書籍・雑誌

2009年11月 8日 (日)

腐れ左翼が暗躍する外国人参政権法案に亀井が反対

亀井が売国法案に反対姿勢を示した。えらい!

これの推進派は左翼であって、尚且つこの法案によって得をするのは、おもに在日朝鮮人と在日支那人である。人口的にいっても、実質彼らのための法案であろう。

なにが問題かって、それは彼らの国が筋金入りの反日国家であることだ。

三世、四世までの世代に渡って日本に在住していながら、日本国籍を取ろうともしないことからいっても、日本に同化する気はないわけだ。にもかかわらず国に帰らないわけだ。結局彼らとしてはどうなんだ?日本は住みやすいのか、住みにくいのか。当事者でもない人権派どもが脇で差別だなんだと騒いでるが、本当に彼らは言うほどの差別を受けているのか?

あたりまえだけど、日本国民でないのだから、まったく同じ扱いを受けるわけはないよな。分かるでしょうよそれくらい。

まぁ、これの背後で蠢いている連中が腐れ左翼であるのは間違いないから、道理を説いても理解はすまいな(笑)

世界的な潮流がどうのこうの言って、日本が頑なに外国人参政権を拒んでいるのは人権意識の低さと、悪しき血統主義であると断罪してみせるのだろう。

この本がその類である。

「外国人参政権と国籍」近藤 敦:著,明石書店,1996

外国人参政権と国籍新版

星:×××

『問題はアジアの動向である。日本が先駆けて国際移住と国際結婚の盛んな時代の人権、地方自治、帰化行政のあり方を示すには、戦後処理の課題とも誠実に向き合うことが不可欠である。圧迫と偏狭な政策を隣国の人々に強制した過去の反省から、「同化なき市民権」、「同化なき国籍」の要素とグローバルな市民道徳、人権意識を兼ね備えた民主主義のシステムを考案することは、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」憲法の理念に合致する。国内に住んでいる民族的・文化的少数者の権利擁護政策の一環として、総合的な施策が求められている。新たな理論の再生は、国民と外国人との二分法をやめ、永住市民というステイタスを導入したり、二重国籍という選択の幅を広げながら、個人の自己決定を保障する柔軟な枠組みの優れた特徴をいかに伝えることができるかにかかっていよう。』p183,Ⅳ永住市民権か二重国籍か

さすが腐れ左翼ですな、国民と外国人の二分法をやめって(笑)

国家の体をなさなくなるね(失笑)

つまり、国民としてとるべき態度は、彼ら腐れ左翼の望んでいることと逆をやれってことですね。納得。

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2009年11月 1日 (日)

Love Affair

「オハイオ―ニューヨーク物語」著:シリル・R・リーイ,出版はもちろん日本語翻訳権独占の早川書房

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星:☆

ニューヨークが舞台ってことで読みました。

かいつまんで言うと、オハイオ(田舎らしい)からバスでニューヨークにやってきた娘(フランキー)が、偶然出合った中年男(マキーヴァー,妻子持ちだが別居中)の家に泊めてもらうことになり、そこから互いに惹かれあっていくって話。

特にこれといった事件が起きるでもなく、淡々と流れていくのも悪くはないね。

欲をいえば、この男(記者である)が追っている同僚の失踪事件を、ふたりの恋物語と並行して書き上げることができていたら、もっとオレ好みの小説になったかなと思う。

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2009年10月31日 (土)

正義と憎しみの構造

この著者は、テレフォン人生相談でおなじみの人である。たしか。

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「正義」と「憎しみ」の構造―オサマ・ビンラディンは十六歳の少年だった!?

著:加藤 諦三,PHP研究所,2002

星:☆

著者の洞察では、オサマ・ビンラディンや反米テロリストという連中は、アメリカが憎いのではなく、祖国に対する愛憎からきているということである。そして、敬虔なムスリム(宗教者)でありながら同時に残虐なテロルを行えるのは何故なのかという疑問は、行動面だけ見ると矛盾しているようだが、心理的に解釈すると矛盾はないという。「憎しみがイスラム教の仮面を被って登場した」の一語につきるということだ。つまるところ、心理的に成長が止まった人々として論じている。

『西欧の文明は人を堕落させる、西欧文明はくだらないと主張しているのは、イスラム原理主義の防衛的価値観である。アメリカを認められないのは、自分たちの日常生活が不満足だからである。

実は、彼らも心の底の底ではアメリカが羨ましい。しかしそれを認めることはアメリカを始め西欧に負けることである。だから認められない。』(P20,「第1章 正義という仮面」)

アメリカ憎しが、じつは根っこに憧れがあるというのはオレも感じてはいた。9・11が起きたときに思ってたのは、「この連中の国は、戒律がうるさすぎて退屈なんだろうなぁ」「することないんだろうな」「娯楽もなく楽しみもなく、アメリカやイスラムでない国が楽しそうにやってるのを、愛憎半ばした気持ちでみてるんだろうなぁ」というものだった。

結局、テロルというのは、聖戦という名の自殺にすぎない。

同志を募り、自殺に促すには死後の補償という契約が必要である。したがって、本音ではアメリカ的西欧的なる価値観に憧れがあるにもかかわらず、それを認めることができない鬱屈した気持ちの捌け口として、相手にアッラーの敵というラベルを貼ったのであろう。思想的に相容れない相手が繁栄を謳歌していることに対する、愛憎半ばする鬱屈に宗教的使命という仮面を被せ、正当化したとみてほぼ間違いないと思う。

一応、不満を言わせてもらうと、エーリッヒ・フロムに傾倒するあまり、彼の著書からの引用に偏りすぎのきらいがある。

                                                                                             

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2009年10月15日 (木)

オレの信心は親鸞的かも

私訳歎異抄

快: ☆ ☆

五木寛之の親鸞傾倒ぶりは前から知っていたが(ってか、日本の知識人は異様に親鸞好きが多い)、 「善人なほもつて往生をとぐ。いはんや悪人をや。」という親鸞の思想にそれほどの衝撃も受けなかったので、いままで歎異抄を読まずにいた。

これは仏教的に言っても特に新しい思想とはいえないと思う。オレの浅い知識から言うのもなんだけど、仏教は相対主義の思想のはずである。

絶対的な善だの悪だのということは、釈尊も語ってはいなかったと思う。

そもそも仏教には、相反する概念を「即」の一字で結びつけることが多い。色即是空、生死即涅槃、煩悩即菩提などと。

仏教は融通無礙で抽象性の高い思想である。もっとも、仏教といっても、大乗非仏説を唱える者もいるが。

この歎異抄で印象深かったのは、弟子の唯円(この人が著者とされている)に親鸞がこう言っている場面である。

『「たとへばひと千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、仰せ候ひしとき、「仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ」と、申して候ひしかば、「さてはいかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし」と、仰せの候ひしかば、われらがこころのよきをばよしとおもひ、悪しきことをば悪しとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざることを、仰せの候ひしなり。』p101~102

親鸞が弟子である唯円に、師匠のいう事はなんでもきくというなら、「人を千人殺してみろ、そうすりゃ往生間違いなしだ」といったらやれるか?と問うたら、唯円は「とても自分には無理です」と答えた。

親鸞は、それが業縁というものなのだと言っているのである。人を殺す業をもっている者はそうなるし、逆に、そういう状況に遭遇してしまう業をもっていたら、その気がなくても殺してしまうこともあるのが人間なんだと。こころの善し悪しで決まるものではないんだと言っているのである。ゆえに、ただ念仏あるのみだというのだ。

これはなかなか深いようでもあるが、ややもすると運命論で終わってしまいかねない思想ではないか?なんというか、大藪春彦の言う、「運命にしたがうも運命、さからうも運命」に近いものを感じるぞ。

もったいないねこの人。妙法を知らなかったのか?あ、大聖人より先に生まれてるのか。

南無妙法蓮華経をしらなんだな。世間的な罪人にも、分け隔てなく救いがあるのは妙法も同じなんだけどね。違うのは、あきらかに念仏は死後に救いを求めるとこか。今世での宿業転換を妙法は説いているからね。

先の例でいうと、人を殺めてしまいかねない状況に遭遇していまう人もいれば、そうならない人もいる、その差はなにか。宿業によるというのが仏法である。

親鸞の思想だと、その業縁の前では人はなす術もないということである。だから、そうなってしまってもあの世で救いがあるようにと阿弥陀佛の慈悲にすがるというわけだ。

それに対して、そのような状況に身を置かずにすむようにと、宿業転換に励むのが妙法である。オレはやっぱり、念仏より題目だな。

が、それにもかかわらずオレは親鸞が好きだったりする(笑)。その信仰態度に共感するからだ。

彼は言う。自分は法然上人の仰せのままに信じているのであると。たとえ師にすかされても(だまされていたことがわかっても)恨まないと。そしてこう言う。

結局、この念仏によって救いがあるのかないのか、「存知せざるなり(しったこっちゃねぇ)」

いいぞ親鸞、その乾いた信心大好きだ(笑)

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2009年9月27日 (日)

私には夢がある

私には夢がある

私には夢がある

1963年8月28日、ワシントンD・C リンカーン記念堂でのあまりに有名な演説、 「私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、兄弟愛のテーブルに仲良く座ることができるようになるという夢が。」他、10編の説教・講演が収録されている。その場にいた聴衆たちの拍手や歓声もあって、その興奮が伝わってくる。

快: * *

『われわれが知っている哲学者の中には、血迷ってしまった者もいる。すなわち、大きな歴史的問題の一つは、愛と力(パワー)の概念が通常反対のもの、両極端のものとして理解されてきたことである。その結果、愛は力(パワー)の断念と同一視され、力(パワー)は愛の否定と同一視されてしまった。権力への意志を説いた哲学者ニーチェをして、キリスト教の愛の概念を拒否せしめたものは、まさにこの誤解である。またキリスト教神学者をして、キリスト教的愛の概念の名の下にニーチェの権力への意志の哲学を拒否せしめたものも、この誤解である。今やわれわれはこの問題を正さなければならない。必要なのは、愛なき力(パワー)は向こう見ずで乱用を招き、力(パワー)なき愛はセンチメンタルで貧血症的であるという認識である。(「そうだ」)最善の力(パワー)とは(「語って!」)(拍手)、最善の力(パワー)とは、正義の要求を具体化する愛のことであり、最善の正義とは(「そうだ」)、愛に反するすべてのものを正す愛のことである。(「語って!」)このことが、われわれが前進していく時に理解しなければならない事柄である。』(P206,ここからどこへいくのか―1967年8月16日,ジョージア州アトランタ、南部キリスト教指導者会議第十一回年次大会)

死をも覚悟して力を持たぬ者たちのために叫び、戦ったキングの烈々たる気迫が胸にせまってくる。

アメリカ社会の黒人に対する差別や弾圧が半端なかったせいか、正義を掲げて立ち上がった側も半端ない闘士を生みだしたようだ。

これが日本なら、左翼臭を放つ青白い人権活動家を出すだけで終わるであろう。

それはともかく、これを読めばわかるのは、キングはけして黒人の権利の獲得のみを目指していたわけじゃないということである。真に神の愛が実現されるような社会を目指しての戦いだったのだ。

ベトナムの戦禍にいるベトナム人にも、アメリカの白人低所得者層にも、差別意識を克服できない白人たちにも、そして憎しみに囚われている黒人たちにも手を差しのべられていたのである。

キングはこのことを強調している。

この戦いを通してわれわれ黒人は、真に白人たちと兄弟となり、友となるようにしなければならないと。白人から虐げられ差別されていた腹いせに、逆に黒人の方が白人より優れているというようなことを主張し、証明しようというものであってはならないのだと。

彼らの公民権運動が白人たちにも共感をよび、大きなうねりにも変えていった要因は、なによりも彼ら黒人たちのアメリカへの思い、アメリカこそ我が祖国という思いであったのではなかったか。

『今、私は感傷的で浅薄な愛について語っているのではない(「もっと語って!」)。私は美的でロマンティックな愛である「エロス」について語っているのではない。また私は個人的友人どうしの親近感情である「フィリア」について語っているのでもない。私が語っているのは「アガペー」〔無償の愛の意〕についてである(「そうだ」)。私は人々の心の中にある神の愛について語っているのである(「そうだ」)。私が語っているのは、一方でその人がなす悪事を憎みつつも、悪事をなす人を愛するように促す愛についてである(「もっと語って!」)。~中略~われわれの目標は決して、白人を打ち負かしたり辱めたりすることではない。われわれは黒人が優越しているという哲学の犠牲に陥ってはならない。神は単に黒人や褐色人や黄色人を解放することにだけ関心を持っておられるのではなく、全人種を解放することに関心を持っておられるのである(「そうだ、その通りだ」)。われわれは断固として次のような社会を作り出していかなければならない(「そうだ」)。すなわちそこでは、黒人が優越していて他の人々は劣等であるとか、あるいはその反対であるとかいうのではなく、すべての人々が兄弟として共に生き(「そうだ」)、人間としての人格の尊厳と価値を尊重しあうような社会をである(「そうだ」)。』(P66~67,われらに投票権を与えよ―1957年5月17日,ワシントンD・C リンカーン記念堂,自由のための祈りの巡礼における演説)

もしも彼らのなかに鼻持ちならぬ優越心や、これまでの仕打ちに対する復讐心のようなものを感じ取っていたなら、白人たちにまで共感を広げることはできなかったであろう。彼ら黒人たちの祖国への愛、愛するがゆえの不正義への怒りがうねりとなって歴史を転換せしめたのではなかったか。根底に愛あったればこそなのだと思う。

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2009年9月21日 (月)

ダ・ヴィンチ・コード

いまさらですが、ダ・ヴィンチ・コードを読みました。近所の図書館で在庫処分としてだしてあったのをいただきました。

ベストセラーにとびつくのが嫌な自分に腹がたちましたね。もっと早くに読むべきでした。

TVで放送していたのを先に見てしまっていたために、展開がわかっていたので面白さ半減しました。といっても、じゅうぶん楽しめましたけど。

これ読んでみて思ったのは、映画よくできていたなってことですね。さすがハリウッド。日本なら、映画化されると原作がだいなしになりますけど。

これについて、著者のダン・ブラウンがインタビューに答えてこう語っています。

『登場人物を脚本に送り込んだ瞬間―ラングドンやほかの人物を小説でどう描いていようが―ベン・アフレックやヒュー・ジャックマンやほかのだれかになってしまいますよね。だから気乗りがしないのです。また、ハリウッドはこうした小説をマシンガンや空手チョップ付きでパリを駆けめぐるカーチェイスに変えてしまいがちです。それでかなり抵抗があるのですが、洗練された映画を作れる数少ない人たちとは話を進めています。映画化権を売るとしたらこうした人たちだけですし、しかもわたしが内容の大部分に口を出せる場合にかぎりますね。』(ダン・バースタイン・編,『ダ・ヴィンチ・コードの「真実」』P33, 竹書房 2004) 

作家たるもの、これくらい言えなきゃだめだよな、と思いますね。映像化されることで金ははいるだろうけど、原作がだいなしにされることに抵抗を感じないようでは二流ではないか?

