2018年6月 3日 (日)

幸せへのキセキ

幸せへのキセキ
スカーレット・ヨハンソンが出演ということで観ただけだが、なかなか良かった。最後は日本製のドラマか映画のような、ありきたりな終わり方だが。
でもこれ、実話を映画化したものらしいから、実際に開園したときもこういう感じだったのかもしれない。
ジャーナリストだった子持ちの男が、他人の冒険を物語ることに飽きたのか、自分自身が冒険することに目覚めたという展開ではじまる。
まずは住む環境を変えようとするが、引っ越し先に決めたのは、廃園した元動物園だった。ふつうはこんな環境に住むことなど考えないとおもうが、この男はこれこそ冒険だと、動物園の再建に乗り出していくのだった。
いったいどうやって資金を用意するのかと不思議におもうのだが、亡き妻の残した遺産などで費用を工面するのがった。その程度でやっていけるとはとてもおもえないが、実話だというのだから凄いとしかいいようがない。
なれない環境に連れてこられた息子がぐれるなど、金銭面だけではない問題に悩まされながらも、地元の動物園を再建しようと必死なスタッフたちとともに、ついにその日を迎えるというステキな映画であった。

2018年5月31日 (木)

エンプティー・チェア

エンプティー・チェア

ジェフリー ディーヴァー:著  文藝春秋 (2001

【空っぽの椅子に座っているのは誰? 女子学生誘拐犯は精神を病んだ16歳の少年なのか? 昆虫を愛する少年の無実を証明するため、婦人警官サックスは捨て身の行動に出る。リンカーン・ライムシリーズ第3弾。】

このシリーズを読むのはこれで3作目。第一弾のボーン・コレクターから、あいだ飛ばして、4作目の石の猿を読み、そして3作目のこれである。2作目はいまだ積読状態にある。

感想はと云うと、おもしろかったのは確かである。まるで映画かドラマを観ているようだった。

逆に云うと、文学的なおもしろさはなかったということになる。そんなものをこのシリーズに求めるのは御門違いではあるのだろうが。
こまったことに、歳のせいなのかは分からないが、このての完全娯楽小説をいまいち愉しめなくなってきているのだ。ミステリーはもう無理なのかもしれない。一度種明かしをされてしまえばもう読む値がなくなってしまうとおもうのだ。

おもしろかった。以上。読後感がこれだけという本に時間をかけたくないという気持ちが強くなってきているのだ。

多分、いま手元にある2作目のコフィンダンサーを読んだら、これ以上このシリーズ(というかディーバ―の小説自体)を読むこともないだろう。

そんなわけだがこれの感想も書いておこう。

NYが舞台のシリーズで初めて地方を舞台にした事件が起こった。事件解決のためにそこにいたわけではないのだが、巻き込まれたような形で事件を解決してしまうのだった。地元の保安官などすっかり出し抜かれてしまうのだった。
地方の人間はどんくさく、現場鑑識も碌にできないという描かれ方をしていて、だから最初は反目しているのだが、だんだんお互いを認め合うようになるという、お約束な展開である。

黒幕は地元の保安官のなかにいるだろうと疑って読み進めたが、これはと目をつけた人物が、銃撃戦の際にあっさり死亡。読みが外れたとおもったが....

リンカーンとアメリアの付かず離れずの関係がこの先どうなっていくのかは知らない。が、彼が障害をもっているからこそ、じぶんの存在価値を示せるという複雑な感情に責めさいなまれている彼女が、その内心を素直に曝け出したことによって、ふたりの関係はさらに強固なものになっていくだろう。


2018年5月16日 (水)

水曜日のアニメが待ち遠しい

水曜日のアニメが待ち遠しい

トリスタン ブルネ:著

誠文堂新光社 (2015



【1970年代末、フランスの子どもたちはみんな日本アニメに夢中になった―。激しいバッシングや創造的な誤解を巻き起こしながらもアニメやマンガはやがて彼らの人生や世界観に大きな影響を与えるまでになった。日本のサブカルチャーはなぜフランスの若者をこれほど熱狂させるこことになったのか。自身の経験を踏まえてフランス人オタク第一世代の著者が解き明かす。】

