし、そうであれば、金持ちであることを罰せられているかのような税制を望むはずがない。

 渡部昇一はHayekに傾倒しているので、税率は一律にすべしと云っている。具体的に一律一割にすべしと。本当の平等とはそういうことだろ、と。

 ただこれには、所得を完璧に捕捉するのは無理だということを考えると、結局、まともに給料から天引きされるサラリーマンが一番損するってことに変わりないのじゃないか?、と思ってしまった。

 まぁ、理論的に可能であったとしても、絶対に実現しそうにない提案だよ。嫉妬社会では絶対無理。

 税金がひどく高くなると、その国を支える骨格が脆くなる。骨からカルシウムが取られすぎると、人間は骨粗鬆症という病気に罹る。それと同じことが国家に起こってくる。国民の私財から税金を取りすぎると国力粗鬆症が起こるのである。(p111,第二章 累進課税が日本を滅ぼす)

 

 国力粗鬆症とは上手いこと云ったな。実際そのとおりだろ。 本書には社会主義的政策を取った国の末路が色々書かれているが、オレが一番面白いと思ったのは最後の「税法十の鉄則」にある。

 “税務署員の大幅な削減を伴わないような税制改革は、すべて悪である。(ベクトルが逆であると言ってもよい)(p251,第五章 税率は一律一割が鉄則)

 なぜならば、税務署員の仕事が多いということは、税金をなんとしてでも逃れたいという人が多いということであり、それはつまり、税制が苛酷であることを意味しているからだ。

 稼ぐことに喜びを感じさせてくれるような国家であれば、金持ちは、こそこそ税金回避に知恵を絞るなんてみみっちい真似はしなくなるだろう。普通は成功者になってまで、こそこそ生きたいなどとは思わないはずだ。そして、金持ちが思い切って金を使える社会、大人の酔狂を許す社会であれば、文化も生まれるかもしれないし、新しいものの創造があるかもしれないのだ。

 夢がない。夢を見れない。そういう国になってしまってないか、この国は。世界二位の経済大国と呼ばれたときですら、「ジャパニーズ・ドリーム」なんて言葉があったか? そういう、夢のない国に我々は生きている。

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