それにしても、キリスト教というのはいろいろ奥が深いですね。いや、教義が深いというのではなくて、その歴史的背景にいろいろ謎が多いという意味で。興味は尽きません。聖書にも暗号がいくつも隠されているとかなんとかいわれてますから。

『ラングドンは微笑んだ。「ソフィー、世界じゅうのすべての信仰は虚構に基づいてるんだよ。信仰ということばの定義は、真実だと想像しつつも立証できない物事を受け入れることだ。古代エジプトから現代の日曜学校に至るどんな宗教も、象徴や寓話や誇張によって神を描いている。象徴は、表しにくい概念を表現するひとつの方法だ。それを丸呑みしないかぎり、さほど問題は生じない」 ダ・ヴィンチ・コード㊦,P152』

そのとおり。虚構、仮説であるからこそ信じるのでしょう。人間がどこから来てどこへ向かうのか?この世とはなんなのか?なぜ世界は存在しているのか?どれも答えられない。しかし、その答えられないことにも意味を与えたくなるのが人間というものなのでしょうかね。すでに解っていることなら、信じるもなにもないわけで、解らないことだから信じる信じないという態度をとるのでしょう。

俺としてはキリストが人の子であるのはあたりまえの話で、それのなにが気に入らないのかが分からないのですが。仏教徒や不信心なものからしたら、キリストはひとつの宗教の教祖という見方をしてしまうのだけど、信者にしてみたら、教祖=人の子というイメージになるのかもしれませんね。あくまでもキリストは神と同格でなければならないということなんでしょう。

とにかく本を置くのも躊躇われるほどのおもしろさでした。

快:* * *

ダ・ヴィンチ・コード(上)      ダ・ヴィンチ・コード(下) 

 ダ・ヴィンチ・コードの「真実」

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2009年8月24日 (月)

Last Man At Arlington

ジョゼフ・ディモーナ 著,「アーリントン最後の男」 を読んだ。1982年の小説だから、けっこう古い。

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これを読んでみても思うのだが、あの当時のケネディ人気っていうのは、ほとんど宗教的熱狂に近かったのではないだろうか?

これは、ケネディに熱をあげた愛国青年が、ケネディ政権にかかわりのあった人たち6人を順番に殺害していくというもの。そして、そのうちの一人である合州国司法省次官補ジョージ・ウィリアムズが事態の解決にのりだす。

このジョージ某が司法省きっての切れ者で、この不可解な犯人を追いつめていくのだが、なにしろ動機が分からない犯行なのだ。

ケネディの十回忌に合わせた犯行という脅迫文が、なぜかジョージ・ウィリアムズのもとにだけ届いた。あとの5人はといえば、ケネディとのかかわりも、あるって言えるほどのものではないのだ。

なぜこの6人が死なねばならないのか?しだいに明らかになる犯人像。奴はヴェトナム帰還兵のようだ。しかしあとの5人はなんだ?この人選がとにかく謎なのだ。

ってわけだが、後にあるVTRを見てびっくり?

「え、これだけのことで?」

「あのときの彼らが今こうなっちゃったのが許せないからってことで?」

そんな、分かるような分からないような動機から犯行におよぶ犯人に対して、しかしウィリアムズは、すくなくとも自分には狙われる理由があるということを知る。

ところで、気になるのは、これにたびたび出てくる「オリンピアン」なるものである。秘密組織のようだが、それにはCIAがからんでるようで、このケネディ狂の犯人はこれに人生をくるわされたようなものなのだ。かわいそうではあるが。

ただ、このケネディにもいろいろと黒い話があるんで(歴代大統領のなかでも、抜きん出て政敵の暗殺にせいをだしたともいうが)、人物を評価するというのがいかに難しいかってことを考えさせられる。

チェンジ!で熱狂させたオバマをケネディにたとえるぐらいだから、ケネディという存在は希望の象徴みたいなものだったのだろう。

快:*

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2009年8月22日 (土)

さすが文化大恩の国(失笑)

勘弁してほしいわ。博正さん何を話してきたんでしょうか。

お願いですから、あんな国に媚び諂うのはお止めくださいね。

しかも、釣魚台迎賓館ですと!政治的意図がありありじゃないですか?

ここに招かれて会談ですか。

支那政府からしたら、政権政党を持っている組織だけに、利用価値ありというわけですな。

わかりやすいっすね~。

尖閣諸島と言いますんで、覚えておいてくださいね支那の皆さん。

さらにこんな記事もある。

リンク: <a title="おかしな中国の常識?「ごめんなさい」と言わない中国人の夫―中国 - 速報:@niftyニュース" href="http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20090816017/1.htm">おかしな中国の常識?「ごめんなさい」と言わない中国人の夫―中国 - 速報:@niftyニュース</a>.

やつらが謝るわけがない。

『自分に不利になる事は一切無視する。決して謝らない。そして、平気で嘘をつく。それが、五千年の歴史に息づく中国人のDNAなのだ。』(若宮 清,『中国人の99.99%は日本が嫌い』ブックマン社 2006,P16)

これ、とにかく読んだほうがいい本です。支那との友好を口にしている人は多いが、もしも、同じ人間なのだから誠実に向き合えば必ず理解しあえるなどというほほえましい前提にたっているのなら、その前提は捨てるべきだ。そう言わざるを得ない事例が多すぎる。

ところで、この本を読んでいて思わず膝を叩いたのが、無能な外交しかできないのなら国連など脱退すべきだという主張である。 よくぞ言ってくれましたと言いたい。

『国連の分担金はアメリカが22%、日本19.5%、ドイツ8.7%、イギリス6.1%、フランス6%、となっており、中国に至っては2%に過ぎない。アメリカの分担金は22%となっているが、実際の支払いは遅延続きで、実質国連を支えているのは日本だ。常任理事国にもなれない日本は、この際、その負担額を5分の1程度に軽減してもらうか、いっそ脱退を宣言してもいいのではないか。 国連と言う組織がほとんど機能しなくなっていることはイラク問題でも判明しているし、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮の核問題を見ても明らかだ。一方で汚職、賄賂、セクハラ問題等、腐敗スキャンダルのたぐいは枚挙にいとまがないし、「発展途上国の最高の就職先」という陰口もいまや公然の事実になっている。そんなところで、いつまでもキャッシュ・ディスペンサーの役割を担っている馬鹿な外交など、私にはとても信じられない。』(同,p232-233)

俺も信じられませんね。でも、こんなろくなもんじゃねぇ国連を支援し続ける事が、日本の進むべき道だと信じて疑わない素敵なひとたちがいるらしいですね。 外務省の方たちとか。

立派な人たちですよね、ほんと。東京大学という最難関の学府をでたエリートと呼ばれている方たちですよ。 さすがにエリートですね。すてきに日本をミスリードしてくれますわ。

「外務省はODAを軍事力を持たない我が国の唯一の外交カード」だと本気で思っているみたいですね。

だいぶ疲れてるみたいですね(u_u。)

『2003年4月に国連人権委員会において、「北朝鮮の人権状況に関する決議」が採択された。ここで日本人が一番関心を持つのは、もちろん拉致問題であり、この審議でも拉致問題解決が謳われていた。だが、ナントこの人権委員会、加盟53カ国の中で、日本人拉致解決に賛成したのは28カ国だった。約半分である。インド、パキスタンなど14カ国は棄権し、10カ国は反対に回った。反対国には中国がもちろん入っていた。 このとき、国民的関心事である拉致問題解決に、日本のODAは何の役にも立っていないことが証明されたのではないだろうか。日本の外務省の能力とはこの程度であるのだ。』(同,p230-231)

日本て、金を無駄に捨てられるほど余裕ありましたっけねえ?そろそろ阿呆な金の使い方やめてくんねえか?

日中友好の金の橋、文化大恩の国。。。

失笑

『朱に交わっても決して染まらない民族。それが中国人だともいえる。 このことを理解せず、ひたすら媚び諂い、上っ面の“友好”を求めてくる日本の政治家や経済人、マスコミなどは、彼らにとっては赤子の手をひねるより簡単に手玉にとれる存在ということだ。 中国人は相手が強い立場にあると思ったら“友好”を口にし、「協力」や「合作」を提案してくる。しかしいったん「弱い」と認識したら、そんな前言などさっさと翻し、がんがん責めてくる。それが彼らの行動原理だということを、中国人相手の交渉では決して忘れてはいけない。もちろん政治・外交に於いてをや、である。』(同,p128)

そして、この朱に交わっても決して染まらない人々がいま、この国土に何10万人もいると言われている。

定住するしないはよしとして、永住を決めた者には国籍なくても参政権を与えようなどどいう、すてきな売国奴どもがこんどの選挙に大勝しようとしているわけダー。 やつらのほざく、政権選択選挙というスローガンをマスコミも一緒になって既成事実化しやがって。

薔薇色の未来が待ってるってとこかね?俺には、日本人が日本人として生きていける場所が、いずれなくなる気がするんだけど。

不快:××

中国人の99.99%は日本が嫌い

著者:若宮 清
販売元:ブックマン社
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2009年8月16日 (日)

ニューヨーク・チルドレン

また一冊愛すべき本に出会った。 読後の、この馥郁たる余韻。

読み終えた後、しばらくなにも手につかない程の余韻が残るというのは、俺にとって良い本の条件でもある。

ブーティー・タブよ、お前は俺だよ。いや、それは正しくはないな。俺は君のように優秀ではなかった。だから、俺の将来に期待を寄せた人はいないだろう。

しかし、彼は教授とあだ名されるほどに優秀だったのに、大学に嫌気がさし、引きこもってしまった。母はそんな息子をも信じている。しかし、フレデリックという名の息子に、なぜかブーティー(尻)などというあだ名をつけてしまったのは、この母であるが。

冬の日、雪かきを一人でしている母。なかなか手伝いにもこない息子。やっと現われた息子。すっかりデブになってしまった引きこもりの我が子をしばし見つめる母。

嗚呼、俺が引きこもっていたときに、俺の母親はなにを思っていたのだろう。いつか立ち直れる日がくると信じていたのだろうか。 もう、我が身に照らして読まずにはいられないのだ。

他にも惹かれる登場人物はいる。特にTVディレクターのダニエールは、一番ブーティーに近いものを感じた。彼女自身、それを感じたのではないだろうか?だからこそブーティーに優しかったし、彼を憂えることができたのではないかと。

ブーティーは故郷ウォータータウンに嫌気がさしていた。ここにいてはだめになると。ニューヨークに行かねばと。そこには、尊敬するマレー・スウェイトがいる。マレーは著名なジャーナリストである。彼を頼っていけば、そして彼からなにかを学びとることができれば、自分の人生が拓けるかもしれないと。が、それが為に結果的に彼はさすらい人となるのだが。

ところで、この本は【英米の著名紙誌で絶賛され、《ニューヨーク・タイムズ》2006年度ベストテンの一冊に選出、ブッカー賞にもノミネートされた】そうだ。

2006年度の出版物であって、舞台は2001年の3月から11月までのニューヨークにしているということもあり、あの場面が出てこないはずはないなとは思っていた。

9・11である。

だが、このクレア・メスードはそれの描き方がうまい。なかなか9・11という表現もださない。ただ、突然の災禍としてそこに生きる人々の不安や悲しみといったものを描いている。抑制のきいた書き方だなと思う。それがこの小説の、全体を通して流れている都会的なセンスの好さを損なわずにすましているのだと思う。

『彼は、トランクス姿のまま、窓辺に立って、裸の胸をローワー・マンハッタンの方に向けていた―彼女はそれについて、ストリップショーにちなんだジョークを言おうとした。そのとき、彼が指で示しているのを見た。「あれを見ろ」と彼は言った。「あそこからとてつもなく大きな火が出ている。爆弾かなにかに違いない。あんなに高いところで」

彼女はリモコンをつかむとそれを押してテレビをつけた。ふたりはそれからの一時間半テレビと現実の両方を見ながら過ごした。窓の向こうを見つめ―そこからの眺めは遮るものがなく、壮大だった―テレビの画面を見つめ、まるで自分たちがマンハッタンにいながらにして別の場所、たとえばコロンバスにいるような気がした。そしてテレビに映るものすべてがかなり現実的に見えたのは、実際に窓の向こうで起きていることがまったく信じられなかったからだ。(中略)

これを映像にするのは、その現実性を確認するためなのだ。全世界がこれを、そしてペンタゴンを見ていて、それは、これが実際に起きていることだと知るためなのだ。テレビから聞こえるサイレンと、窓の外のサイレンが、心をかき乱すように響き渡った。テレビから聞こえる不協和音のほうがまだしも耐えられ、まだしも不安を掻き立てられなかった。それが小さな箱のなかで響いていたからだ。外から伝わるサイレンと叫び声と内臓に響くような轟音とは違って、スイッチを押すだけで消せると想像することができたからだ。この大惨事に停止命令を、できるものなら、だせるという幻想を抱くためにふたりは見続けていた。』(P511―512)

