書籍・雑誌:☆

2017年3月24日 (金)

テロマネー アルカイダの資金ネットワークを追って

 テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って                                 単行本                                                                                                                                                                                  – 2004/9/22
読後感:☆                            
 テロリズムのための資金源はいったいどこにあるのか? その答えのひとつはテロとは逆のことに使われるはずの慈善事業への寄付金である。この辺のからくりは、「テロリストハンター」にも詳しい(この二冊、ついでに「テロマネーを封鎖せよ」も併せて読まれたい)。慈善事業への寄付は申告もなく使途を問わないとすれば、その筋からしたら資金洗浄のために存在するschemeと云っても云い過ぎではない。本当に純粋に寄付している者にとっては、とんだとばっちりである。
 さらには、アラブ・イスラム圏の出稼ぎ労働者による母国への送金。ダイヤモンドや金塊に変えて運ばれる。現金の移動は捕捉されやすいが、物に変えて運ばれると追えないという利点があるためだ。
 インドとかアラブ圏で銀行システムに変わって利用されることがある、「ハワラ」なる地下金融システムもマネーロンダリングの温床である。しかし、それが分かっていても、その流れを完全に断つことはできない。人種差別等の難しい問題も絡んでくるためだ。
 ダイヤモンドは所謂ブラッドダイヤモンド(血に汚れたダイヤ)というもの。東アフリカのシエラレオネ。この国は近代国家としての体をなしていない。ヤクザに支配されているようなものらしい。ここでの悲惨な鉱山労働によって掘り出されたダイヤが、それと知らずに美しいものの象徴として、憧れをもって買われていくとはおぞましい話しである。 
 
 
 ビン・ラディンは、一九九六年にタリバンによってアフガニスタンに隠れ家を提供されると、金融ネットワークの基盤を固めるため、その人脈をフルに活用して資金集めに奔走した。そして数年のうちに、アルカイダの資金網は西アフリカのダイヤモンド鉱山からアラブ首長国連邦(UAE)の金市場まで、あるいはパキスタンの金融業者からワシントンの郊外にまで広がった。資金源と政治を融合させることによって、アルカイダは他に比類を見ないテロ組織となったのである。(序 pp.9-10)
 
 アルカイダの資金管理の責任者ムスタファ・アーメド・アルハウサウィと、もう一人、フェエズ・バニハマドが、二〇〇一年六月二十三日に香港のスタンダード・チャータード銀行のドバイ支店に口座を開いたことがわかっている。アルハウサウィはビジネスマンだと自称してサウジアラビアのパスポートを提示し、自分の口座用に二枚のデビット・カードの発行を求めた。バニハマドは二日後にフロリダに行っている。彼は後にワールド・トレード・センタービルに突入したハイジャック犯の一人である。(同 p.10)
 婚約指輪に好んで使われ、西アフリカで大量に採れる高品質のダイヤモンドが、いかにアルカイダの重要な資金源になっているかをつきとめた。(序 p.13)
 グローバリゼーションに伴う規制緩和の巧みな利用法をテロリストたちがよく理解している(同)
 
 ダイヤモンドなどの商品を手に入れたアルカイダは、西側の銀行から離れ、サウジアラビアはドバイ、カラチ、ラホールなど、中東はインドの金融商人に向かう。好意的で商売上手でもある金商人や宝石バイヤーのネットワークを通じて、また「ハワラ」と呼ばれる、ブローカーを通して資金を動かすアラブやアジアの伝統的な地下金融システムを利用して、アルカイダは現金を商品に、そして商品を現金にとかえていくのである。現金が武器弾薬、テレビ、衛星電話などに形を変えることもある。あるいは金に変わることもある。商品としての金は現金ほど政府の監視が厳しくないのだ。現金が物や商品に変わると、それらはハワラのシステムのなかに入る。実際には現金がまったく動かないことも多い。かわりに、簡単な電子メールや電話がハワラの仲間内でやりとりされるだけで、何の記録も残さずに数十万ドル規模の資金の所有者が変わるのだ。(同 pp.15-16)
 