FranceでJapanEXPOというeventをやっていることはしっていたが、そういう流れができていった事情が本書によって垣間見ることができた。

唯の著者自身が好きなアニメのはなしに終始しないとろが良い。

いつ頃から日本製アニメがFranceで放送されはじめ、どういう反応を起こさせていったのかが分かる。

日本製であることに気づかなったところから、やがてそこに気づいて自主的に日本の情報や文化を受容しはじめた若者たちに、文化侵略的な脅威をもって日本たたきをはじめる大人たち。

さらに、芸術性において、France製アニメに及ばないという批判から、逆に、それに近いから認めてやってもいいというような、選良側の態度なども、外から入り込んでくる文化や価値観にたいする反応として興味深い。

大人は、自分たちを育んできた価値観の揺らぎに敏感に防衛反応をおこすらしいことは、どこでも同じようだ。勿論、この著者自身も、余りにも日本化しすぎる傾向のある、Franceのオタクたちに苦言を呈している。

そして著者の苦言は、民官一体で推し進めようとしている(失敗しているようだが)COOLJAPANなるものにも及んでいる。

そもそも、海外で日本製アニメを中心としたJapan cultureが受け入れられてきたのは、 文化の伝道的な押し付けがましさがなかったからといえる。その国の政策的ごり押しの気配がみえないことが前提である。著者は、今後は日本製アニメの需要は落ちていくかもしれないと、警鐘を鳴らしてくれている。


最後に、音無響子に惚れてしまった黒歴史をもつ著者に共感。

2018年5月13日 (日)

国の壊れる音を聴け―国際報道と日本のゆがみ

国の壊れる音を聴け―国際報道と日本のゆがみ

小森 義久:著、 恒文社21 (2003

【戦争と報道の嵐に立ち、日本の指針を問う記者の眼。ベトナム戦争をはさんで40年の体験から説く柔道4段の肉声。チョムスキーの正体を暴き“朝日チルドレン”を糾断。】

日本のマスコミの報道が、各国と比較して、どれほど異質であるかということが書かれている。とくに朝日新聞への批判が中心である。 他国にも左派はいるが、基本は愛国であり、国家への忠誠心は自明のものであるので、国防にかかわることで左右の対立がそれほど酷くなるということはないのだろう。メディアもその例には漏れないと思われる。 それに比べると、日本は、まるで特定の国(China、朝鮮半島)の代弁をしているとしか考えられないようなマスコミが存在すると指摘している。

ほかには、冷戦構造の崩壊(日本の左派は、決してソ連崩壊とは云わない)は、レーガン政権の容赦ない軍拡競争によるものであり、英国病と呼ばれたイギリスを再建したのは、資本主義精神を徹底させたサッチャーのお陰である等々、とくに目新しい視点はなかった。

柔道で外国人と交流した体験で一章設けているが、これは不要である。

ツカモトエイム エアリーシェイプ スタイル フィット (レッド) AIM-FN023(RE)

ツカモトエイム エアリーシェイプ スタイル フィット (レッド) AIM-FN023(RE)

最近腰が痛くなってきたため座り心地よさそうなイスをネットで物色していてこれに決めて購入。 座りやすくて落ち着く。座椅子よりもすこし位置が高いが、足を組むほどの高さはないため、丁度良い。背もたれは肩甲骨の当たりにくるので、姿勢も良くなる感じがある。座りながら寝るわけではないから、肩甲骨までで充分である。
そしてこのイスにはマッサージ機能があって、ストレッチ、シェイプアップ(エクササイズ)、アップ(胸)と3種類もあるのだが、正直いってその違いは分からない。マッサージの強さも3段階あって、わたしは2段階目まで使っている。3種類のマッサージをつづけて、1時間かからないくらい。
保証期間は1年間で、いつまで使える耐久性があるのか分からないが、なかなか良い買い物だったとおもっている。

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