この惨事を境に、これまでの人間関係に変化が起きていく。

クレア・メスードは、あくまでも個人の神話を打ち立てることにこだわったと思う。彼女は本書の扉ページに次の文を引用している。

「将軍はいつも威厳のある口調でこう言っていた。もし個人の神話をみごとに打ち立てられたら、ほかのことなどたいした問題ではない。重要なのは、人々の身に実際に起きることではなく人々の考えることがその身に起きることなのだ、と」―アンソニー・パウエル『本は部屋の必需品』より

9・11は重要なことだったろうか? 重要なのは、人々の身に実際に起きることではなく人々の考えることがその身に起きることなのだ。

あの男にとっては、この惨事は重要な転機となったのだろう。

特性のない男から、いつか特性のある男になる―その秘めたる野心が成就する日はくるのだろうか。

彼が身をひそませていた部屋を去るときの描写に、胸をしめつけられる。何度そこを読み返したか。

「偉大なる天才の伝記は短い、と彼は自分に言い聞かせた。」(p593)

意味深な言葉である。最後まで彼には負の臭いが立ちこめている。だからこそ俺は、彼に感情移入してしまうのだ。

彼はどのように生まれ変わるだろうか。彼の命は、創造に向かうのか、破壊に向かうのか。

クレア・メスードよ、願わくばこの続きは書かないでほしい。この先は、読み手にまかせてほしいのだ。読み手自身が、彼らでありえるはずだから。

物語は都市に起こる。

ニューヨーク。 この大都市に生きるのは、どんな人たちなのだろう。

活力に溢れていて、しかも洗練された人々。世界の中心、経済の中心に生きていることの自信に満ちた人々。

人生の悲哀もあるだろう。大都市ゆえの疎外感なども。しかし、中心に生きているというその感覚が、彼らの孤独を癒し、彼らの野心と身体を支えているのかもしれない。美化しすぎかもしれないが。

一生訪れないかもしれないその都市に、俺はそんな想像を膨らましている。

快:* * *

ニューヨーク・チルドレン

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2009年8月 2日 (日)

古本が好きな訳

俺の場合、本を買うなら古本屋です。時事問題を扱った本なら、情報の鮮度があるので新刊で買うこともあるけど。

古本好きなのは、値段だけが理由ではない。実は、本の書き込みだったりする。

変わり者だと言われる。 なんというか、前にこの本を読んだ人がどういう人なのかとか、どういう読み方をしたのかとか、いろいろ興味をそそられるのです。

沢木耕太郎の「チェーン・スモーキング」というエッセイにも、これと似たような話がありましたね。

本の背表紙というんでしょうか、よく、謹呈とか贈呈なんて印を押してあって、送った相手の名前が書いてある本があるんですよ。 買ってしまうんですよ、つい。

こんな本も見つけました。 「中国人の99.99%は日本人が嫌い―若宮 清 著 ブックマン社」です。

Pict0003 同姓同名ってことですかね。町村信孝って政治家にいますけど、あの人に献本された本なのだろうかと、そそられて買ってしまいました(笑)。

読んだのかな?町村氏(笑)。本に折り目もなければ、汚れもないきれいな状態でしたけど。

もっとも、BOOK OFFの場合本を研磨するから、手垢や汚れも目立たないようになってはいますがね。

ひょっとして、もし町村氏がこれを読まずに手放したとしたら、名前を間違って書かれたことに腹を立てたのかも(笑)。

若宮さんも献本にするなら、間違いを強引に誤魔化すんじゃなくて、別の本に書き直せばいいのに。

それにしても、 まったく俺のoffときたら、単調極まりない(泣)。

①パチンコ②図書館③古本屋

これくらいしか、行動パターンがない。

今日も、図書館で少々勉強をしてきて、その後パチンコやったけど、アホらしくなって千円使って止めた。

でも、そのまま真っ直ぐ家に帰るには時間がはやい。んで、結局またBOOK OFFに寄ってしまった。

よく、ストレスが溜まると過食症になる人がいるとか聞きますが、本買いまくるのも同じ現象なのではなかろうか・・・・。

読みかけの本も結構溜まってるんですがね。

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2009年7月26日 (日)

“ビルダーバーグ倶楽部”―やばい

ビルダーバーグ倶楽部-世界を支配する陰のグローバル政府 ビルダーバーグ倶楽部-世界を支配する陰のグローバル政府

著者:ダニエル・エスチューリン
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まことしやかに囁かれる、彼らによる世界支配。陰謀論(共同謀議論と言い換えても良いが)は巷に溢れているので、いいかげん食傷ぎみではあるが(苦笑)。

読むかどうか、書店で見かけても購入を迷っていたのだが、公明文化協会のサイトで興味深い記事を読んだので、自分でも調べてみようと思って買いましたわ。

読後感をまず言っておくと、『俺にどうしろっていうわけ?』である。こいつらがやばいってのは分かった。ようするに、金持ち過ぎるわけですよ(笑)。唸るほど金が有り余ってやがるのさ。よくTVにでるような、ヒルズ族だのなんだのとは次元が違いすぎるのだ。車を何台も所有しているとか、ブランド物をジャラジャラ身に着けているとか、そんなのとは比べものにならんのだな。

例えば、苫米地英人が言っていたはずだが、ライブドアの不祥事で堀江某がタイーホされたとき袋叩きにあっていたが、これが丸紅だの三菱だのが不祥事やらかしても、同じように叩かれ、あろうことか経団連から外されるなんてことがおきるだろうか?ってことですよ。

なんといいますか、金持ちと一括りにはできない「巨大さ」ってものがあるんですなぁ。ビルダーバーグ倶楽部ってのは、それの世界クラスの連中と言いますか。いや、ここまでの影響力を持ってしまうとこいつらが『世界』そのものと言ったほうがいいかも。

ヒルズ族にしろ経団連にしろ、経済のルールの中で覇を競い合ってるって感じでしょう(経団連は日本国内では強いけど)?奴らは違うのさ、存在が別格なわけだ。経済のルール自体を作り変えることができるような傍若無人な輩なんだな。ルールを作る奴らが一番強いってこと。

分かり易く喩えるなら、ヒルズ族等の新興の金持ちを鹿の糞とするなら、ロックフェラチオみたいなビルダーバーグの奴らは象の糞ですよ。出す量も凄いが、食い荒らし方もはんぱねぇっすから。

で、ビルダーバーグってのは、この著者の言い分によると『世界統一主義者』だそうだ。てめえらが意のままに世界を支配するためには、なによりもまず、世界がてめえらの価値基準に沿っていなければならないと考えるわけ。各国家が各々自己主張をしやがるのはうぜぇ!ってわけで、全部俺らに合わせろ!と言うことですな。世界を統一したルールで縛ってしまえば、そのルールを作ったもん勝ちってことですよ。永遠の勝ち組決定ってわけですか。

だから奴らは主権国家というものが邪魔なんだと。国連を強化しなければならないと考えている人、危険ですね。まんまと奴らの網に絡め取られますぜ。世界政府ができれば、国家間の戦争もなくなる!世界の人民が争いもなく平和に暮らせるじゃないか!これの何が悪いんだ!?、と思っている方、あなたはたぶん犬的性質の強い方でしょうね。温かい家と餌を与えてもらえるなら、お手!だの待て!だの、芸を覚えて愛玩動物としての勤めを忠実に果たす生き方に疑問を持たずにいられる人に違いない。

『体毛ふさふさに生えてるの見えてねぇのか!鬱陶しい服なんぞ着せるんじゃねえよボケが!暑いだろどアホ!』と、文句の一つも言えない犬的生き方。嫌だなそんなの。

アンチェイン・マイ・ハートな猫的ずうずうしさを持って生きたい。

とにかく、権力は分散しておかないと危険だということにつきる。これらの本を読んでつくづく思うのはその一点だな。

いろいろ線を引いて読んだが、一つだけ挙げておくことにする。

はじめに―新たな時代の幕開け―絶対隷属に陥る世界より

「世界中で何が起ろうとも、『ほとんど偶然』のできごとのように見える。しかし、実際はこういうことだ。ビルダーバーグの年次会合で、さまざまな分野にわたって議論が交わされ『合意』が生まれる。そして、その瞬間から、政治と経済の分野で強大な力を持つ利害関係者が、主流の報道機関を利用して合意の実現に全力で取り組む。同時に、これがたちまち世界共通の政策となり、利害を異にすると思われるはずの世界中の関係者を縛るのだ。」(p36)

怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ。

つっても、これを吉本隆明に言わせると、黙示録的思考の産物って事になりますけどね。

俺としては、権力の毒ってやつを常に思考の片隅にでも置いておいて、それで世の中を見ていけば、そうそう騙されることもないかな?とは思っているが。。。

ただ、たとえ見ぬくことができたにしても、それに抵抗することがどこまで可能なのかは知らん。ルールを作る奴が一番強いってことになってしまうのだな、結局は。

不快:×××

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2009年6月 1日 (月)

一ヶ月仕事してないから身体だるだる―バチカンの本

「バチカンの秘密―見えざる世界帝国の真実  赤間剛 著 三一書房」を読んだ。 おそらく、こてこての陰謀論だろうと思って読んだのだが、そうじゃなかったね。中立的に書いてると思う。

バチカンの秘密 バチカンの秘密

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トンデモ本の類ではないのか?というのも、著者の他の著作をざっと見ると、それっぽいのばかりなんですわ。

「フリーメーソンの秘密」、「UFOのすべて」、「ヒトラーの世界」(三一書房)

「神々の陰謀ⅰ・ⅱ・ⅲ」(時の経済社)

「黙示録大預言の恐怖」、「日本ユダヤ陰謀の構図」、「フリーメーソン・世界支配の戦略」(徳間書店)

「ホワイトハウスを操る二つのマフィア」(KKベストブック)

凄いね(笑)。これ全部読んだら、結局、どれが一番やばいんだか分かんねえだろ、って事にならんかね(笑)。

でも、読みたいね。好きなんだわ、こういうの。 

よく分からんのが、なぜか電話番号と住所まで載せていること。もちろん、自宅のではなく、事務所かなんかだろうとは思うけど。

まぁ、それはよし。

良く書けている本です。バチカンについて知らない自分にとっては、良い入門書となった。

本書の書かれたのは1980年代初頭、時代的背景から言うとポーランド『連帯』の頃。

ソ連の圧制に抵抗しようという、ポーランド労働者達の戦いが起きていた当時の情勢から書き起こして、それの背後でバチカンの果した役割を明かし、バチカンとはいかなる宗団であるのか?どの程度の規模で、どれ程の影響力を持つのか?いかなる戦略を持つのか?而してその理念は何か、読みやすく且つ分かりやすく書けている。

バチカンの暗部を、殊更あげつらって書いていないところが良い。そういった面が無いわけではないだろう。なにせ、全世界に8億を超える信者がいて、しかも、エリート層への布教というのを、はっきり戦略として持っているわけだから。

しかし、本書はあくまでも、眼に見えている範囲でのバチカンの行動について、中立的に書いている。そこが良い。暗黒面を見たい向きには、それ相応の本が他にあるだろう。

これ読んで一つ分かったのは、バチカンは共産主義に対して、はっきりと対決姿勢をとっているということ。変に中立で煮え切らない態度をとるより、筋が通っていて良いと思う。

その点、創価学会は曖昧さがあるね。 日本共産党と対立姿勢をとっていながら、半面、支那政府とは友好的な態度をとっている。本気で友好が有り得ると思っているのかね。

「日中友好の金の橋」とか、池田先生がそれを言うのは、一民間人の主張だから良いと思うが、その言葉をそのまま国会の質疑で使う議員には、頭を抱えてしまうぜよ。

もっとも、これを「カネの橋」って読ますなら別だけど。支那人とは、利害による付き合い以外を求めない方が良いと思うね。

話がそれるのでこの辺で。

尚、お題と記事の中身の繋がりがないことに特に意味はない。所詮、このブログは暇人の呟きである。

快:*

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2009年5月23日 (土)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい⑦

 「人権派弁護士」の常識の非常識

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不快:×××

第7章 日本人拉致問題―北朝鮮をサポートし、“代理人”を務める

一昨日、TOKYO MX で放送の番組に、北朝鮮の女性が出ていて驚いたね。何者なんだ、いったい。なにやら、北朝鮮の庶民の暮らしぶりやら、TVはどういうものを放送しているかなど話ていたが、それを語らせる意味はなんかあるのかね?それを聞いたからって、こっちがあの国に親しみを感じるとでも思ってんのか?TVのやることはよく分からん。しかも、お国柄がああだから、工作員がどうどうとTVに出ているのかと訝ってしまう。

しかし、どう見てもまともな国とは思えないのに、北朝鮮にかたいれしている輩がいるんだな。人権派は、概して北朝擁護だな。顧問弁護士か?