 一九九六年にアフガニスタンを制圧したタリバンにとって、小国ながら裕福なUAEは格好の〝買い物場所″だった。UAEの賑やかなショッピングモールや金市場や免税区域は、タリバンやアルカイダにとっては、薬品類から化学品や衛星電話まで、なんでも調達できるところだった。(第2章 p.58)
 タリバンとアルカイダの資産のかなりの部分がドバイで金塊に替えられ、世界中に分散して送られたこともあった。 金は現金と違ってほとんど申告する必要がないため、流通経路を把握するのが困難だ。(第6章 p.143)
 金は溶かしてよし、製錬してよし、余計な質問なしで口座に預けてもよし、ということでテロリストにとっては格好の資金移動の手段なのだ(同 p.144)
 
 CIAはどれほどの国家予算を得ているのか知らないが、これがお決まりの縄張り争いというのか、手柄争いというのか、FBIなどと連携が取れていない。情報の共有がない。おまけに、自分たちより情報を持っているjournalistの著者を気に入らないのか、妨害じみた真似をしてくるというのである。このような体たらくであるから、9.11が米国の自作自演説にまでなってしまうだとしたら、ちょっと哀れである。  
 
 尚、革命統一戦線(RFU)に資金提供する、レバノン人のナッソウルというダイヤ商人は、トヨタ・ランドクルーザーやらヤマハ・オートバイなども供給していたらしい。ISが何故かトヨタのピックアップトラックに乗っているのが気になっていたが、この人脈が絡んでいるのか気になるところだ。
 
 

2015年4月 8日 (水)

オイディプス症候群

オイディプス症候群  笠井潔:著  出版社: 光文社(2002 読後感:☆                            

Photo                                                     【探偵小説の原点「矢吹駆」シリーズ、待望の最新作!エーゲ海に浮かぶミノタウロス島。不思議な建造物ダイダロス館に集まった十人の男女は、ギリシア神話をなぞった装飾を施されながら次々と殺害されていく…。カケルが示唆する孤島の連続殺人の「本質直観」とは…。】

矢吹駆連作にのめり込むきっかけとなった作品。この連作の5作目である。

まず読後感としての結論を云ってしまうと、これは反則ではないのかということがひとつ。そして長い。物語の構成として、必要ない記述が多すぎると感じた。

ひとつ目の感想だが、探偵小説というからには謎解きを楽しむ事が第一に目的としてあるはずである。それに登場人物たちの個性が「立っていれば」尚良い。登場人物で云えば、この連作の主役というべき矢吹駆である。この男は謎に包まれている(本書から読み始めたため)。謎多き男というだけで、引き込まれる要素にはなる。が、この男、ほとんど陰に隠れて姿を見せないのである。謎解きを他者に譲りわたしているわけだが、それを引き受けているのが、ナディアという女性だ。科白の多さでいったら完全にこちらが主役と云っていい。それでこのナディアやら、他の人物らが、互いに疑心暗鬼になりながら、「このなかの誰が」犯人なのかと推理をし合うわけである。ところが、ここに難点があって、なにしろこの連作の主役は矢吹駆であるということになっているわけだから、最終的に謎を解いてみせるのはこの男なんだろうと思って読むことになるわけだ。つまり、ナディアらの推理は「違う」と感じつつ、長~い物語を付き合うことになるのである。勿論、こちらも読み手として推理しながら付き合っていくのだが、こちらの期待としては、それなりの役柄(科白の多さなど含め)を与えられている主要な登場人物のなかから、真犯人がでてきてほしいのである。「こいつか!」と、著者にしてやられた感を味合わせてほしいのである。

「反則ではないのかこれは?」と云いたくなる真相である。これでは3つ星は付けられない。この犯人が明らかになった時の拍子抜け感から思うに、著者の狙い(おそらくこの連作そのものの)は、哲学談義、あるいは論理的ということについて語るべき方法として、推理小説という形式を選んだだけなのかもしれない。評論という形式でこれをやればもっと短く語れたように思うが。

それと、矢吹駆の推理を、「現象学的推理」としているのだが、これと他の人の推理との違いが明確に分からないのである。あるひとつの事実に対する解釈は無数にありえるとし、その無数に許されている解釈の中から真実を探り当てるのは現象学的本質直感という事なのだが、これを際立たせることができていないのではないかと。これができなければ著者の試みは成功したとは云えないだろうと思う。すくなくとも自分には、この違いが伝わらなかった。最終的に明らかになるのだが、連続殺人のきっかけを与える事になってしまった“manicureの色”を、“血の色”と勘違い(複数の解釈を許す事象にたいして)したうえに、さらにその現象を“神の啓示”と解釈してしまったことによるもの、と語られることで、著者の云わんとしている事の片鱗が見えたかなとは思う。

自分としては、推理の展開よりも、序盤と最後の駆とナディアの哲学談義が印象に残っているという始末である。人を殺す事の是非を問うナディアは、“殺人は「してはならない」という立場”をとるのにたいして、駆は“倫理は『殺してはならない』というところになんかない。たんに殺さない、たんに殺せないという事実が、倫理的なるものの根底にはある。『してはならない』という当為から出発する倫理は最終的にはグロテスクな倒錯に行き着く”と云う。この科白だけでも読む値はあったし、なにより、もう少しこの著者に付き合ってみるかという気にはさせられたのであった。

2015年3月18日 (水)

核戦争を待望する人びと

核戦争を待望する人びと 聖書根本主義派潜入記 グレース・ハルセル:著

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越智通雄:訳

朝日新聞社,1989

読後感:☆

 【聖書の説くこの世の終末(ハルマゲドン)、キリストの再臨は、核戦争でしか可能にならない―とする右翼キリスト教派・聖書根本主義派は、現代アメリカの大衆はもとより政界にも少なからぬ影響力を持っている。恐るべきハルマゲドン幻想に踊り、その舞台となるイスラエル支援に熱中する人びとの生態をビビッドに描く。

 米国政治に影響を及ぼす耶蘇教団の内情が、これである程度分かる。ただし、既に古い情報になってしまっているため☆はひとつ。  

 どの宗教宗派でも同じなのかもしれないが、原理主義的な運動は過激に走らざるを得なくなるようだ。その聖典の書かれた時代と未来(現在)は、時代背景が異なるにも拘らず、それが聖典(神の預言)であるゆえに時代の制約を超えているとみなし、拡大解釈を続ける。
 
 post近代に移りつつある欧米ではいくら原理主義といっても、せいぜい中絶反対とか同性婚反対くらいのものでテロリズムに訴えるところまではいかない。pre近代といった情況化のイスラム原理主義と違い、直接的に眼に見えるかたちでの恐怖はないと云えるが、米国のような超大国の中にあって、このような聖書根本主義者がかなり居るというのは、気味が悪いというのが正直なところである。
 
 終末思想というのはいつの時代にも出てくるもので、どうやら人間には、自分の生きる時代を特別視して捉える習性があるようだ。信じるゆえに、審判の日が近いと思いたがるのだ。ちょっとした災害や事件、いつの時代にも見られる現象にすら、神のしるしを見てしまう人間の癖。神の国の訪れを早めるためなら、最終戦争すら乞い願うという狂気。
 
 しかしこの人々は、イエスを救世主と認めなかった当時の人々をどう考えるのだろうか。いくら奇跡を見せよと、イエスは異端視され、磔刑に処されたのではなかったか。いったい終末を待ちわびる人々は、救世主がどんな姿で現れると考えているのか。天使が喇叭を吹きながらその廻りを飛び、中空に浮きながら神の預言を説く、後光の射した超人的な現れ方を求めているのか。
 だとしたら、イエスを救世主と認められなかった人々と同じ過ちを犯していると思える。救世主は荘厳な姿で現れると期待している人々が、救世主を見る日は永遠に来ないだろう。