日本が戦時中に行った事を持ち出してきて、拉致問題を相対化しようという輩。どんな理屈つけようが、あんたら左翼だろ。それとも世界市民主義者かい?どっちにしろ気を許せないがね。

<この章に名が挙がっている腐れ左翼を記す>

姜尚中 東大教授=東アジア共通の家という思想の持ち主。囁くような声で左に洗脳(笑)

和田春樹 東大名誉教授=「従軍慰安婦」問題では日本を熱心に批判し、北朝鮮の拉致問題は無視(笑)

佐高信 評論家=企業や官僚の事は辛辣に批判するが、拉致問題を追及する川上博弁護士を糞バエ呼ばわり(笑)

水島朝穂 早稲田大学教授=第1回 日朝首脳会談後に帰国した5人の拉致被害者を、北朝鮮に帰さなかったことが悪いという残念なお方(笑)。

武者小路公秀とかいうのも、この発想の持ち主だ。

「拉致問題はまだ解決されてはいませんが、それは朝鮮側に原因があるのではなく、小泉と金の間で日朝ピョンヤン宣言が発表された後、拉致被害者たちが日本に帰国する際、一旦朝鮮に戻る約束をしていたのですが、日本政府は朝鮮政府との約束を反故にして全員戻さないようにしました。」

は!?大丈夫かい(笑)

『真に普遍的な意味での人権を大切にしている者なのか、それとも社会主義イデオロギー、反日イデオロギーなど何らかの政治的イデオロギーを主張するために「人権」なるものを武器として使っている者なのか―それを明確に区別しようとするとき、北朝鮮による拉致・人権侵害問題に対する姿勢が格好の“踏み絵”となるからである。』(P196)

これ重要なとこ。で、党派性の人権派の連中が以下。

辛淑玉 人材育成コンサルタント=どんな人材育成してんだか(笑)。

『仮に北が日本人を拉致したとしても日本人は批判できるだろうか。戦争中、膨大な数の朝鮮人を国家の名の下に拉致した歴史的事実がある。いまなぜ日本に多くの朝鮮人がいるか考えてみてほしい。自国の歴史を忘れた発言が多すぎる

なんだこいつ?最後の件、自分のツラ鏡に映して百篇言ってみろ。こいつは、日本人が北朝鮮を見て異様に感じるのは、かつての天皇万歳時代の自分達を見ているようで嫌だからだ、というようなことも言ってたな。北朝鮮で人材育成しテロ(笑)

坂本義和 東大名誉教授=しっかし、官僚製造工場といっても過言ではないこの大学、左に巻いてる奴ばっかりか(笑)。これで日本がおかしくならんわけがないわな。

『先日、横田めぐみさんの両親が外務省に行って、まず、この事件の解決が先決で、それまでは食糧支援をすべきでないと申し入れた。これには私は怒りを覚えた。自分の子どものことが気になるなら、食糧が不足している北朝鮮の子どもたちの苦境に心を痛め、援助を送るのが当然だ』(平成12年8・14付「朝鮮時報」)

アホですな。こういうアホがいる大学が、最高のブランドになってるんだからかなわんね。 子どもたちの苦境に心を痛め、援助を送るのが当然だって?なら、子どもたちを苦しめているあの国の政府を責めろよ(笑)。この世の楽園がなんで食糧支援を必要とするんだ?寝ぼけた事いってんじゃねえ。

辻元清美 社民党=総理!総理!で墓穴を掘った残念なお方(笑)。

『(北朝鮮との対話路線)弱腰だと言う人に言いたいのは、「声高に非難して帰ってくるんですか、道が開けるんでるんすか?」ということ。国交正常化の中では、戦後補償が出てくるでしょう。日本は、かつて朝鮮半島を植民地にして言葉まで奪ったことに対して、北朝鮮には補償を何もしていないのだから、あたりまえの話です。そのこととセットにせずに、「9人、10人返せ!」ばかり言ってもフェアじゃないと思います。』

じゃあ言わせてもらいますが、弱腰に非難して帰ってくるんですかね?墓穴掘ったんだから、大人しく入ってろ。

土屋公献 元日弁連の会長=北朝の顧問弁護士(笑)。朝鮮総連中央本部が入っていた千代田区の土地、建物が都内の投資顧問会社に売却されていた件、あれの総連側の代理人だったのがこの輩(笑)。さらに、無防備地域宣言全国ネットワークの呼びかけ人(笑)

北朝擁護派=人権派という滑稽さ`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

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2009年5月18日 (月)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい⑥

「人権派弁護士」の常識の非常識 「人権派弁護士」の常識の非常識

著者:八木 秀次
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第6章 「従軍慰安婦」問題、沖縄「集団自決」訴訟―日本を犯罪国家に仕立てる

腐れ左翼が執念を燃やすこの問題の火付け役は、毎度お馴染み朝日新聞であった。

きっかけは、1991年8月11日付朝日新聞に掲載された「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦を韓国の団体聞き取り」なる記事であるらしい。

やってくれるね~。

しかも、ご丁寧に、宮沢元首相の訪韓に合わせて書かれているってんだからにくいね~。

『平成4年(1992)年7月6日、圧力に負けた日本政府は事実の検証を経ずして軍の関与を認める「加藤談話」を出す。』(P162)

加藤紘一もそろそろ議員辞めてもらわないとな。

『実は、日韓両政府はこの談話をもって「従軍慰安婦」問題に政治決着をつけることで合意していたのだが、韓国はそれを破り、官民挙げて「従軍慰安婦」問題の追及を続けた。』(P162)

こうなると、腑抜けな日本政府はさらに、当時(1993年8月4日)官房長官だった河野洋平による河野談話をだしちゃうわけだ。河野洋平とその倅の太郎も、そろそろ議員卒業しないかね。

『「河野談話」が根拠としたのは、裏付けのない元慰安婦への聞き取り調査だけだった』(P164)

そもそも、従軍慰安婦なる言葉が世に出たのは、千田夏光なる人物が1973年に出版した「従軍慰安婦“声なき女”8万人の告発」という本かららしい。この御仁の造語だ。

さらに元日本軍の吉田清治という御仁による、「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」なる本が、これを大きな問題に発展させたというのである。発展させたのは言うまでもなく、朝日新聞である。`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

だが、秦郁彦氏によると、この吉田清治という方の経歴も嘘で塗り固められたものらしい。

1991年12月6日、元慰安婦なる人らが日本政府を相手取り、「アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求」という裁判を起した。が、一審、二審、最高裁でも棄却。そりゃそうだろ。家が貧しくて、親にキーセン検番へ売られたって認めてるんだもの。その後養父にキーセンから日本軍のいる部隊に連れて行かれたって言ってるでしょうよ。

だけど、左翼弁護士はこれを無視(笑)。

ちなみに、この裁判で原告代理人を務めたのが、高木健一、幣原廣、林和男、福島瑞穂(笑)であった。

この高木某、1993年には他の弁護士と共に、インドネシアにまで行って現地の元従軍慰安婦探しをやったそうだ。すごいね~。1人当たり200万円の補償を日本政府に要求するから名乗り出ろだとよ(笑)。国民的英雄ですな。

そしたら出るわ出るわ!当たり前だっつうの(笑)、数十年分の年収を補償するなんて宣伝されりゃ~、関係ないのも出てくるだろうが。実際2万2千人も出てきたんだと。

当時インドネシアに駐留していた日本兵、2万人だとさ。そんなに必要とするかいな?戦ってる暇ねえだろ(´,_ゝ`)プッ

ともあれ、インドネシア政府は、日本との補償問題は1958年の協定によって完結しているとして、この問題は終息したようである。

幸いにも、インドネシア政府には国家としての誇りってものがあったおかげで、この左に巻いてる連中の野望は失敗に終わった。

しかし、左翼はまだまだこんなもんで引き下がりはしないのである。北朝の拉致問題で、またぞろ出てくるわけだ、この従軍慰安婦問題が。

日本は北朝を批難できるような国か!過去にやったことを見ろ!ってわけだ。

拉致問題を相対化しようって魂胆だな。じつに涙ぐましいつД`)・゚・。・゚゚・*:.。

しかし、こうしてみるとあれだな~、民主党と公明党が間違ってくっ付いちゃうと大変だぞ(笑)。

大田さん、次の選挙で負けた場合、連立解消はありえるのか?、民主党との連立もありえるのか?って質問にたいして、いっさいはっきりしないからな。戦いの前に、負けた時の事を語るべきでないとか理由にもならんことを言ってますけど、有権者にとってはどことどこがくっ付くのかは重要な問題ですぜ。一党で政権維持できないんだから、どういう組み合わせになるんだか分からんで投票できるかっての!

こういうの好きだわ~(笑)
34 :名無しさん@九周年:2009/05/07(木) 09:37:36 ID:RjhyXJBuP
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   `゙:゚`.゙:..`.゙:‐'゙Copyright 1989.4.20 AsahiShinbun.`
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   言葉は韓国的で、残酷で、ときに無責任だ。
   それでも私たちは嘘を信じている、捏造のチカラを。

          ジャーナリスト宣言 朝日新聞
         KYは朝日新聞社の登録商標です

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2009年5月16日 (土)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい⑤

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第5章 「外国人の地方参政権、公務員就任権―日本人の国家意識解体を目論む

日本国籍を持たない者にも、国民と同じ権利を与えるべきだと考える連中がいる。人権派、または言ってみりゃ腐れ左翼である。

やつらの言い分を簡単に言うと、日本人と同じように税金も払っているし、何年も住んでいて日本人と変わらず生活しているじゃないか!それなのに差別する気か!ということらしい。

差別があってあたりまえ(笑)。国民と外国人との区別がないわけないだろ。区別があるなら、この国で受けられる行政サービスなり行使できる権利なり、差があって当然だろ。

何年住んでようが、国籍持たないなら、それは住民ではあっても国民ではない。この感覚が分からないのは、そうとう怖い連中だ。

しかも、ここでいう外国人とは、実際のところ在日朝鮮人、次いで支那人である。これらの人達は、何年居住してようが日本にたいして抱いている感情は、「恨」の一字であろう。なにしろ、彼らの通う朝鮮人学校では、本国と同じ教育をするのだから反日に染まるのは当然だ。

そういう人達を、日本人と同じ扱いにしろっていうほうがどうかしている。

「在日」が地方参政権をめぐって国を提訴する裁判はこれまで何度か行われてきたが、最高裁は1995年2月28日、この訴えを棄却している。

『最高裁は「住民」とは「日本国民(たる住民)」、すなわち日本国籍を有する住民だとした。憲法の趣旨に沿う当然の解釈である。明確に外国人の地方参政権を否定したのである。』(P121)

だが、このとき、5人いるうちの一人の裁判官が左に巻いてたんだな~。これがやっかいな傍論を残すわけだ。

その御仁とは、後に女系天皇を容認するよう提言したこともある、行政法学者の園部逸夫。

これに飛びついたのが、左翼の機関紙である朝日新聞等だ。判決そのものより、裁判官の言ってみれば法律論とはべっこの、感情の吐露みたいなものであろう、傍論を重視しているのだ。

‘95年に判決が下ってからも、‘98年10月~これまでに、永住外国人等に地方参政権を付与する法案は、廃案4回、継続審議22回だとさ。しつこいっちゅ~の。しかも、まだ納得できないらしく、法案提出の動きをみせている。

『公明党は以前から付与に前向きで、これまで5回も法案を提出している。また、民主党は結党時の基本政策の中で、付与を早期に実現することを謳っている。

共産党や社民党には日本人の国会意識の弱体化を図るというイデオロギー的な狙いもあると思われるが、両党を含め、各党には自らの党勢拡大に「在日」ら永住外国人を利用しようというのが本音だろう。

例えば、公明党は支持母体である創価学会の「在日」票を、民主党は太いパイプのある民団系の「在日」票を当てにしているのである。かって民主党の小沢一郎代表は金大中元韓国大統領に付与を約束し、平成20年(2008)年1月、李明博新大統領の特使として来日した李相得国会副議長との会談でも、「以前から早くから実施すべきだと考えていた」「党内で早くまとめて実現した」と述べている。

こうした姿勢は、党勢の拡大という党利党略に国家の根幹に関わる問題を利用するものである、と言わざるを得ない。国民は危機感を持ってこうした動き、それを背後から援護射撃している「人権派弁護士」らの動きを注視するべきである。』(P145~146)

下線部については著者の憶測が強い気はするが、しかし、票を当てこんで云々以前に、この法案を通すことが日本人の為になるのか否か、よく考えろよ公明党よ。祖国に忠誠を誓っている者たちに、この国の政治に影響力を持たせてどうすんだ?人がいいにも程があるっつの。

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2009年5月13日 (水)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい④

「人権派弁護士」の常識の非常識 「人権派弁護士」の常識の非常識

著者:八木 秀次
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第4章 「夫婦別姓、 DV訴訟―階級闘争史観で夫婦、家族をバラバラにする」

もはや、存在自体がギャグとかした社民党の党首、福島瑞穂(笑)を笑い飛ばすための一章である。

左翼はとりあえず、国家解体の手始めに、社会通念を崩すことから手をつけていく気なのだな。フェミニズムもそのために利用しようってわけかね。

俺が思い出すのは、高校時代の社会科の教師だ。おもしろい話もする人なんだが、困った事にバリバリの左翼なんだな、今になって思えば。

あの頃は、なんとなく腑に落ちない気もしたが、たいした抵抗もなく、その左翼思想耳を傾けておったわ(笑)。

ってなわけですから、この夫婦別姓の話も熱く語ってましたよ。なんでも、妻が自分の性(夫の)を名のらなければならないことのストレスで、円形脱毛症にまでなったんだとさ。で、いまの制度がいかにおかしいかって話を生徒に聞かせるわけだ。

大変ですな、日教組って(´,_ゝ`)プッ

『日弁連も「選択的夫婦別姓」制度の導入とそのための民法改正を求めていることからわかるように、「人権派弁護士」の多くはこの制度の導入に賛成していると思われる。』(P82)

やっぱ、分かり易いね人権派って。そういや、福島瑞穂(笑)も弁護士だよね。いっそ金正日の顧問弁護士になったらいいのに。

さて、人権派は民法第750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」の、何を問題視しているのか。

① 夫婦同姓は、改姓を強制されるものに社会生活上不便、不利益をもたらす―結婚によって性を変えると、各種書類、証明書等の名義変更などを必要とされ、研究者やキャリアウーマンのように自分の名前で仕事をする者の場合、姓の変更は職業上の姓名の断絶を意味する場合もある。

② 夫婦同姓は戦前の「家」制度や「家」意識の残滓である―結婚して姓を変えるということは女性に「夫の家に入る」「嫁に行く」といった意識を植えつけるものである。

③ 夫婦同姓は個人のアイデンティティを侵害する―結婚による改姓は、長年親しんできた姓を捨てるということを意味し、そのことによってアイデンティティが喪失される。(P85~86)

なんとま~、大袈裟なこって。アイデンティティの侵害ときたかい(笑)。

そのうち、子共まで家の姓を押し付けられるのは、個人のアイデンティティの侵害とか言いだしてきたらどうするのかね。

著者は、この主張の背景にあるのがマルクス・レーニン主義であるという。

『親と子の関係に階級闘争史観を反映させたのが各自治体で制定している「子どもの権利に関する条例」の類であり、男と女、夫婦の関係に階級闘争史観を持ち込んだのがフェミニズムやジェンダーフリーの思想であり、具体的には夫婦別姓論なのである。』(P87)