2015年3月10日 (火)

誰が私を殺したの

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誰が私を殺したの-三大未解決殺人事件の迷宮-

朝倉喬司:著,恒文社21, 2001

読後感:☆

 【昭和34(1959)年スチュワーデス殺人事件、昭和47(1972)年女医殺人事件、平成9(1997)年東電OL殺人事件。3大未解決殺人事件の「事実」を綴る。殺された美人被害者の無念の呟きが聞こえる】

◆スチェワーデス殺人事件
昭和34年3月、杉並区・善福寺川で若い女性の死体が発見された。身元はBOACのスチュワーデスと判明。やがて犯人として教会のベルギー人神父が有力視されるが、突如神父は帰国して事件は闇の彼方に。戦後日本を震撼させた迷宮殺人の謎。

 松本清張が「黒い福音」でこれを推理していて、そちらも読み物として面白い(後味悪いが)。  清張はこの事件を、麻薬の運び屋として被害者女性を利用しようとして、航空会社に入社までさせたものの、「仕事」をどうしても引き受けようとしない為、彼女が恋愛感情を持っていた若い神父に殺させた、という推理であった。

 が、朝倉喬司は、それは深読みしすぎで「痴情のもつれ」という単純な結論を示している。尤も、結局は犯人は特定できないのだが。

 だが、やはり海外に「脱出」したこの神父であろう。

◆女医殺人事件

昭和47年6月、新橋第一ホテルでエリート女性歯科医の死体が発見された。熊本県八代では有名な美人歯科医だった彼女の謎の死は遂に迷宮入りのままである。人生を途中下車してしまった女医の死体がつぶやく事件の核心。

この事件のことは、これを読んで初めて知った。性に奔放な女性の成れの果て。遺体の顔にはパンティが被せられていたという。

被害者の最期の声「助けて」を聞いた隣りの部屋の泊り客も、場所がhotelであったということからか、とくに気にもとめなかったというが。せめて部屋をでる音に反応して外を覗いてみるとかできなかったのだろうか。

◆東電OL殺人事件  平成9年3月、渋谷円山町ホテル街の一角で東電エリートOLの死体が発見された。仕事を終えて、夜の町に立ち売春の末に殺された彼女の心の中には何が潜んでいたのか。ネパール人ゴビンダは果 たして真犯人か。バブル崩壊のどん底をえぐる大迷宮の謎。

 なんといってもこれ。いまだにオレのなかに澱のように残り、ふとした際に意識にのぼってくる。

 佐野眞一の本には書かれていなかったと思うが、渡邊泰子がある男性と恋人のような関係にあったことが書かれていて意外だった。相手の迷惑も考えずに電話かけまくっていたようだ。甘えたかったのか。この人は、やはりファザコンだったのかもしれない。 

 酔うと会社の愚痴をこぼしていたというが、経済学者と対等に専門分野で語り合える知性をもっていたという事を考えると、このあたりのことも彼女の奇行を読み解く鍵になるかもしれない。<

「いつ死んでもいい」と云っていたということなどを考えても、真犯人が誰かは兎も角、自己処罰的行為としての売春だったのだろうと思う。最大のきっかけがなにかは分からない。しかし自暴自棄になってでもいなければできない事ではないのかと思う。

 それにしてもいったい犯人は誰なのか。日本の警察が優秀というのも神話でしかないな、と思う。

 

2014年11月12日 (水)

数学者の無神論-神は本当にいるのか?