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2009年5月11日 (月)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい③

「人権派弁護士」の常識の非常識  /八木秀次/著 [本] 「人権派弁護士」の常識の非常識 /八木秀次/著 [本]
販売元:セブンアンドワイ ヤフー店
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第3章 「子どもの権利条例」問題―「権利の主体」を謳いながら少年法改正には反対する

最近、驚いた報道があったね。

体罰裁判、原告が逆転敗訴ってやつ。

どういう状況でのことなのか、詳細が分からないから迂闊に言えない面はあるが、しかし、常識的にみて胸元つかんで叱責を体罰と思うか?ってはなしで。その後叩かれたのか?殴られたのか?どうもそうではないらしいね。

裁判起すのも、費用ばかにならないでしょうに。そこまでして許せないほど酷かったのか┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~

自慢じゃないが、俺は小、中学生のころは、お笑いのボケ担当ですか?ってくらいに教師に叩かれまくったね(笑)。

小学生の時には、正座した状態から顔面に蹴りくらったこともあったよ。蝶野のヤクザキックみたいなやつね。いまだに覚えてるな、あの野朗(笑)。

だけど、そんなこといちいち親に言わなかったけどな~。友だちとの会話でも、ムカつく教師の話ってのは、いい笑いのネタになってたもんだよ。

ただ、一度だけ教師の心ない一言に傷つけられたことがあったな。その場では、悔しいから笑ってやり過ごしたけど。でも、その後ちょっと登校拒否してしまって、理由を母に言ったら、学校まで苦情を言いに行かれてしまった。

その後、その教師と二人で話し合い、まぁ、和解(笑)したわけだが。正直、こっちがいたたまれない気分になってしまったよ。母親なりに悩んでくれての行動だと思ってるけど。

そのかわり、もう、迂闊に親には泣き言を言わなくなった(笑)。そのつど学校に行かれちゃかなわんので。やっぱり、甘やかされてるって見られるのは、やなもんだよ。

今のように、裁判にまで発展するってのは只事じゃないっすよ。親にしろ子にしろ、教育のせいなのかね?「子どもの権利」を声高に主張する連中からしたら、子どもは生まれながらにして、何ものかであるってことになるんだろうな。だから、まるで腫れ物にでも触るような扱いになってしまうのではないのか。

俺が思うには、子どもは何ものでもないと思うんだよね。命の尊さってことから言えば、勿論、高貴な存在と思う。だけど、人間としては、まだ何ものでもないのだ。その、何ものでもない存在が、何ものかになっていく為に教育があるのだと思うのだ。

そこには当然、不条理もあるだろうが、そこを乗り越えていくなかに成長もあるんじゃないだろうか。傷つくたびに泣き言を言って、助けを求めてってことをやってたら、将来、社会に出て生きていくうえで必要な、反骨心といったものをいつ身に付けるのか。

さて、人権派が子どもをだしにして己の政治性の満足を図る時に、水戸黄門の印籠のごとく掲げるものが、「児童の権利に関する条約」というものだ。

1989年に国連で採択され、1994年に日本も批准したこの条約は、フランス革命のいわゆる「人権宣言」を、18歳未満の児童にも拡大適用したものだという。この時点で胡散臭さに気づかなきゃ(笑)。

そもそもこの条約は、過酷な児童労働や児童買春、少年への徴兵などがいまだに行われている、後発国の児童を保護することを主たる目的としている。ちなみに、アメリカはまだ批准していないらしい。

『この条約に日本が批准することになったのは、日弁連や日教組や「市民団体」の運動の“成果”である。』(P56)

「日本における子どもの深刻な権利侵害」の現状を改める契機になると考えたんだってよ。  さむっ(ノ∀`) アチャー

そうそう、川崎市のみなさんには申し訳ないですが、おもしろい事書いてあったんで引用します(笑)。

2001年に制定された、「川崎市子どもの権利に関する条例より。

第2章 「人間としての大切な子どもの権利」

<安心して生きる権利>

<ありのままの自分でいる権利>

・「秘密が侵されないこと」

・「自分に関する情報が不当に収集され、又は利用されないこと」

・「子どもであることをもって不当な取り扱いを受けないこと」

・「安心できる場所で自分を休ませ、及び休暇を持つこと

 ↑これ最高っ、( ´艸`)プププ

<自分を守り、守られる権利>

<自分を豊かにし、力づけられる権利>

<自分で決める権利>

<参加する権利>

<個別の必要に応じて支援を受ける権利>

これって、あれですかね?川崎市で育った方は要注意って意味ですかね(笑)。

まさに神聖不可侵! 子どもの治外法権状態。いや、キチガイ法権か(笑)。

『日弁連をはじめとする「人権派」は子どもを「保護の客体」から「権利の主体」へと転換させようとしているが、その主張には矛盾がある。一方では厳罰化を図った少年法の改正には反対したからだ。』(P68)

『「人権」大合唱が起ると人は真実が見えなくなる。そればかりか真実の追究すら憚られる“空気”が醸成されてしまう。「人権」、それも子供の「人権」となると、神聖にして侵すべからざる絶対的な聖域と化し、誰もモノを言えなくなってしまうのである。』(P75~76)

子供をだしにするた~、ふてぇ野朗だい(・∀・)ニヤニヤ

くっそきめぇーぞ!腐れ左翼!ガキに少しは現実に立ち向かっていくことを覚えさせろ!

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2009年5月 9日 (土)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい②

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不快:×××

第2章 「大阪教育大学付属池田小学校事件―刑法第39条を悪用し、凶悪事件犯罪者を野放しにする」より

刑法第39条

第1項 <心神喪失者の行為は、罰しない>

第2項 <心身耗弱者の行為は、その刑を減軽する>

本来、例外規定であるはずの39条を強引な拡大解釈によって、死刑制度そのものの廃止という己の政治性の満足のために利用する。

刑法39条の濫用、悪用と言われても仕方あるまい。左翼にとって、憲法9条と刑法39条は、魔除けの御札みたいなもんか?(笑)

2001年 6月8日、元伊丹市職員の宅間守(当時37歳)が大阪府池田市の小学校で、8名の児童を殺害し、児童13名、教諭2名に重軽傷を負わせるという悲惨な犯行に及んだ。

動機はご多聞にもれず、身勝手極まりないものである。アホらしくていちいち記す気になれん。

何もかも自分の思い通りにいかないことに不満をつのらせって、あのなぁ、市の職員になれただけでも感謝しなさいっての。人間関係でうまくいかないとかいろいろあるだろうけど、自分で辞めておいて経済的な行き詰まりがどうのこうの、知るかっつーの!

怒りの矛先を間違える馬鹿にはなりたくないね。

ところで、犯罪被害者は犯人から受ける被害の他に、その犯人の弁護人が口にする、人を小ばかにしたような弁論によって、さらなる苦痛を受けることになる。

この池田小事件の場合、被告人ははじめ精神障害を装っていたが、後にそれを認め、『自分の責任をとる腹づもりで死刑を受ける覚悟です。』と述べている。

『中西哲也弁護士が面会に来たときに「亡くなった子供たちに対する謝罪の気持ちを取調官に話しました」と伝えました。きのう(22日)の午前中、岡本栄市弁護士が「謝罪文を書いたのか」と聞いてきたので自分の気持ちを素直に伝えました。しかし弁護士は「違うだろう。警察に無理やり書かされたんだろう。君の意思じゃないだろう」と自分の気持ちを否定するのです。私は弁護士を通じて遺族に気持ちを伝えてもらいたかったのに「警察に無理やり書かされたのだろう」と私の感情を逆なでにしたのです』(P43~44)

被害者に謝罪させないって、どういう了見だ!?ちなみに、この弁護士、国選だそうだ。自分から弁護をかってでた者でなくても、金太郎飴のごとく、どこを切っても人権派ってわけか?

この国の司法はどこまで左巻きに侵食されてるかわかりゃしない。 

人権派は逆に、いまの司法は大衆に迎合しているかのように言ってやがる。俺が見たところ、あんたら人権派はやりすぎなんだよ。政治性が見えすぎなんだ。無節操に39条を振りかざしすぎて、逆の結果をもたらしていることに気づけ。

光市母子殺害事件の原告、本村洋さんは最後に、「なぜ事実を認めなかったのか、死刑は回避されたかもしれないのに」と言った。

しかし、人権派のやりすぎによって、事態は逆の方へいくことになったわけだ。

ざまぁねぇや(笑)。

なぜ、やつら人権派はやりすぎてしまうのか。

『彼らは、国家が刑罰機能、応報機能という“暴力”を一元的に管理することに対して恐れを抱いている。そして、その“暴力”を国家に管理させず、いわば解放しようとする。

とくに精神障害犯罪者については、1960年代~70年代頃の精神科医―とくに全共闘に関わった精神科医たち―がやたらと持ち出したキーワードに「狂気の解放」がある。これは当時の新左翼の革命理論に沿った言葉で、「精神障害者の“狂気”を解放することで社会を混乱させ、一気に革命へと持ち込もう」などと本気で考えていた人たちが唱えたものである。』(P46)

やはり左翼は左巻きだ(笑)。

そして左巻きの機関紙である、朝日新聞が鳩山法相を「永世死刑執行人 鳩山法相。」「またの名、死に神」と書いたのは記憶に新しい。

死に体も同然の左翼機関紙が笑わせる。

凶悪犯罪であるほど、犯人が保護されるような社会にされては堪らない。

この子にして、この親ってわけだ。子供に暴力ふるったつもりはない親父と、強姦殺人のつもりはない子供(失笑)。

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2009年5月 8日 (金)

人権派弁護士と書いて腐れ左翼と読ませたい①

日本人を骨抜きにし、思考停止に陥らせる呪いの呪文、人権。この概念を最大限に利用して、己の政治性の実現を謀る輩の多いことよ。

その一端を垣間見せてくれる「人権派弁護士の常識の非常識―八木 秀次 著 」は、とにかくはらわた煮えくり返る思いで読み終えた。

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著者:八木 秀次
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不快:×××

これは第7章まであるのだが、1章ごとに自分の所感を述べていくことにする。

まずは第1章、「山口県光市母子殺害事件―社会正義でなく、自らの政治的主張の実現を図る」から。

『被告は一審、二審では検察の起訴事実そのものは大筋で認め、生育環境などを考慮した情状酌量を訴えていたが、差し戻し控訴審では一転して事実関係を争い、後述するような荒唐無稽な供述を繰り返して殺人と強姦の意志を否定し、単なる傷害致死であると主張した。』(P16)

これについて著者は、弁護団がそのようにそそのかしたのだろうと言っている。

俺もそう思っている。 まず加害者に対して21人もの弁護団がつくっていうことが尋常じゃないだろ。死刑にはさせない為にこの大弁護団の結成だ。 死刑制度廃止論者が、その政治思想の実現の為に、加害者を逆に権力の犠牲者であるかのようなウルトラC的理論を展開する。実に姑息!

『彼ら「人権派」の考え方の背景となっていると思われるものに「ラベリング理論」なるものがある。これは1960年代にアメリカで発達した刑罰理論である。

簡単に説明すると、なぜ犯罪は犯罪になるのかといえば、国家権力がその行為に対して「犯罪」というラベルを貼るからである。同じように、人がある行為によって死刑に処せられるのは、国家権力がその行為に対する罰を死刑と規定したからである。だとすれば、「犯罪」も「犯罪者」も国家権力がつくり上げたものであり、その観点からすれば「犯罪者」はむしろ国家権力による被抑圧者であり、とりわけ死刑判決を受け命を奪われる者はそうである―という考え方だ。』(P23)

世の中が機能しなくなるだろボケが!!

この事件の悲惨さは、知られているとおりですよ。1999年4月14日、当時18歳1ヶ月の被告が本村洋さん宅に配水管の検査を装って入り、妻の弥生さん(23歳)を襲い、抵抗されたので(抵抗しないわけねえだろボケ!)殺した。その後弥生さんを強姦し、傍らで泣き止まない娘の夕夏ちゃん(11ヶ月)も殺した。

目の前で母親殺されて泣かねえわけねえだろアホが!! 

なお且つこの小僧、その後財布を盗んでゲームセンターにいって遊んでたんだとよ。 人権派だと?笑わせやがる、人権を偉そうに語るまえに人の感情ってもんを理解できるようになれ!腐れ外道どもが!

抵抗されたから、泣き止まないから、全部てめえの都合ばかりだ!てめえの都合しか考えない輩の人権を守れってか?ふっざっけるなっつーの!

こんな言い分が罷り通るような国を信じられるか?愛せるか?つまり狙いはそこだろ、愛せない国にしてぇんだろうが?人権派こと腐れ左翼ども( ̄ー+ ̄)

『一、二審とも弁護団は事実関係については争わず、山口地裁、広島高裁の判決も、被告が犯行時には十八歳と一ヶ月の少年であったこと、殺害に関しては計画性がなかったこと、中学時代に母親が自殺するなど生育環境に同情すべき点があること、不十分ながらも反省の情が芽生えていることなどを考慮したものだった。』(P18)

配水管の検査を装ってるってのは、たんなる思いつきって事で済ますのかい!?被告の生い立ちが不幸なんてのは、被害者側になんの関係があるよ? だいいちだ、生い立ちが不幸な人間は犯罪者になるのかい!?生い立ちを理由に情状酌量求めるなら、その因果関係を証明してくれよ!それができたら納得してやるよ、諦めるてやるよ!

しかもその反省ってやつも口からでまかせ、原告を侮辱するのもほどがある。

広島高裁で検察が提出した、被告が友人にあてた手紙の内容のふざけたことよ!

<無期はほぼキマリでして、7年をそこそこに地上にひょっこり芽を出す>

<五年プラス仮で八年はいくよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみもあるし、早く外に出たくもない。キタナイ外に出るときは、完全究極体で出たい。じゃないと第二のぎせい者が出るかも>

<犬がある日、かわいい犬と出合った・・・・そのまま「やっちゃった」・・・・これは罪でしょうか>

<ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました・・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし>

<知ある者、表に出すぎるものは嫌われる。本村さんは出過ぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君>

これのどこが反省だ?人権派さんよ、この手紙そのものを否定しないって事は事実、この被告が書いた物って事で間違いないんだよな? 無期懲役が実際は軽い刑になってるから心配するなとでも言ってやったのかい?