  • J・A・パウロス:著,松浦 俊輔:訳,青土社 (2007
  • 毒牙感:☆
 【複雑にして美しい大宇宙と自然界は神の創造物と信じ、神の存在を説得する論理に、異議あり。神の存在証明を、科学的・論理的に丁寧に追究したらどうなるか。数学者として宗教的熱狂をクールに分析し、信じること・信じないことの意味を柔軟に考える、思考の冒険。】

 数学者の語る無神論ということで難しい数式がでてくるかと思えば、そうではない。学術書のような難解さはないので読みやすい。

 前半の以下の引用文で要約されると思う。
 神様は原因のない第一原因であると断定する(それで説明がついたと得意になる)人々には、こんな質問をしてみよう。「物理的世界そのものが原因のない第一原因だと考えられないのはなぜですか」。結局、オッカムの剃刀という尊ぶべき原則〔同じことが言えるなら、必要な前提や存在するとされるものが少ない方を選ぶという考え方〕が、不必要な前提は「そり落とせ」と助言し、世界そのものを原因のない第一原因と考える方が、神様という、なくても同じことになる仮定を導入しないという点で、大いに優れていることになる。p21,1:四つの古典的論証
 さらに、第一原因とされる神様を、完全に時間と空間の外に立てようとする試みもあるが、これは原因という概念をいっさい放棄している。原因は時間を用いて定義されるからである。p22,同
 創造主義者は、生命の複雑な形を自然にできると考えるのはばかげていると見て、それを造物主がいるとすることで説明する。複雑なものが単純なものからできることはないとすれば、この造物主は、それが生み出す生物よりも、はるかにありそうにないほど複雑な存在でなければならないが、そういうことは気にならないらしい。p29,同
 ある存在が非常に複雑で、そのような複雑な存在がひとりでに生じることはまったくありそうにないと見なされるなら、その存在のありそうにない複雑さを、さらに複雑で、さらにありそうにない源に帰着することで、何が説明されているのだろう。この創造主義的ねずみ講は、この世の外で破綻する。p30,
 説明できないものへの解答としては、造物主というものは万能であったろう。しかし、科学の時代に生き残るのは、個人的なmoralの次元においてしかないのかもしれない。もはや自然現象への説明としては、神の存在はお呼びでないだろう。

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2014年3月15日 (土)

アメリカ人は、なぜ明るいか?

アメリカ人は、なぜ明るいか? (宝島社新書) [新書] 原 隆之:著(1999)

読後感:☆
 【「アメリカでは、貧乏人と喧嘩をしてはいけない」「アメリカ企業の首の切り方」から「アメリカの住宅事情」「アメリカ人の懐具合」や「なぜアメリカ人の老後は明るいのか」まで、みなんが知りたかったアメリカがここにある!カリフォルニアはまだゴールドラッシュ、公用語は英語ではない、アメリカ人は貯金をしない…アメリカの豊かさとパワーの秘密。】 

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 世界を主導できるだけの先見性、論理性、leadership、と、日本に足りないものがアメリカにはある。

 競馬で云うと、逃げて勝つ馬は強い。風の抵抗を一身に受けて、自らpaceを作る。馬群に飲まれて前に出られない心配はない反面、脚を溜めて追走してきた他馬に差される可能性は強い。

 アメリカはハナを主張するぶっちぎりの逃げ馬ってところか。日本は番手追走、世界を主導するなんて難しい大任は避けながら、経済活動に専念しているのが向いているだろうと思う。

 これを読んでいて、加藤諦三の本に書いてあった、アメリカの低所得層の精神的安定感という話しを思い出した。最強国家アメリカの市民であることの誇りが心理的安定感となっているのだろうと感じたが、本書にも、あるBusinessmanの語る言葉の端々に、それを感じた。

 「日本は戦争に負けて退却することを転進といったり、解雇を転籍といったり、変な民族だね。大事なことは本質を動かしていくことだが、日本の文化が本質をストレートにいうことを歓迎しないのだろうね。この分では、あと十年は日本はアメリカに追いつけないよ。今のアメリカの経済状況が、日本の十年前のバブルに似ているだって?冗談じゃない。日本のバブルは、アメリカの七十年前の大恐慌直前の活況に似てるのさ。アメリカは、それほど先に行っているということだ。