犬がある日、かわいい犬と出合った・は?なに、てめえを犬と同格に置いたってことか?なら人権はねえよな?

『「人権派」の中には、「こうした言葉は手紙に書かれた膨大な言葉のごく一部にすぎず、それだけをもって少年が反省していないと断定することはできない」と言う者もいる。』(P20)

言わせてもらうよ人権派。おたくら書かれた言葉の多い少ないで、その人間の本心がどこにあるのか分かるってのかい?人間、言葉なんてどーにでも繕えるっつーの!その反省の言葉ってのも、膨大な言葉の一部だろーが?

もっとはっきり言わせてもらえばだ、やったこと考えたら反省するのがあたりめえだよ、馬鹿野郎が!! 当たり前のことやって誉めてもらえるのなんて、せいぜい小学生までだ。18って歳はそれほどガキじゃねーよ。第3章の子供の権利云々のところにも被るが、おたくら人権派こそ子供ってもの舐めてやしないかい?

だめだ、アホにいちいちつっこんでるとこっちまで頭おかしくなる。 でもね、ツッコミ足りないのよまだ。 国が加害者にかける費用、驚いたね。

加害者と被害者にかかる費用の対比

なんで税金が犯罪者の為に使われにゃならんのだ?これじゃ国民全員被害者になったみたいだ。

この裁判を担当した安田某、最高裁の口頭弁論を欠席した理由をもっともらしく言ってるが、辞任した二審までの弁護士に代わって就任したのは一ヶ月前だというではないか?準備する時間がない?最高裁が口頭弁論を開く決定をしたのは、2005年12月で、最初の口頭弁論の予定は`06年3月14日。いつ行うのか知っていただろ。

『実は、当時の最高裁の担当裁判官が平成18(2006)年5月に退官する予定だった。口頭弁論をその退官以降にまで引き延ばせば新たに担当となる裁判官が資料を読むのに時間がかかり、そこまでまた口頭弁論を先延ばしできる―「欠席戦術」にはそうした狙いもあったのだろう。』(P25)

『安田弁護士は、現在、最も名うての「人権派弁護士」である。これまでにも昭和55(1980)年の「新宿西口バス放火事件」など、死刑が求刑される事件で積極的に被告の弁護人を務めてきた。この他にもオウム真理教の浅原彰晃、和歌山カレー事件の林真須美、耐震擬装問題のヒューザーの小嶋進元社長などの弁護を引き受けている。

ちなみに「新宿西口バス放火事件」のときには死者6人、重軽傷14人という大きな被害が出たにもかかわらず、安田弁護士は一審、二審で心身耗弱による無期懲役に持ち込んだ。もともと犯人は死刑を望んでいたとされるが、無期懲役という判決に対して良心の呵責に苛まれ、その後刑務所内で自殺している。』(P25~26)

筋金入りの○○だな。

その後、広島高裁で差し戻し控訴審が始ったわけだが、安田某はじめ21人の弁護団は事実関係そのものを争ってきた。以下、その言い分である。

★「母子殺害が計画的でなかった」

☆無計画に殺せばいいわけか?

★「思春期に母親の自殺を目撃しており、母親に甘えたい気持ちから被害者女性に抱きついたところ、大声を出されたので口をふさいだ。しかし手がずれ込んでしまい、首が絞まり女性を死に至らしめてしまった。これは今の日本の法律では傷害致死にあたる」

☆どこの馬の骨とも分からん奴に、抱きつかれて大声ださねーわけねーだろボケ!口をふさいだ手がずれて首が絞まっただと?人が死ぬほど絞めてんのに、不可抗力とでも言う気かおい?

★「少年が母親の死体に性的行為を行った件については、相手がすでに死んだ後に行っているので強姦罪には当らない。性行為は被害者の生命を救うための魔術的な儀式であり被告は精子が人間を復活させると信じていた」

☆たしか弁護団の中に女いたよな?どう思うよこれ?納得いくのか?性行為が被害者の生命を救うだ!?真に受けるのかよこれ!?つうかこれ、おたくらの入れ知恵だろ!たとえ本気で言ってるにしろだ、性行為で復活できるって信じてたっつうなら、一度殺しても問題ないって思ってたわけだ?てことはだ、てめえの思想信条で殺害してるってこったろ?あのさ、それってどうなのよ?

憲法第3章、国民の権利及び義務の第12条にこうあるね。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任をおふ。」

この条件に該当するか?権利濫用してねえか?公共の福祉の逆やってねえか?こんな訳の分からん輩の人権保障されたひにゃ、精神異常のふりして好き勝手やってるほうが楽だなおい!

★「赤ん坊を床に叩きつけたのは、本人の意図としては赤ん坊を泣き止ませる為。赤ん坊を泣き止ませようと、首にちょうちょ結びをした所、きつく絞まり過ぎてしまい、赤ん坊は死んでしまった。傷害致死にあたる。」

☆おたくら事実関係争いたいんだろ、だったら本人の意図云々関係ねえだろ。しかもだ、精神異常ならその心の内をどうやって把握するよ?おめえさん達、どういう話を被告人としてるのか知らんがな、そこで被告が言ってることも信憑性ないわな。異常があろうがなかろうが、人の心なんてわかりゃしない。言葉は繕える。

ほんとに法廷でこれ言ったのか?よく言えたな、自分で言っててアホらしくなんねーか?

★「被告は精神の発達が遅れており、その精神年齢は12歳程度である」

☆こんなアホな12歳はいねえよ、おたくらの精神の発達が遅れてるってのは分かったけどな。

子供を舐めるな!12歳の子らに土下座して謝れ!

この酷い殺人を単なる過失致死だと!?それはな!襲われたこの女性が抵抗して殺してしまった場合に言うことだ!

『彼ら「人権派弁護士」はとにかく死刑判決を避けるために詭弁を弄したとして断罪されたのである。しかも彼ら「人権派弁護士」は、真に被告の更生を願って死刑判決を避けようとしたのではない。「反国家」というイデオロギーに基づき、死刑制度を廃止したいがために被告を利用しているのである。』(P30)

まさに、これが全てだと俺は思ってるよ。もちろん否定するだろうがな。

カルデロンら、不法入国、不法滞在者の人権までやっきになって守ろうとする連中と、根は同じだ。

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2009年4月18日 (土)

知られざるインテリジェンスの世界

『日本にも警察や公安調査庁、それに自衛隊の情報部門ような情報機関がないわけではない。しかしアメリカの中央情報局(CIA)のような独立した情報機関はない。日本がスパイ天国と言われても、それを取り締まる「スパイ防止法」も整備されていない。他国の「情報の傘」の下にあるとはいっても、肝心な時に肝心な情報がもたらされるという保証はない。独立国として果してそれでよいのかという議論が起きても不思議ではない。』

(はしがきより)

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快:* *

呆れるほど無防備な国だ。いったいこの先どうなってしまうのかと、心底不安になるな。 景気回復っていうのが一番身近な問題であろうが、これから先の世代の日本人に対する責任まで政府は考えなければいけないだろうと、読みながらイライラしてきたわ。

アメリカは同盟国だから調査するのは失礼だって?人が好いにもほどがあるってもんだろう。

○佐藤優『たとえば、ワシントンの日本大使館で、米上院議員に会える人は誰もいません。人脈以前の話です。180人くらいいる職員のうち、共和党・民主党を合わせ、アメリカの内政問題を調査している大使館員はわずか2人です。それから外務省全体でアメリカの調査をやっている人間、内政・外政・軍事を行なっている職員はわずか3人です。防衛省の情報本部のアメリカ分析官はゼロです。アメリカを調査するセクション自体が存在しないからです。』(「暴走する国家 恐慌化する世界」P40)

日本は物造りの国だとか言ってるが、いくら民間が必死で経済活動に励んでも、経済スパイだっているんだってことを考えたら、もっと危機感持とうよ政治家さんよ、と嘆息でるね。

まあ、そこは愚痴っても仕方ない。いずれにせよ、これだけアメリカに従属しているわけだ、本格的に諜報分野に力を入れ始めたとして、親分に何企んでやがる?と睨みをきかされるのは間違いないだろう。その圧力を毅然と撥ね退けるには、政府がそうせざるを得ないというくらいの、世論の高まりが必要かもしれない。国民自体がまだまだ大人しすぎるってことなんだろう。

この書は情報活動の技術的な面を網羅していて面白い。過去の情報戦の内幕を見せるだけではないのが良い。

情報活動は一般的に次の4つに分類される。

1)収集―collection

2)分析―analysis

3)隠密作戦―covert action

4)対敵情報活動―counterintelligence

隠密は定義しにくく、一般的な捉え方としては、外国政府の転覆、政治指導者の拉致や暗殺といったかなり荒っぽい分野である。これをインテリジェンスの一環とするのかには、専門家の間でも異論があるようだ。どっちにしろ、今の日本には縁がないでしょうね。こういう荒っぽいのは向かないだろうな。

対敵情報活動とは防諜とも言い、相手の情報活動に対抗することですね。しかし日本は惨憺たるものですよ。

『わが国の現状としては防諜法もなければ国家機密保護法もない。スパイ活動を禁じる法律といえば「日米相互防衛援助協定に伴う秘密保護法」と「日米安保条約の地位協定に伴う刑事特別法」、それに加えて「国家公務員法」などがあるが、一般人の民間人に関係するものではない。2007年3月に発覚した自動車部品メーカー(デンソー)の中国人従業員による大量の図面データ不正持ち出し事件では、問題の従業員は横領の罪には問われたが、スパイ容疑で起訴されることはなかったのである。』

隣国に妙な親近感を持っている脳内お花畑さん達は、こういう現状をどう見るのかね?大歓迎か(笑)。

右翼にゃ悪いがアメリカも十分信用ならんぜ。

◇情報収集の方法

a)人間による方法    b)専門技術による方法  c)公開されている資料による方法

1)人間による収集―human intelligence (HUMINT)

 スパイ活動と聞いて真っ先に思い浮かぶのはこれだな。やはり一番多いのは、相手国の政府関係者を買収することらしい。 日本は相当左翼に侵食されているようだ。

 ○ボガチョンコフ事件―2000年にロシア大使館の駐在武官で軍参謀本部情報総局(GRU)のボガチョンコフに、海上自衛隊の三佐から防衛庁(当時)の戦術情報が漏洩。

 ○内閣情報調査室の機密漏洩事件―同じくGRUが絡んだ事件で、これは‘08年1月だから昨年だ。愕然。内調の男性職員(52歳)が、ロシア大使館の二等書記官(GRUの所属とみられる)に日本の内政事情に関する情報を提供したとされる。

要するに、これはロシアに限らずどの国も、各国の大使館に情報機関の人間を派遣して(外交官などの合法的身分で)、いろいろ工作してるってことでしょう。やらない方がどうかしていると言って良いんじゃないか?日本はどうせなにもやってないんだろう。

2)機械技術的情報収集―technology intelligence  (TECHINT)

これは、遠距離撮影や電磁波傍受などの、機械技術を用いた諜報活動の事。スパイ衛星なんかのことですな。朝鮮がこの前やったのも、これでしょう(笑)。

 ◇映像情報―photographic[imagery]intelligence  (PHOTINT , IMINT)

航空機の出現と共に発展した方法。上空からの写真撮影。日本もこれの餌食になっている。冷戦期には、多い年で944回のスクランブルがあったとか。航空自衛隊が出動するわけですよ、その度に。1987年12月9日、ソ連機に初めて実弾射撃をした事件のことも書いてあるが、こんなことでもぎゃあぎゃあ喚き散らす腐れ左翼共に、自衛隊も苦しめられた事だろうな。国籍不明機の領空侵犯、もしくはその恐れがある事態なんて、多すぎて報道もいちいちされないだろう。

支那もやってるからな。

3)信号情報収集―相手側の発する電磁波を傍受して情報収集すること。電磁波のタイプによって細分化される。

 a)通信情報収集―communications intelligence (COMINT)

 ○外国の無線通信などを傍受すること。

 b)遠隔計測情報収集―telemetry intelligence (TELINT)

 ○外国の遠隔計測(実験用飛行物体に搭載されているセンサーから地上に送られる無線信号など)の傍受、分析して情報を得る。

 c)電子情報収集―electronic intelligence (ELINT)

 ○レーダーなどの軍用機器から発する電磁放射線を傍受、分析して情報を得る。

日本は米軍がこの国土に駐留しているにも係わらず、同盟国を調査、分析するなど失礼だと思っているんだろうね。甘いよなぁ、相変わらず。こういうのは極秘にやっちゃえよって話でしょ(笑)。同盟国なんてものが絶対の関係だなんてアホな事言ってたら、足元掬われるっつうの。世界最強の国を潜在的敵国として捕えていないような国防など、片手落ちだろう。

4)公開されている情報源からの情報収集―open source information (OSINT)

 ○これは自分ら一般人が使える手段ですね。TV、ラジオ、インターネット、新聞、雑誌、書籍、さらには道路地図や鉄道の路線地図と時刻表、政府の経済報告、統計表、要人の演説等々。一般に出まわった情報だね。

『公開された情報源は質量共に他の情報源を凌駕する可能性を秘めていることが分かってきた。他の方法に対する補完的な役割ではなくて、それ自体で極めて有用な情報源と見なされるようになってきたのである。』

公開された情報も侮りがたしってこと。それどころか、全ての情報の80%は公開されたものから得られるとも言われるくらいだ。

また、これは費用対効果の面でも優れている。

『アメリカでは情報関連の予算で公開情報収集に割り当てられる金額は、全体の1%に過ぎないとも言われている。しかし情報の生産量は全体の40%近くを占めているのである。』