 八〇年代に、レーガノミクスのせいでアメリカ経済が少しおかしくなったのは、冷戦末期の当時、世界の途上国を自由陣営につけようとムリにアメリカの市場を開放したためさ。当時のアメリカにとっては、明日の経済より五十年単位の国家戦略の方が重要だったんだ。日本はそのとき、アメリカに経済戦争で勝ったと騒いでいたが、アメリカはそんなちゃちなものはどうでもよくて、もっと大きなものと戦っていた。細川首相がアメリカに対して『大人の関係』といったのには笑ったね。居候息子が、少し金ができたからと、オヤジに『大人の関係』といっているようなもんだ。ま、ソビエトもなくなったし、アメリカはこの先自由世界のために大きな犠牲を払う必要がないから、当分日本はアメリカに勝てないね。」(pp97~98 第二章 ビジネスマンとサラリーマンの間)

 やはり、ハナを主張するのは難儀である。日本人は向かない。面倒な問題はのらりくらりとやり過ごすのが利口であろう。 つかみどころのない日本の外交手腕も、こう評価している向きもあるようだ。

 日本は国際社会に対して責任を果たさず犠牲も払っていない、まだ子どもの国だが、金と屁理屈でここいらへんををうまく逃げ回る日本は、ガキでもなかなか侮れない「ませたガキの国」だというのだ。pp212 第四章 アメリカという国のかたち)

 へたに矢面に立つより、おいしい立ち位置ではある。

 特におもしろかったのは、第二章ですか。情報が90年代のものであるため、今のAmericanはもうちっと、しんどいことになってそうだが、自殺率等の数字で見れば、やっぱり相対的に日本人より楽観的なのだろう。

 第三章のアメリカ人の財布の中身も、おもしろいんだけど、日本のサラリーマンは働くのがアホらしくなっちゃうんじゃないかね。

 最後に著者の警鐘というんですかね、

急激な社会構造の変化に伴い、あまり宗教的なよりどころをもたない日本人の精神的弱さが露呈されるようになるだろうと思う。(pp219~220)と云われていますね。

 まぁ、八百万の神さんよろしく、宗教団体がわんかさございますけど、どこを見ても日本を変革しうる可能性を感じる組織はないですね。日本人と官僚主義の親和性は凄い、てか、骨の髄まで官僚主義が染み込んでる感じですな。これに満たされない人たちの救いになるどころか、日本社会に染み付いたものを組織に持ち込んで、結局できたのは上意下達の官僚主義組織という始末。

 そんなこんなで、反発も与えやすい立場ではあるAmericaですが、それも先頭を行く国の宿命と達観している感じもありますね。globalization=americanizationとも揶揄されるわけだけれども、Americaに憧れがあっての反発でもあるわけで。移民が引きも切らずにやってくる現実がそれを示していると云えるので、世界がAmerica化する流れは変わらんでしょう。

 あと、日本企業がAmericaの訴訟被害を受けて酷いことになってるという話しをよく聞くけれども、当のAmericanも訴訟大国化の被害者ではある様子が第一章に記されていて、この流れは日本に来て欲しくないな~、と思いましたね。

 

2014年3月 7日 (金)

アメリカネオコン政権最期の強敵バチカン

アメリカ・ネオコン政権最期の強敵バチカン

Photo_2中見 利男:著、KKベストセラーズ(2003

読後感:☆

 【ローマ法王が謀るブッシュ転覆のシナリオ。国連を支配し、中東や北朝鮮に眠る金脈の独占を目論むアメリカ。その欺瞞を見破り、この一極支配を打倒しうるバチカンの秘策。そして、日本がとるべき究極の選択肢とは。】

 なにやら陰謀論めいているが、そうでもない。著者はキリシタンではないとのことだが、世界(特に欧米)の動きの背景にあるものを理解するには、聖書になにが書かれてあるかが分かっていなければならいとのことから、結構勉強したようである。

 バチカンには黒い噂もあるため、これを読んだだけでは勿論理解できない。が、バチカンにはカトリック信徒10億人とも云われる、情報網があり、これは各国の諜報機関も舌を巻く程であるというのは確かのよう。戦中の日本も、昭和天皇を筆頭に、バチカンを通じて連合国との和平を模索していたとのことである。