 ここで重要なのは、開かれた社会の特徴として、公開された情報源からほとんどの事が知れるということだ。アメリカに関する情報であれば、95%にもなるという。

となれば、その国の国民性も国防意識なども、公開された情報から他国に筒抜けということでしょうね。危ないよこの国、売国奴が電波占有してるから(笑)。

 

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2009年4月 4日 (土)

暴走する国家 恐慌化する世界

所謂陰謀論の類は、諸悪の根源を特定の人物や集団に帰するきらいがあるため、あまり信じ過ぎないようにはしている。解り易いから便利なんだけどね。それで世界が見えた気にさせてくれるんだけど、その解り易さってのもちょっと危険ではあるなと思う。

外務省を起訴休職中という良く分からない状態の佐藤優と、なんでも評論家の副島隆彦のこの対談本は、ユダヤの飽くなき欲望と、大国の権力闘争をシェイクし、陰謀論テイストに仕上げた極上のカクテルってとこか(笑)。度数やや高し、しかし後味に左翼臭が残る不思議な味わいだ(笑)。

暴走する国家 恐慌化する世界―迫り来る新統制経済体制(ネオ・コーポラティズム)の罠 暴走する国家 恐慌化する世界―迫り来る新統制経済体制(ネオ・コーポラティズム)の罠

著者:副島 隆彦,佐藤 優
販売元:日本文芸社
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現在の金融恐慌によって国家の暴走がはじまり、世界は新統制経済体制に入ると予測する。アメリカの地位は凋落し、ロシアや中国といった大国が、新たな覇権を構築するべく暗闘する。

大雑把に要約するとこんな内容。

読んでいて特に「トンデモ」な発言はなかったが、やはり世界経済に決定的な力を及ぼしているのはユダヤ資本であり、つまりロックフェラー一族ってわけなのだね。これは大抵の陰謀論に共通している。金があるってことは力があるって事だというのは、誰もが認めるところでしょう。となると、そういう眼で見ないでくれっていうほうが無理だわな(笑)。

世界を読み解くカギ=ユダヤ・ロビー

「ユダヤ・ロビーを無視して国際情勢は認識できない。」(副島)

そのユダヤ・ロビーには3つの勢力があると指摘。

1)イスラエルが国家として生き残る事を第一に考えるシオニスト

2)勢力的に一番多いグローバリスト(世界市民主義者)

3)日常的には反ユダヤ的な言動を取りながら、急に正体を現す連中

「ユダヤ・ロビーを私が見るところ、あれが秘密結社などのように強いものだったらほんとうは怖くないのです。実は大学のボート部や応援団のようなOB会や体育会系のようなネットワークなのです。それが、ときどき不思議な力を発揮するのです。」(佐藤)

秘密結社のように強ければ怖くないって意味が分からんが。

歴史的に嫌われ者で流浪の民だったユダヤにとって、所有していられる物といったら、知識と情報くらいしかなかったということにも原因があるのではないか。しかも、移住した先でも、現地の住民に白い眼で見られる仕事にしか従事できなかったのではないか。金貸し業とか。そして金融というシステムを作る。結局一番強いのは、システムを作った側の人間ってことだ。

「イスラエル国の外交官や学者たちは、あくまでナショナリスト(愛国者)であり、゛我が愛する大地"がある。ところが、ニューヨークのグローバリスト(地球支配主義者)たちには「自分が守るべき祖国や愛国心」はない。帝国の人間たちは世界中どこでも自由に行けますから、「我が愛する大地や民族」という観念が薄いのです。グローバリストは地球支配主義者ですから、世界中を均質にして、今のアメリカとまったく同じような国にしたいのです。」(副島)

「我が愛する大地や民族という観念」が薄い方が、地球民族主義、所謂人類皆兄弟的博愛主義に到るかのように思ってしまうが、実際のところ、そんな人間ってただのデラシネというか、流浪の民って奴なんじゃないのかね。そんな気がしてきたな。

やっぱり眉唾だよなぁ、人類皆兄弟なんて。個々人の小さな範囲での付き合いならば、それを実感できる瞬間もあるのかもしれないけど、人類という大きな範囲の話になると、利害の対立が必ず発生するし、我が祖国、郷土という人間の不条理な感情を抜きにして世界を見ることは俺には無理だな。

それから、俺は今までイルミナティだのフリーメーソンだのという、陰謀論にはつきものの連中についての本は読まないようにしてきたのだが、この本でその一端を知ることができた。

なんで読まないかっていうと、なんとなく大田龍あたりの書いているものって、一時期流行ったノストラダムス本に近い臭いがするんだよね(笑)。金払ってまで読む気にならん。

で、ここで副島氏が言うには、フリーメーソン、イルミナティはキリスト教の平信徒のような存在なのだそうだ。

◇「第2章   秘密結社の実像―西欧を動かす民族思想と宗教」より

『日本語では「啓明会」とも訳します。イルミネーション、光の啓明というところからきています。コンスピラシー・セオリー(共同謀議理論)からすればおどろおどろしい悪魔主義の秘密の集会や結社ということになる。しかし、フリーメーソン、イルミナティというのはそういう集団ではありません。教会から嫌われているけれども、ラチオ(商業利潤)を崇拝する人たちです。』

副島氏は、陰謀論という言葉を使わずに、共同謀議と言っている。俺もこの方が世界の全体を見渡すには適した言葉だと思う。特定の人物や組織が全てを思うままに動かしているとしたら非常に解り易いが、実際には様々な要因と集団間の思惑が絡み合って、その影響が外に現れていると言うところじゃないのかと思う。

それと、こんなおもしろい発言が。

「もっと露骨に言えば、日本の創価学会と日蓮正宗との関係のようなものです。日蓮正宗の本山の大石寺のなかに法華講という平信徒の自主的団体があって、創価学会の池田名誉会長はその全体の講頭だった人です。」(副島)

だとしたら相当解り易いな(笑)。やはり金がありすぎる集団というのは、陰謀論の餌食になりやすいってことだな。

この本ではロシアについてもけっこう触れているが、そこは端折る。

佐藤優はロシア問題の専門家で、副島隆彦は何でも屋だが、主にユダヤウォッチャー(学会ウォッチャーじゃないよ)かな(笑)。そのせいか、その他のプレイヤーが過小評価されがちな気がする。

いちいち抜書きしていたらきりがないくらいの情報量だが、ひとつ副島氏の鬱陶しいところは、民主党による政権交代を望んでいるところだな。俺はあの連中に懐疑的でしてね。小沢を買かぶりすぎてやしないか?薄ら寒いこと言わないでほしいわ。

最後に日銀の実態について。

◇ 「第3章 ロシアの野望と裏で操る2大勢力」より

『日銀が輪転機を回し、お札を発行します。(中略)日銀は民間銀行であるふりをして国債を引き受けて、お金を渡すわけです。それが破錠していく銀行群の救済に使われます。こういう仕組みでできている。こちらも国家機関、あちらも国家機関となると債権と債務が「混同」という法理論で消滅する。

債務者と債権者の地位が混ざると相殺され、債権が消えるのです。(中略)民間銀行である中央銀行という機能はそれを阻止するための理屈です。赤字国債という国家の借金を、自分で自分に貸し付けてつくっているのだからやってはいけないことです。国の紙幣によるクレジット・クリエーション(信用創造)が悪用されて、歯止めを失って国家が無限に大借金を抱えるようになっている。これが今の日米の迫り来る大破錠の原因になっていると思います。』

森木亮とか藤井厳喜は、すでに日本は破産しているといっている。赤字国債を刷って、借金で借金を返す自転車操業なんだと。

いったいどうなるのか。

不快:×

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2009年2月22日 (日)

ならず者の経済学―世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か

未曾有の大不況に見舞われている世の中ではあるが、はたして皆が苦しんでいるのであろうか。ビッグ3だの銀行だのと、公的資金を投入してでも救済しなければ、社会が大混乱に陥るかのように言っている。

まぁ、確かに混乱はするだろう。失業者も当然増加する。しかし、企業はたとえ存続し続けたとしても、社員を切り捨てるだろう。そして、一番金のかかるトップにいる連中は相変わらずふんぞり返っているはずだ。

そんなやりきれなさを持って、日々喘ぎながら生きている俺には、この本はあまりに非情で、あまりに重い一冊であった。

不快:×××

ならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か [本] ならず者の経済学 世界を大恐慌にひきずり込んだのは誰か [本]
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イタリアでベストセラーになったという本書。読み進めるのが辛かった。面白いのは確かなのですよ、知的好奇心を充たしてくれるという意味で。

しかしながら救いがない!救いがないと俺は思った。もう読んでいて、ボディーブローのように効いてくる。

所詮、グローバリゼーションとは、経済に政治が負けることだったのだ。政治は利益の追求の邪魔をしてはならない、企業の活動の妨げになるような規制は失くせと、まるで天の声でもあるかのように世界が右へ倣った。

だが、規制がなくなれば、そのぶん欲望が解放されるのが人間である。企業が儲かる事と国益の増進は、必ずしも一致しない。日本はまだいい方かもしれないが、欧米の方は酷い。なんでもあり、際限なき欲望の解放である。

著者ロレッタ・ナポレオーニは、本書の執筆にあたって、『わたしは共産主義からグローバリゼーションへの移行がどのようにして邪悪な経済力を解き放ったのかを示したいと思っていた。』と、なにやら俺の嫌いな左翼臭を漂わせているが、その言い分はこういう事である。

ソ連の崩壊によって全体主義に抑圧されていた人々が、自由を求めて西側になだれ込んだ。すると職を求める人達で溢れかえった国々に、労働者の低賃金化をもたらした。ソ連圏の解体が世界的なデフレ時代を開始させたというのである。

『雇用主の企業が、豊富に存在する安い外国人労働者を上手に利用できるようになり、さらにコスト削減のため、仕事を外国に発注したり製造拠点を海外に移したりしだしたからである。』

『世界的に通用する社会契約や、最低賃金と労働者の利益を国際的にまもる確固たる法規がないために、先進国の労働者の交渉力が大幅に弱まったというわけである。』

そしてこう続ける。

『今後の見通しはさらに暗い。海外生産のほうが安上がりという状態がつづくかぎり、先進国の賃金は停滞したままになる。中流階級の低収入化はまだまだ何十年もつづくかもしれない。つまり、発展途上国の賃金が先進国のそれに追いつくまで。』(2章 「超借金でアメリカは破産する」より) 

で、それってどのくらい先の話になりそうなのかっていうと、支那の賃金が90年代にそうだったように、10年で倍加するとしてあと30年で先進国並みになるそうだ。

先は長い。。。望み薄っ!(ノ_-。)

とにかく絶望的な気分に陥る本であるが、試みに各章の章題を挙げてみる。

●はじめに

史上最大の転換期に暴れる邪悪な経済力

●1章

イスラエル人が女(ナターシャ)を買えばアラブが儲かる

:ソ連圏の崩壊で、スラブ系の女性が性奴隷となっているという。そしてスラブ系の女性は、エジプトやパレスチナの犯罪組織によってガザ地区経由でイスラエルに入る。

●2章

超借金でアメリカは破産する

:アメリカの個人破産の増加率は、GDPのそれを1.5%上回った。だが、皮肉にも賃金業の一部は、FRBによる長期低金利政策がもたらした、“ならず者効果”の一つである支払不能者の急増で、むしろ景気がよくなっているという。

●3章

アスリートたちはなぜ用心棒になったのか?

:旧共産圏の体育エリートたちが、マフィアに吸収されてしまったらしい。つぶしはきかないが、結束力が堅く屈強であるために。

●4章

中国はカオスを食べて繁栄する

:支那人はいかなる状況にも適応する。尊法精神がないから、決め事を守る気がさらさらない。

●5章

偽造品と中国の熱い関係

北京の“泥棒横丁”のトッププログラマーはこう答える。「海賊行為はそんなに悪いことじゃない。四龍(香港、台湾、韓国、シンガポール)だって海賊行為で富み栄えたんだ」

↑にひとツッコミ。“香港も台湾もシンガポールも、中華な国ですので残念!!韓国はおたくらの舎弟でしょ”

●6章

あなたの結婚指輪は血で汚れていないか?

:あなたの結婚指輪も、コンゴ東部の軍閥に誘拐されて奴隷にされた少年兵の血で汚れているかもしれないんだって。(´;ω;`)ウウ・・・装飾品身に着けるのやめます?

●7章

ダークな欲望を操るネット起業家

:ビデオの普及と同じく、インターネットもまた、エロが原動力となって普及したと言える。ネット産業の最大の勝ち組はエロを提供する連中だ。しかし、それは児童ポルノなど、新たな性奴隷を生み出す場でもある。

「インターネットは最も成功した<ならず者経済>の植民地だ。そこは、ポップアップやストリーミングビデオといった、無法者たちによって導入された革新的技術が、完成され、合法的なビジネスにも応用された場である。と同時にそこは、“ならず者汚染”が急速に広がる無法地帯でもある。」

●8章

漁業海賊は日本へホンマグロを運ぶ

「世界最大の日本マグロ市場でのシェアを伸ばそうと、合法、不法の別なく、おびただしい数の漁船が地中海でマグロを乱獲し、その値を押し下げてしまったのである。」

「ホンマグロのほとんどは日本のサシミ市場に送り込まれる。日本は実に地中海ホンマグロの80%を買っているのだ。」

「地中海でのホンマグロ密漁を牛耳っているのはイタリアとフランスの海賊船である。このビジネスは莫大な利益を生むので、犯罪組織も触手を伸ばした。」

ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

いったい俺にどうしろと?

●9章

なぜ政治家は大衆を怯えさせるのか?

「市場国家では、ある政党から他の政党へと人々の支持を変えさせるものを把握できたら、それが強力なツールになるし、そのツールを巧みに使いこなせれば、政治的プロパガンダに驚異的な効果を発揮させることができる。」

●10章

市場国家は神話を好む

「市場国家の政治をあやつる大イリュージョニストたちは、神話だらけの文化を育てあげる。」

「セレブはギリシア神話をの神々を連想させる“超人”のステータスを獲得していて、彼らのドラマのような生活も、浅はかな政治活動も、市場国家の“神話年報”に載せられる。」

●11章

ギャング団はグローバル化に抵抗する

「犯罪組織が欧米都市の街区の植民地化に成功している裏には、そうした地区への市場国家の無関心がある。」

「スラム地区では経済的チャンスが生まれないうえに、住民が選挙に関心を示さず、その大半が投票さえしないからである。皮肉なことに、市場国家の外に新たな道を切り開いているグローバリゼーションが、その国家の中心部では逆に道を閉ざしているというわけだ。」

「グローバリゼーションが引き起した社会の解体がそもそもギャング団の発展をうながしたのだが、その組織構造はグローバル化現象からギャングたちを護るためのものだったし、その増殖ぶりもグローバル化によって保護を求める若者が増えたせいだった。」

だが、マフィアはグローバリゼーションの波に乗って、なりふり構わず暴利を貪っている。

●12章

<ならず者経済>に対抗するイスラム金融

:著者が最後の拠り所として提示しているのは、なんとイスラム金融。

「経済的部族制によって生まれたイスラム金融という新システムは、いまも急速に発展しつづけており、<ならず者経済>の基盤を打ち砕くきっかけになるかもしれない。これまでのところイスラム金融は、それを促進し利用してきた者たちに利益をもたらしている。それが最終的に成功するかどうかは、それを推進している者たちが、グローバリゼーションの無法者やムッソリーニのようなポピュリストのふりをする独裁者を排除できるかどうかにかかっている。」

でもどうだろう。経済的格差があり過ぎると社会は混乱するのは確かだが、利息を取ってはならないというイスラム式金融が世界に潮流なるだろうか?商売的な旨みがないのも、それはそれでつまらん世の中ではあると思うが。

●おわりに

欧米の脱落と、中国・イスラム諸国のパワー

「特許権と商標権は消えうせ、資本主義の古い特権はしだいになくなっていく。そうした形の自由化によって、勤勉な個人が勢いを得て、富み栄える。歴史は精彩を失い、そのときどきの必要に応じて再生利用される。偽造品の品質は高まっていき、ついには本物とレプリカの区別がつかないほどになる。先進国のブランド品の優位は崩れる。そして、それだけでも、大規模な富の再分配が世界的なスケールで開始される。」

「ヨーロッパとアメリカは脱落し、支配権を失う。アフリカと中東が、新たに世界経済のリーダーシップをとる国々に必要な資源を提供するはずだ。」

と言って、このシナリオを確固たるものにするのは、ナノテクノロジーだと言ってのける。

が、それについてはまた別の本でと、希望を示しておいて、次の本に誘導するとは商売上手ではないか?

ま、それは良しとしてもだ、この著者はかなり支那を買い被っている気がする。もともとならず者だから、このならず者経済に適応できるんじゃないの?それと、特許権と商標権消えうせたら、起業する者の気力が萎えるんじゃないか?

最後に訳者のあとがき。

覚悟せよ!この不況は50年つづく

人生オワタ

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2009年2月10日 (火)

暗殺の政治史―権力による殺人の掟

ここ最近読んだ本の中で、これは面白かったというのを一冊。

快:* * *

暗殺の政治史 暗殺の政治史

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リチャード・ベルフィールドなるイギリスのTVプロデューサーが著した本である。ちなみに翻訳者は徳川家広という方であるが、やっぱり名前からして末裔なのか?

それはまぁよい。とにかく過去から近現代にいたるまでの、政治の裏面を見せてくれる。

表向きには事故や狂人の犯行に思わせ、実際は国家の策謀であったりするわけだ。こういう話が国際政治にはいくらでも存在する。陰謀論が尽きないのも分かるというものだ。

本書を読むと、映画や小説のようなヒロイックな暗殺者はいないことが分かる。依頼する側の滑稽さと、実行犯のドジっぷりが目立つ。

例えば、MI-6なりCIAなり、映画では超人的な活躍をする組織のように描かれるが、現実には、

『諜報活動に失敗はつきものである。秘密諜報機関といえども、官僚組織の数多い問題点から逃げ切れるわけではないのだ。組織内の派閥争いはさかんで、必然的に出世するのは凡庸な者ばかりとなる。』など。官僚組織の弊害がこんなところにもってやつですね。( ´_ゝ`)フーン

でも、そこがこの本の救いかな。暗殺によって思い通りの結果ばかり得ているとしたら、やりきれないものがあるし。日本のように外交下手な国にしたら、暗殺で政治的な問題を取り除けるならヒットマンを雇えばいいじゃねえか凸(`Д´メ)って、安易な発想をしたくもなるってもんですよ。周りがやっかいな国ばっかりなもんでね。(-_-X)

ところが実際はそう巧くいくはずもなく、望まれた結果とは逆の政治的効果をもたらしてしまったりする。国家にとっては、暗殺とはリスクの大きい賭けなわけですな。にも拘らず、何故政治は暗殺という選択肢を捨てきれないのか。

『アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の4カ国は、どれも国連の安全保障理事会の常任理事国である。つまり、世界平和と法の支配への尊敬、寛容そしてあらゆる国民がお互いによき隣人として共存していく根本的な権利を世界中にもたらすと約束した国々なのだ。ところが、これらの国々はどれも暗殺稼業に精を出していた。』

大国としての立場を保ち続けるためには、なりふりかまっていられないってことですかね。しかしこんなのが常任理事国ですよ?安全保障理事会などと言ってるが、やくざが堅気にみかじめ料要求してるようなもんではないのか?このへんの国連の実態を見ても、俺は池田先生のようには国連の未来に期待する気にはなれないのだ。

ところで、暗殺というと遠くからの狙撃のイメージがつよかったが、これはかなり高度な殺しであって、この要求を充たせる暗殺者はなかなか手配できないらしい。そのかわり、ずいぶんへんてこな道具を開発したりもしている。

しかし、なんといっても奮ってるのはミサイルだな(笑)ミサイルでブッ飛ばすってのは暗殺という概念を越えてると思うんですけど。 (A;´・ω・)アセアセ

 しかも、いくら性能よろしくても、そこに標的が居なかったとかいうお粗末な結果になっている場合がほとんどなのだ。間違ってブッ飛ばされた者は哀れである。

不思議なのは、暗殺に訴えた国の世論がこれを問題にしないのかってこと。日本ならそんな疑惑が持ち上がっただけでも、腐れ左翼と眠たい平和主義者が黙っていまい。国会も延々とこの問題で機能不全になるに違いない。やはり世界はふてぶてしく、腹黒い。

それにしても、これほど暗殺に関与しているアメリカがいつまでも金正日をのさばらせているのは、アメリカにとって朝鮮てのは利害に関わりがないからなのか?

それとも日本がこれ以上平和ボケして、軍事力に金をかけない国になるのを防ぐために、東アジアの脅威を取り除かない方が得だと考えているのか。

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2007年7月 5日 (木)

ホゲ~っ、

捕鯨賛成派?反対派?っていわれたら賛成派って答える私です。今日明日にも絶滅って訳でもないのに、何をとやかく言われなきゃならんのか。反対派の主張に普遍性を感じませんしね。自分らが感情移入している動物を必死で庇おうとしている訳でしょ。くだらんねぇ、これを池田清彦風に言うと恣意性の権利の侵害ってことになるでしょうね。この人が言うには、自然保護も動物保護もあくまで人間中心に考えるべきであって、何故環境の破壊や動物の乱獲が悪いかって言うと、次の世代の人々がそれの恩恵を受ける権利を奪ってしまうから(恣意性の権利の侵害)と言うことになります。これを動物目線の倫理的な言葉を持ち出してくるのは、やっぱりそれに感情移入した人の偽善でしょう。

久間十義世紀末鯨げい記」(2つめのげいは魚偏に睨むの右側の字だけど、変換されなかった)は、反捕鯨派と捕鯨船団等とによる主張のぶつかりあいがありつつ、鯨獲りの場面が描かれたロマ~ンか、と思って読んだのだが違った。

ブンヤの主人公石丸という現実と幻想の区別がつかなくなっている人物を通して進んでいく物語で、期待したような読み物ではなかった。私には難しかったです、理解するのが。狂ってない証拠ですかね、いや狂ってるから理解出来ないのか。二重見識っていうのもあるんでしょうけど、そういう人物を通して捕鯨を描こうとした意図はなんだったのか。石丸の中にいるイシマエルと私。イシマエルの妄想に石丸が操られるのを、石丸である私が阻止しようとしているのだが、イシマエルの妄想によって石丸が作り出したはずの物語の人物(反捕鯨集団)が、南氷洋で自分らの捕鯨船団に救出されるという事態になったあたりからややこしくなる。しまいにはまともに現実が見えていたはずの私が、目の前の状況を認識出来ない混乱状態に、、このあたりからもう、イシマエルは出てこない。書いててわけわからんくなった。

反捕鯨の偽善を暴く、もっとシンプルな物語を読みたかった。

不快:×

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2007年6月 7日 (木)

引きこもり

今日は久々の平日休みだった。そしていつもどうりの引きこもりだった。お金を貯めるには使わないにかぎる。普通預金に100万円、、、これが私の現在の目標なのだ。そのためには車も手放すのだ。車が金食い虫であるのは明らかだからね。出掛ける時は公共交通機関を利用すればいいんだし、多少の不便を我慢すれば、維持費が掛からんだけいい。車持ってるときはたいした用もないのに乗り回してたせいで、金なんぞ貯まる暇もなかったからなぁ。車が無いとなんとなく億劫で、外出しなくなるからお金が減らなくていいなあ。そのかわり、益々出不精になってしまうけど、、、

「お金がたまる人たまらない人」(丸田潔著 主婦の友社)は、普通預金に100万円、たまる人は車を持たない、家に家具が少ないなどなど、教えられるところが大であった。

快:*

これに感化され、本格的に貯金をはじめることにした。

「人生の楽しみを浪費に求めないこと、」金言である。

ちなみに私の現在の貯蓄額は5万円也、、

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2007年5月 3日 (木)

正しく生きるとはどういうことか

池田清彦 著「正しく生きるとはどういうことか」に、とても感銘をうけた。

人の行為を倫理や道徳や特定の思想で非難するのは無意味だ。いや有害ですらあるというのが本書の論旨である。万人が納得し得る絶対的真理(正義)など無い以上、社会的正義というものは制度としての法律以外に無い。仏法者としては、僕は真理はあるとの立場だが、不信心な人々にとってはただ価値観の違いということにしかならないだろう。

著者はまず、人は欲望をもつ生き物であるとしたうえで、「人が生きるということは欲望を解放することだ」と言う。仏法でも法華経において「衆生所遊楽」といい、この世は人々が遊び楽しむ所であると欲望を否定していない。

ところで全ての人が欲望を100%解放出来る世の中などあるだろうか。それは在りえない。そこに欲望の調停としての道徳(世法)と法律(国法)が存在する理由がある。法律は社会を機能させていくうえで必然のものだから、これに反した者は法によって処罰されれば良いのであって、道徳的に非難される言われはない(意味もない)。

例えば殺人が何故悪いのかと言えば、他者の恣意性の権利(人が自分の欲望を解放する自由)を侵害するからであり、特別高尚な思想的言葉を持ち出すまでもない。恣意性の権利というのがキーワードである。人の世に於ける善悪を論じる場合、このキーワードを基準にする以外にないのではないか。

封建制とは違い民主主義社会には、人は原則的に平等との公準(虚構)があり、この原則平等の世の中に於ける正義とは「個々人の間での規範の対称性が守られることである」ということになる。しかしこれも問題がないではない。そもそも人は本来平等なのかという問題である。美人と不美人、健常者と身障者、金持ちと貧乏人など、生まれながらに与えられた条件が違っているのが人間であろう。だから著者は「本来的に不平等である個々人を原則平等とみなせば、そこには何らかの矛盾がふきでてくるだろう。」とし、「制度の適用における原則平等は結果不平等を帰結する」という。そしてこの矛盾を調停するとしたらどう調停するのかというのが、実践としての正義論になる。

『善く生きること(個人の問題)がかけがいのないあなたを追求することならば、正しく生きる(自分と他人の欲望を調停すること)とはかけがえのあるあなたを承認することなのである』というのが本書の要約であろう。ふに落ちない人生論が巷に溢れているが、この著者の論旨は簡潔であり、乾いた感性がスッキリした読後感をあたえてくれる。

快:* * *

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2007年2月25日 (日)

生あるかぎり青春

葉桜の季節に君を想うということ(歌野晶午著 文芸春秋)を手に取ったとき、僕はこれを淡い恋愛模様を基調としたミステリーと思った。

物語は、元会社の重役も務めた老人が交通事故に遭い死亡するのだが、その死の影に、故人が生前大金を注ぎ込んでいた、詐欺集団(高額な布団やら健康、開運商品を売りつける会社)があるのでは、との疑いをもった家族がフィットネスクラブで知り合った知人に捜査を依頼し、そこから展開していくというものだが、これは老人が何者によって死に至ったかよりも、登場人物の正体が何者であるのかって事の方がミステリーであった。

主人公の成瀬将虎は女遊びが好きだが、肉体関係を超えた恋愛、プラトニックな恋を求めている。独身で妹(今時のギャルって感じの)と同居している。そんな彼はある日、地下鉄の線路に飛び下りた女(麻宮さくら)と出会う。そして本物の恋に落ちていくのだが・・・

後々このタイトルに込められているであろう真実に気づく訳でしたが、作者が巧いのか僕の気づくのが遅いだけなのか、あぁそういうことでしたか、と狐につままれたような気分でした。犯罪の手口、トリックの巧妙さによって唸らせるのではなく、人物達の関係性というか正体が明かされてナルホドという話でした。

僕にとっての良い小説の条件は、余韻を残してくれるかどうかだが、後半の展開は感情移入するにはまだ、僕は若過ぎるのか。中盤までの、さくらと将虎の肉体関係には至らない恋模様が好かった。

それにしても、この頃恋愛ノイローゼになっているのではないだろうか。今までは、どっちかって言うと恋愛モノは敬遠していたのに。

めぞん病だ、

快:*

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