 表紙にブッシュがいるのを見てわかるとおり、ブッシュ(ネオコン)政権が悪の枢軸(イラク)をフルボッコにしようと画策していたころの世界情勢の下で読んでこそ、面白みもあるといえる。今読んでも、「ブッシュ・ネオコン政権はハルマゲドンを起こす気」だったと云われても、なんだかんだで、終わりなき日常が流れっていってしまっているわけで、緊迫感は薄い。

 要約すると、

 ①バチカンはアメリカのネオコン宗教(キリスト原理主義)と政治の結びつきを憂慮しているらしいこと。キリスト原理主義とは、メシアの再来の為には、最終戦争が起きなければならないと本気で思っているキリスト教の一派のことである。

 ②バチカンは宗教対立、民族対立、政治対立etc、あらゆる対立を乗り越える象徴として、故マザー・テレサの影響力を利用(良い意味で)しようとしている。

 ③ネオコン宗教とバチカンにおいて、ヨハネ黙示録の預言にある、東の果ての国の果たす役目について、見解が異なるものの、その国が日本であると考えているらしいこと。

 ヨハネ黙示録の預言に対する異なる見解であるが、引用すると、

 ネオコン宗派(キリスト原理主義{聖書原典主義派})の考える、日本が果たすべき役目は、 ヨハネ黙示録 16の12~16より、

 「つまり彼らネオコン宗教にとっては、日の出る方角、つまり東の果てから王たちが軍隊を引き連れて来なければならないのである。これを成就するために最も困難なことは、憲法九条のある日本から軍隊を出せるようにしておかなければならないということだ。」p192

 バチカンの考える、日本の果たすべき役目は、ヨハネ黙示録 7の2~3より、

 「つまりこの部分だけでなく、聖書の根本理念には、一貫して救世主は東から来るという考え方「が強くある。ということは、ネオコン宗教の計画を打ち破るためには、軍隊を送り込むのではなく、東の果ての国が破壊をやめるよう世界に向かって声をあげなければならないということだ。」p194

 無宗教の国に、世界の調停者になることを期待しているというのが、著者の語るバチカンの姿である。

 オレが思うには、聖書記述者の居た当時の世界観は、聖書にも反映しているはずで、であるなら、東の果ての国って日本のことじゃないんじゃないの?、ってこと。預言とは神から預かる言葉のことだが、潜在意識にあるものとか、前知識とか、いろいろ影響あると思う。

 *これとあわせて読みたい本として、

核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 (朝日選書) [単行本]

http://www.amazon.co.jp/%E6%A0%B8%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E5%BE%85%E6%9C%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%81%B3%E3%81%A8%E2%80%95%E8%81%96%E6%9B%B8%E6%A0%B9%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E6%B4%BE%E6%BD%9C%E5%85%A5%E8%A8%98-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E8%B6%8A%E6%99%BA-%E9%81%93%E9%9B%84/dp/4022594861

 と、「バチカンの秘密―見えざる世界帝国の真実  赤間剛 著 三一書房」

http://books.rakuten.co.jp/rb/187317/?scid=af_pc_etc&sc2id=108238854

もお薦めしたい。

2013年11月15日 (金)

誰も書かなかったアメリカ人の深層心理

誰も書かなかたアメリカ人の深層心理

4022504919_10 加藤 諦三:著

  • 朝日新聞出版 (2010
  • 読後感:☆

 【なぜリーマンショック後、平気で多額の報酬を受け取ろうとするのか? アメリカ人は、本当は何かを考えているのか。経済格差の国・アメリカと幸福格差の国・日本、世界一楽観主義の国・アメリカと悲観主義の国・日本……長年、アメリカ・ハーバード大学で准研究員として活動を行ってきた心理学の第一人者の著者が、そのベースにある彼らの宗教観や家庭観などから紐解いて、初めて綴った目からうろこのアメリカ人論。】

 Americanは楽観主義である。楽観主義でなければならないとの強迫観念があるのではないかと思えるくらいである。
 印象的だったのは、アメリカ人には、たとえ我が子が犯罪者としてムショにぶち込まれても、悲観しないし、我が子を誇りに思うと答えた割合が高いというところか。
 この手の調査にどこまで本心で答えるものなのか定かでないが。
 それはそうと、この著者、本当に参考とすべる情報源に偏りのある人だな。こんかいはgallopとかいう雑誌である。Americaで一番権威のある調査誌らしい。
 まぁ、今はこの人が調査したときよりも景気が悪くなっているんで、Americanもさすがに時代と自国の在り方に悲観的になっている人も増えてるかもしれんね。
 低所得層の心理的安定感が日本人とは比べ物にならないくらい高いそうだ。自分はまだ這い上がれるし、Americaは最高の国と信じているのだ。
 こういう人たちがつくった社会制度を、まったく精神性の違う(根底にあるのは信仰心の強さの違いと分析しているが)日本に持ち込んでも成功するわけないんだそうだ。
 質の違う人種のやってることをただ真似てもうまくいかないんだよ、と。

2013年3月26日 (火)

ミステリアスなカクテル

4396613709ミステリアスなカクテル―美酒とミステリーの微妙な関係

馬場 啓一:著 扶桑社,2001

読後感:☆

 【チャンドラーが、ハメットが、ライアルが、こよなく愛したカクテルがある。名作ミステリーを彩るカクテル全40種類登場】

 まだ見ぬ数多のcocktail薀蓄を、舌なめずりしつつ読むのも結構辛い。が、文で酔わせるのはさすがcocktail愛好家にして日本シガー愛好家協会会長である。

 mysteryも当然のことながら読み込んでいるわけで、それらの小説で、どういう効果をcocktailがだしているか等、読みたい、飲みたい欲が湧いてくる本になっている。

 勿論、各種cocktailの作り方もしっかりでている。写真は当然。本当なら、馴染みのBar、そしてbartender(バーテンといってはならない。それは本書を読めばわかるのだw)を持ちたいわけだが、そこまでの漢ぶりでもない。こうなったら自分でつくるために、一式揃えたろかという気分になってきた。

 その時は、ここで紹介されているmystery片手に、ちょっとした贅沢な気分を味わってみたいものである。ところで何故、mysteryにはcocktailなのか。 Chandlerの影響がこの分野では強すぎるのか。

 登場人物の個性を、嗜好するcocktailによって描くとか、そういうのが西洋の作家は上手いようです。あちらには大人の文化ってものが確立されているんでしょう。この本は、そのへんも意識した、つまり作法を説く書にもなっている。

2013年3月21日 (木)

失われたミカドの秘文

4396613709
失われたミカドの秘紋-エルサレムからヤマトへ-「漢字」がすべてを語りだす! 

加治 将一:著,祥伝社  (2010

読後感:☆

 【日本に渡来した神々の驚愕のルーツが、ここに浮上する!なぜ「船」は七でも九でもなく「八」の「口」なのか?なぜ「禁」は「林」に「示」なのか? ユダヤ教、聖書、孔子、始皇帝、秦氏、そして……神秘の力が古代史を一気に貫通した。】

 発想は面白いとは思うが、強引なこじつけが多いな。途中、案の定というべきか、日猶同祖論が出てきたことに苦笑。日本語とヘブライ語の共通点の多さを指摘する人は他にもいたが、この辺かな、この小説のネタ元は。

 この著者、歴史の専門家から無視されていることを気にしているようだが、相手にして欲しいならそれらしい体裁で本書いたほうがいいんじゃないか。

 Dan Brown意識してんだろうと思うけど、巧くいってるとは云い難いな。中学で歴史教えているとかいう設定の女性、いつも必要な時に現れてくれるけど、現実に有り得なくないか。教師ってそんな暇じゃないだろ。

 Chinaに耶蘇教が流行していたとか、その影響が漢字にも現れているとかいうのはまぁ、そうかもしれんねと思わせるものはあったかな。でも強引だな、大体は。

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